27:勝手な尋問


 

 エミリオンと過ごしたあの仮眠室の一件から、彼はより一層私に寄り添ってくれるようになった。


 私は、少しの罪悪感と共に彼のそばで大人しく縮こまっているだけだ。


 もう何も見たくはなかった。

 逃げているだけかもしれない。

 しかし、今は逃げていたい。

 どうしたって、私を陥れようとする人間たちが溢れてくるのだ。


 どうして王族に生まれたという理由だけで、少しの失言を責め立てる大衆と戦わなくてはならないのだろう。

 どうして、命を狙われたというのに、自作自演だと思われてしまうのだろう。

 どうして、私が義母を殺そうとしたとみんな信じたのだろう。


 考えても答えが出ない。


 悪意から逃げる手段として、私はエミリオンと繋がることを選んだ。

 エミリオンの腕の中にいる限りは、この国から追放されることはない。

 彼の足を引っ張っているという自覚がありながらも、私は彼の腕の中で逃げ場所を探した。


 早く、早く、私が安全な場所へ行ける場所へ。

 彼の子供がいれば、彼はもっと私を守ってくれる?

 でも、母は私がいるのに辺境の地へ追いやられてしまった。

 どうすればいいのだろう。

 でも、私に残された道は、これしかない。


 頭の中でたくさんの言葉が、私を守るために溢れ出てくる。

 自分の中にこれほどまでにみっともない感情が備わっていたことに驚いたが、他に方法が思いつかなかった。


「身体は大丈夫か?」


 ベッドの中で私の頭を撫でながら、エミリオンは毎朝尋ねてくれた。


 私は彼の腕の中に入って「大丈夫です」と答えながら今日も一日が始まってしまうといった恐怖に震えた。


 次第に、エミリオン以外の人に会うのが怖くなって、フローラ以外の面会を遮断した。


 ガルスニエルとアルムから心配する手紙が来たが、まだ読めていない。

 何が書いてあるのか怖かった。


 私の様子がおかしいことを理由に、エミリオンの書斎に尋ねてくる人物も限られた。

 フローラが伝言を受け取り、エミリオンがそれに応える。


 機密事項に関して話があるときには、仮眠室へ私とフローラで移り、話が終わったらエミリオンが呼びにくるといった状態だ。


「ごめんなさい。フローラ。私がこんなんだから……」


 部屋を移動するたびに、フローラに何度も懺悔をした。


「お気になさらないでください。ジョジュ様。ジョジュ様のお立場を考えば、今まで気丈に振る舞えていたことの方が奇跡です。今は存分に陛下や私に甘えてください」


 エミリオンやフローラが優しくしてくれるたびに、心の奥底で「そのような心構えでロニーノ王国の王妃になれるのか?だから、お前は、陥れられて国外追放を受けたのではないか」と野次を飛ばしてしまう。


 きっと、このままでは王妃候補から外されるのではないかと不安になっては、泣いて、優しくされるたびに自己嫌悪に陥る。


 そんな毎日を繰り返していくうちに、きっとそのうちエミリオンやフローラは私にうんざりしてしまうだろう。


 きっと父もそうだったのだ。

 だから、義母や義兄、義妹を選んだ。

 その方が楽だから。


 その日、エミリオンはロックデリットへ出かけなければならないと言って、城を不在にすることになった。


「一緒に行かないか?」


 私を一人にすることが心配だったのだろう。


 しかし、私はエミリオンの誘いを断った。

 もし、ロックデリットへ向かうと言っていて、そのまま捨てられてしまったらどうしようという考えが脳裏によぎったからだ。


 私が断るとエミリオンはしばらく考えていたようだが「すぐ戻れるようにする」と言ってオルテル公爵や護衛と共に城を後にした。


 財務部の仕事は少しお休みをしていた。

 これだけしょっちゅう休んでいては、エレーナたちも迷惑だろうなと思った。


 フローラと共に、編み物をして過ごしていた午後のことだ。

 部屋の外が騒がしく「おやめください!」と衛兵たちの叫ぶ声が聞こえた。


 嫌な予感がして、私は、座っていたソファから立ち上がってタペストリーの後ろにある扉のところまで走って行こうとした。


 しかし、扉が開いて見慣れない顔の衛兵たちが部屋侵入してきてタペストリーに手を伸ばしている私の手を掴んだ。


「何をするのです!その手を離しなさい!」


 フローラの言葉に「彼女には、令状が出ております。陛下が命じたとうかがっております。邪魔をするようでありましたら、あなたも同じように拘束いたしますよ」と冷たく言い放つ衛兵は、私の両手を後ろで縛り上げた。


