第4章:諦められない女

11:舞踏会の準備

 子供たちの襲撃事件から数週間経った。


 財務部の仕事もだいぶ慣れてきて、私の処理能力を把握したエレーナによって、毎日困らない程度の量の仕事が配分されている。


 エレーナとルドルフは喧嘩をするのが趣味なのかというほど、毎日言い合いをする様子がお決まりで、先日「6÷2(1+2)の答えは、9であるか1であるか」ということで、半日口論をし続けている日もあった。

 最初は戸惑って止めた方がいいのかとオロオロしてしまったが「あの二人のことは、ほっといていいですよ」と周りに言われたので、放置することにしている。


 そして、エミリオンはというと、毎晩私の部屋へやってきては朝食を食べて行くようになった。

(ちなみに、ガルスニエルもフランや時々アルムも連れて昼食を取りに来るようになってしまった)


 おしゃべりなガルスニエルはともかく、口数の少ないエミリオンとは未だに打ち解けられずにいる。


 昨晩も、当たり前のように私の部屋へと訪れて「寝る」と私を抱きしめた状態のまま眠りについてしまった。

 愛情は期待するなと言っていた割に、行動が分からず意味不明だ。

 エミリオンはあまり寝起きの良い方ではないので、話をするのであれば夜寝る前くらいなのだが、部屋に来てすぐに就寝してしまうので、会話はほぼしていない。


 週に一回の奉仕活動についても、あまり会話はないのでお互いに背後霊のような存在になっている。


 穏やかとまではいかないが、ドルマン王国で過ごしていた日々を考えれば何事もなく日々を過ごせていた朝のことだった。


「ドレスを選んでおいてくれ」


 朝食を食べながら珍しくエミリオンが口を開いたので、私は驚いてしまいフォークの上に乗せていた卵を皿の上に落としてしまった。


「ドレス……ですか」


「そうだ。近いうちに舞踏会を開催する」


 それだけ言って食事を再開してしまったエミリオンに「まさか、私が主催だとかおっしゃらないですよね?」と私は慌てて尋ねると、彼は首を横に振る。


 自分が主催しなくていいと分かり、私は安堵のため息をついた。

 祖国でも何度か舞踏会の主催を務めたことがあったが、なかなか準備が大変なのだ。

 準備期間が短い上に、まだロニーノ王国の事情を完璧に理解していない私が、王宮の舞踏会を開催するは遠慮したいところだった。


 フローラが「仕立て屋を呼ぶ準備をしてまいります」と部屋を出て行くのを見た後、私は皿の上に落とした卵をフォークですくい直した。


 ***


「うーん。黄金の髪の毛に、黄色のドレスは色がかぶって微妙じゃないですか?」


 財務部の仕事の休憩中、仕立て屋が私の部屋でドレスを広げている中で、いつものように私の部屋に遊びにきているアルムが、退屈そうにあくびをしているガルスニエルの隣で眉を顰めた。


 彼女の父親と母親がこの様子を見たら、真っ青になって私に頭を下げるだろうが、アルムは頭のいい子であるので、他の貴族やエミリオンがいるような公式の場ではしっかりと淑女モードで対応してくれているので、注意するまでには至っていない。


「俺は、なんでもいい。早く終わらせて昼飯にしようぜ。もう六着目じゃねえか」


「何言ってるのよ。ガルスニエル。舞踏会においてドレスはレディの武器なのよ。ドレス一つで評判なんかすぐ落ちるんだから」


「武器って言われてもねえ。全部同じに見える」


 ガルスニエルは、いまいちピンときていないらしい。


「先に食べてていいわよ」と私が言ったが、誰かと一緒に食事がしたいガルスニエルは、「待ってます」と頑なに首を横に振ったのを、そばに控えていたフローラが優しい眼差しを送った。


 結局昼の休憩時間では選びきれず、仕事が終わった後に持ち越しになってしまった。


 食事もそこそこにして、子供たちに別れを告げ仕事へ戻ると、私の書類をチェックし終えたエレーナに新しい仕事を渡された。


 夕方以降は、久々に晩餐会が入っているが、一旦舞踏会のこともドレスのことも頭から忘れることにした。

 数字のミスがあると、エレーナが「なぜこんな簡単な仕事でミスが生じるのです?」としつこいのだ。


 仕事が終わった時に、迎えに来たのはフローラではなくエミリオンだった。

 まさかの人物の登場に、エレーナ以外の財務部の人間全員が席を立ち、「国王陛下」と頭を下げた。


「妻を迎えにきた」


 今まで迎えになど来たことがなかったというのに、一体どういった風の吹き回しだろうか。


 しかし、変なことを言ってしまって、エミリオンの機嫌を損ねても嫌だったので、私は「ありがとうございます。陛下」と彼が差し出した手を取って部屋を後にした。


 繋がれた手は部屋の外に出ても離されることはなかった。


 特に会話もないまま、私の部屋に送られ、彼も一緒に入ってくる。


 毎晩私の部屋へやってきて、朝食事をして帰ったり、こうやって気まぐれに近づいてくるのは、一体どういうおつもりですか?

