12:ヴィオラ嬢の挑戦状
元婚約者と聞いて、私は頭を思い切り殴られたような衝撃を受けた。
あれほどまでに美しい婚約者がいたのでは、エミリオンが私に愛を求めるなと言いたくなっても仕方ない。
「あれはわざとですわ。ジョジュ様。なんとあさましい」
憤慨しているマリアンヌの声が遠くに聞こえた。
もし、エミリオンが彼女を愛していて、本気で彼女と一緒になろうと思ったら、私はどこへいけばいいのだろう。
表面的には、ドルマン王国という大国が後ろについている状態だ。
しかし、私は国外追放を受けている身である。
ガルスニエルの一件もあり、私の悪い噂が彼女のところへ回っている可能性は高い。
王妃になるべくして育てられ、その準備をしていた彼女にとって、汚名にまみれた新たな女が自分の座をかすめとったとなれば、面白いはずがない。
ヴィオラは、私の前まで堂々とやってくると、わざとらしくドレスが被っていることに驚いて、泣き出しそうな表情を浮かべて頭を下げた。
肩にかかった黒い髪の毛がさらさらとこぼれ落ちる。
どこからか、「ほぅ」とため息をつく声が聞こえた。
同じ女である私も、彼女の美しさに目が離せないのである。
異性で女性が恋愛対象の者であればなおさらだろう。
彼女には、人の目を惹きつける華がある。
悔しいことに、それは私よりも優れていることは、明らかだった。
「大変申しわけありません。今すぐ、着替えてまいります!どうかお許しください……!」
部屋中に響き渡るような大きな声で平伏したあと、ヴィオラはもう一度深く頭を下げた。
彼女は、ロニーノ王国の王宮において、私の立場も自分の立場もよく理解している。
だから、このようなことができるのだ。
私がここで大騒ぎをすれば、きっとその場では味方になる人間は多いだろう。
しかし、彼女の味方になる人間も多いかもしれない。
私は、まだ、貴族たちを掌握しきていない。
会場にいる誰もが私の言葉を待っているのがわかった。
できることなら、ここから逃げ出したい。
そんな風に思っていた時だった。
「何事だ?」
後からやってきたエミリオンの声を聞いて、私は胸を撫で下ろした。
エミリオンは彼女を愛しているかもしれないが、公の場では私を優先してくれるかもしれないという淡い期待が胸のうちのどこかにあったのだ。
「陛下……大変申しわけありません。私……」
大粒の涙をほろりとこぼして、ヴィオラはエミリオンに頭を下げた。
エミリオンは初めヴィオラがなぜ涙を流しながら謝罪しているのか分からなかったようだが、私の着ているドレスと全く同じを彼女が着ていることに気がついてフローラを呼んだ。
「サドルノフ公爵令嬢に新しいドレスを」
エミリオンの意図が、わからなかった。
元婚約者である令嬢を冷たく追い返し、ドレスを脱がせるということは避けたかったのだろうか。
国王が元婚約者にドレスを贈るという最悪な展開になってしまった事実を目にして、噂好きの貴族たちが早速ヒソヒソと会話を始めてしまった。
「来い」
エミリオンに手を引かれたが、力がうまく入らなかった。
私は、エミリオンに「帰れ」とヴィオラに向かって言って欲しかったのだと、ことが終わってから気がついたのだ。
その感情の理由は、まだ考えたくはなかった。
***
「この度、首都プルペとロックデリット、そして漁業都市であるネスコが一つの路線で繋がった。これでロニーノ王国の全ての都市が繋がったと言ってもよい!今後、我々はドルマン王国の南下にあるアダブランカ王国と、西の隣国であるノーランド王国にも路線を広げ、更なる国家繁栄を期待していただきたく、舞踏会を開催する運びとなった」
オルテル公爵の言葉に、部屋中に拍手の音が鳴り響いた。
乾杯の音頭と共に、食事が開始となるが、先ほどのヴィオラの一件が重くのしかかって食欲がわかない。
晩餐会が始まってしばらく経った後、扉が開き、フローラに連れられてヴィオラが部屋の中へ入ってきた。
「まあ、何と美しい」
誰かがヴィオラに向かって感嘆の声を上げた。
私が似合わなかった黄色のドレスを身にまとった彼女は、まるで大輪の花のようだった。
「陛下……心より御礼申し上げます」
「かまわない」
心なしか、エミリオンの声は優しく、まるで恋人同士の甘いささやきのように聞こえた。
本来、この二人がロニーノ王国の王と女王になるはずだったのだと、含め会場にいた誰もが改めて思ったに違いない。
ヴィオラの美しさ、しとやかさに誰もが心を奪われている。
「そして、ジョジュ妃殿下。この度は、誠に申し訳ありませんでした」
「気にしないで大丈夫よ」
笑みを浮かべたが、泣き出しそうだった。
私は、また居場所を奪われるのだろうか。
エミリオンの方を一瞬だけ見つめると、彼の視線はヴィオラに向いていた。
あまりに真剣に彼女を見ているので、私の中でエミリオンが彼女を愛しているのではないかといった仮説に信憑性が増してきたと思うのだった。
「サドルノフ公爵は?」
席に戻ろうとしたヴィオラをエミリオンが引き止めた。
「父は、まだ病に伏せておりまして、兄は、ネスコの最終確認に向かっておりますわ。そのため、今夜は私がサドルノフ家の代表として、参加させていただきました。」
「そうか……近いうちに様子をうかがいに行くと伝えておいてくれ」
「承知しました。父が喜びます」
ヴィオラは頬を赤らめたあと、私をちらりと一瞥して自分の席へと戻っていった。
前にも見たことがある視線だった。
私が祖国で捕らえられた時に、遠くから見ていた義妹の視線。
自分の方が優勢であると、優越感に浸る時に見せる視線だった。
これは、彼女から私に対する挑戦状だ。
エミリオンの妻として、未来の女王として認める気はさらさらないという。
「ジョジュ様。陛下に申し立てないのですか?」
マリアンヌがひっそりと声をかけてきたので、私は首を横に振った。
「私とのドレスが重なり、陛下がフォローしてくださったのです。これ以上のことが起こらない限り、今は騒ぎ立てるべきではないでしょう」
「ジョジュ様……」
マリアンヌは何か言いた気だった。
彼女の言いたいことはわかっている。
私がここで騒がないことで、彼女が調子に乗ると言いたいのだろう。
もしかすれば、この機会を皮切りに私をこの国から追い出そうといった動きを始めるかもしれない。
私はこの国に来てまだ日が浅く、サドルノフ公爵家がロニーノ王国にどのような貢献をしているのか、まだ理解できていない。
いくら腹が立ったとしても、味方が少ない状態で、彼女を取り巻く状況を理解できていないまま、彼女を攻撃はできない。
ドルマン王国でもそうやって全てを穏便に済まそうとして、国外追放されてしまったというのに、私はまだ何も学習できていない。
王と離れた場所に座っているヴィオラの存在に、どうしようもない醜い感情が湧き上がって仕方がなかった。
「陛下……」
空気をかするような声が出たが、エミリオンには届かなかった。
彼の視線は、ひまわりのような美しい黄色のドレスを着たヴィオラに向けられている。
その晩、晩餐会が終わったあと、エミリオンは私の部屋にはやってこなかった。
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