 ドルマン王国で起こった時と同じだ。

 あの時と同じ。

 エミリオンが指示をしたのだろうか。

 私が、役に立たない女だから。


 朝、一緒にロックデリットへ向かえばこんなことにならなかったのだろうか。


「連れて行け」


 冷たい声と共に、私はどこかへ連行された。

 抵抗する気は失せていた。


 ***


 連れていかれた部屋は、どこかの地下室だった。

 目隠しをされていたが、何回も階段を降りたからだ。

 湿気った香りと共に、少し錆びたような香りも混じっていた。


 何人かの男たちが私を見て「これがドルマンの女か」と不躾な視線を投げかけた。

 その中心に王族直轄部隊の幹部であるダンデーヌや、いつだかの晩餐会でエミリオンに処罰されたベンケンドルフ伯爵の姿もあった。


「あなたたちが、わたしたちを殺そうと指示を出したの……?」


 無気力な状態で私は彼らに尋ねた。


「誰が口を聞いていいと言った?」


 ダンデーヌに椅子を蹴られて、私は体勢を崩して床へ倒れてしまった。

 顔から落ちた。


「おいおい。ダンデーヌ。お前、やりすぎるなよ」


「ふん。この女のせいで、豪華絢爛な生活もどうせもうすぐ終わる。その前に、あの事件の真相をしっかり確かめないとな。早く起きろ」


 髪の毛を掴まれて起こされ、椅子に座り直させられる。

 鼻から血が垂れて、ポタポタとドレスに落ちるのがわかった。


「先ほど、わたしたちを殺そうと指示を出したのかと聞いていたな。残念だが、その手には乗らない。賊たちが口を揃えてあなたの名前を出していることについて、そろそろ尋問させて頂こうと思っているのだ」


 でっぷりと脂肪を蓄えた男が自分の口髭を撫でながら、ゆっくりと言い聞かせるように私に言った。


「私は、賊などに指示を出したことなど、一度もありません」


「では、どうしてあなたの名前が全員から出てくるのでしょうかな?そのおかげで、大事な部下だけでなく、職を失いかけている男がここにいるというのに」


 この集まりは、ダンデーヌを守ろうとしている者たちの集まりのようだ。


「サドルノフ公爵令嬢は、肺炎を起こして未だ療養中だそうですな。毛皮で守っていたとおっしゃっておりましたが、本当は彼女も吹雪の中で冷たい風に当てて殺そうとしたのではありませんか?」


「いいえ……」


「嘘をつくな!」


 大きな声で怒鳴られて、私はからだをすくめた。


 怖い。

 ドルマン王国の時と同じだ。


 怖くて身体が震えている私を見て「ずいぶんと演技が上手いんだな」とダンデーヌがあざ笑う。


 何を言っても信じてもらえない。

 何度経験しても慣れないことだ。


「賊に指示を出して自分を護衛する衛兵を惨殺、サドルノフ公爵令嬢の殺害未遂、そして、陛下に対しての殺害方法の供述。お前は、悪魔のような女だよ。ジョジュ・ヒッテーヌ。お前がいるだけで、苦しむロニーノ王国の人間が何人出てくることか、わかっていないようだ。陛下とその周りはずいぶんと騙されているようだがな。その化けの皮を引き剥がしてやる」


 手に持っている器具を見て、私は青ざめた。


「何を……するのですか」


「これは、尋問用の道具でな。爪を一枚一枚剥がしていくものだ。頑固で口を割らない罪人によく使うものだよ。ドルマンでは使われたことがないのか?国外追放されるくらいの大罪を犯したのだろう?」


 私が逃げようと身をよじると「動くな!」と再び椅子を蹴り飛ばされた。


「おいおい。殺すなよ」


 眺めている貴族たちは楽しそうにケラケラと笑っている。

 デニスが過剰に心配していた理由が今ようやく理解できた。


 彼は、これから私を守ろうとしてエミリオンと共に動いてくれていたのだ。


「まずは、サドルノフ公爵令嬢の殺害未遂の件から話をして頂こうか?妃殿下」


「やめて……!お願い!」


 悲鳴に近い声が出たのと、扉の外側が強くたたかれたのはほとんど同時だった。


「誰だ」


 ダンデーヌが私の口を押さえ付けながら、部屋の外にいるであろう人物に尋ねた。


「失礼します。部屋を開けて下さります?そこの部屋に大切な忘れ物がありますの」


 聞こえたのは、聞き覚えのある女性の声だ。

 一体誰だろうと思いながら、恐怖から一度離れることができたことに感謝した。


「こんなところに忘れ物などないかと思いますが」


 部屋の外の声の人物が「あら?おかしいですわね。絶対にこの部屋にあると思うのですが」と答えたと同時に、大きな丸太を抱えたゴルヴァンやそのほかの衛兵たちによって扉が壊された。


 そして、衛兵たちのうしろから出てきたのは、紛れもなくヴィオラ・サドルノフだった。

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