 私が泣きじゃくったから同情?

 それとも、結婚式からずいぶんと気が変わった?


 エミリオンが部屋に来るたびに、尋ねようとしては口をつぐむ。


 これ以上エミリオンに弱みも痴態も、彼に興味を持ち始めている様子も見せたくなかった。


「ジョジュ様!仕立て屋が参りました」


 フローラが慌てたように入ってくるとエミリオンが「晩餐会で」と代わりに部屋を出て行った。


 近づいて来てはするりと離れて行ってしまうエミリオンを見つめていると、フローラが「陛下に愛されておいでですね」と私に声をかけてきた。


 私は、フローラの言葉に答えなかったというよりも、答えられなかった。


 ***


 ドレスをようやく選び終わった後、急いで着替えを済ませて晩餐会へと向かった。


 貴族たちの顔はだいぶ覚えてきている。

 顔見知りが増えてきた中で、表面上はうまくやれているはずだ。


「ジョジュ様。本日の真紅のドレスはそのお白い肌と、黄金の御髪と合っていて、とてもよくお似合いですわ」


「ええ。ありがとう。マリアンヌの空色のドレスも、とっても似合っているわ」


「恐縮でございます。ジョジュ様。アルムの件ですが、大変申し訳ございません。行くなと止めているのですが……、最近反抗的な態度が多く、私のいうことをちっとも聞かなくて」


 ガルスニエルと一緒に私の部屋で侵入した話を聞いたら、マリアンヌは卒倒してしまうのではないだろうか。


 あの秘密の扉の存在は、口外するなとエミリオンに口止めされているため、ガルスニエルとアルムが夜中に侵入してきた事件はオルテル公爵夫妻には正確に伝わっていない。


 荷物が燃えていた件についても、オルテル公爵に内密にと頼んでいるので、マリアンヌは知らないはずだ。

 そういえば、残りの荷物が届いていないとオルテル公爵に伝えなければと思った時だった。


 部屋の中に一際目立つ真っ赤なドレスを着た女性が入ってきたことで、会場中の視線が一気に集まり、次第にざわめきに変わった。


 貴族たちの視線が、彼女と私の交互に移る。


 不思議に思い彼女のドレスをよく目を凝らして見た瞬間、どうしてそのようなことをするのか私はようやく理解した。


 彼女の着ているドレスは私が身にまとっているものと、全く同じデザインのものだったからだ。


 ドレスの色がかぶることがあっても、デザインが同じということはまずあり得ない。

 なぜなら、私の着ていくドレス、つまりは、次期女王の着ているドレスとはかぶりがないよう貴族たちに先に通告されているからだ。

 

 禁止事項ではないものの、常識があるか、もしくは、私に対して敵意がないのであれば、普通は同じ色のドレスさえ着てくることは避けるはずである。


 私の視線や会場のざわめきから、その女性のドレスに気がついたマリアンヌが「なんてことでしょう」と眉を顰め、扇子で口元を隠した。


 見かけたことがない顔だった。


 黒髪に、黒い瞳、白い肌に、私より大きく膨らんだ胸。

 大きな瞳に長いまつげ、そして真っ赤な唇はまるで人形のようだ。


 痩せ細った私よりもずっと美しく妖艶な彼女の視線がゆっくりと私に重なる。

 その視線は、あまりにも敬意といった感情からかけ離れていた。


「彼女は一体どちら様なの?」


 私が質問を投げかけると、マリアンヌは「それは……」と言いにくそうに口籠った。


「マリアンヌ。教えてちょうだい」


 なぜ、彼女は私と同じドレスを着ているか。

 そして、なぜ、あれほどまでに美しい彼女が、私に挑戦的な視線を投げかけているのか知りたかった。


 私の苛立ちが伝わってしまったのか、マリアンヌは怯えたような声色で「彼女は、サドルノフ公爵の一人娘です。ヴィオラ・サドルノフ。陛下の元婚約者ですわ……」と答えたのだった。

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