28:王と王妃

「サドルノフ公爵令嬢が、なぜ、ここに……?」


「あら? 公爵家の人間であり、王族との婚姻が決まっております、私に向かって図が高いのではありませんこと?それとも、地下に潜れば立場が同等になる法律でもできたのかしら」


 ヴィオラの言葉にダンデーヌたちが、渋々と頭を下げた。


 その間に、ぐったりしている私を「失礼します」とゴルヴァンたちが回収してくれる。


 味方が来たのだと安心して、震えていた私の体が少しだけ落ち着いた。


「困ります。サドルノフ公爵令嬢。彼女は衛兵たちを殺しただけでなく、あなたまでも」


「あの時のこと、あなたは全部知ってらして?でしたら、彼女が命をかけて私を守っていたことはご存知のはずですわね。それとも、あなたが指示をなさったの?そういうことでしたら、ぜひ、同じ目にあっていただけたら嬉しいわ。私、とっても執念深いタイプの人間ですの」


「あなたが受けたことは許されないことです。わかっております。ですが、賊どもが供述しているのです!このドルマンの女に金で雇われたと!それを尋問して明らかにすることが、私どもの仕事です」


 この尋問が王族直轄部隊の最後の仕事だとダンデーヌが、叫んだ。


「ジートキフ公が、国語ができないと言っていた意味がようやく理解できましたわ。あなたは、人を無残に殺すような賊と、私の話を天秤にかけて、賊の方を信じる。そういうことをおっしゃっていますのよ」


 冷たい口調で突き放すヴィオラに、誰も言い返せずに押し黙ってしまった。


 この場で討論会を開催したら、もしかしたら誰よりもヴィオラが強いのではないだろうか。とを思いながら、すっかり元気になっている彼女を見て、私は少しだけ落ち着きを取り戻した。


 相手を言い負かす様は、まるで王妃の威厳だ。

 

「いくら公爵令嬢様とはいえ、お言葉が過ぎますぞ。こちらは陛下より、委任されている身分であります。ジョジュ・ヒッテーヌは、被疑者であり尋問すべきことがいくつもあるのです。これは、陛下にも許可をいただいておりますこと。お引き取り願えますかな」


 ダンデーヌの言葉に、ベンケンドルフ伯爵を含めた男たちが「そうだ、そうだ。女は帰れ」と罵声を浴びせた。


「あら。そのような指示を彼らに委任されたのですか?意外ですわね。もっと聡明な方かと思っておりましたのに。残念ですわ、陛下」


 ヴィオラの言葉に続いて、衛兵たちの中からエミリオンが姿を現した。


「陛下!なぜ、ここへ。ロックデリットへ向かったのでは?」


 まさか、ここにいるとは夢にも思っていなかったのだろう。

 エミリオンの登場に、貴族たちは顔が真っ青になった。

 

「ダンデーヌ。私がいつお前に彼女を尋問しろと命じた?」


「ですが……」


「いつ命じたと聞いているのだ。答えよ」


 普段私を抱きしめる時とは異なる凍てつくような厳しい声に、ダンデーヌは「あの……それは」と口籠った。


「この場にいる者を全て反逆罪とし、この者たちの家族も全て捕らえろ」


 エミリオンの言葉に、衛兵たちが動き始める。


「待ってください!家族は関係ありません!どうか!生まれたばかりの娘がいるのです!」


「誤解です。全ては陛下のために!」


「本当に、ドルマンに魂を売るのですか?」


 口々に懇願を始める者たちに、エミリオンが返事をすることはなかった。


 ***


 あのあと、行われたらしいダンデーヌたちの尋問でわかったことは、二つ。


 一つは、賊たちは、本当に金髪の女性に金を渡されたということ。


 実際に彼らが取引きに使用していた酒場には、金髪の女性が足を運んでいたらしい。

 酒場の名前を知っているか尋ねられたが、私が知るはずもなかった。


 そして、もう一つは、彼らが私たちの命を狙った首謀者ではなかったということだ。


 ダンデーヌは自分の死んだ部下や自分の立場の危うさから私を犯人だと決めつけ、残りの貴族たちはドルマン王国との国交に元々反感を抱いていた一派だったそうだ。


 あのまま助けが来なかったら、一体どのような目にあっていたのかと思うと身の毛がよだつ。


 今回の件を通して、私が想像していた以上に、ドルマン王国が生み出した歴史の闇が深いということは理解できた。


 支配していた国と支配されていた国。

 同じ時が進んだとしても、支配され、苦しい思いを抱え生きてきた人間たちの恨みは次世代に渡り、根深く残っている。


 私が、祖国で追い出される時に痛ぶられたことが忘れられないように、先日の拉致で恐怖が身体に染み付いてしまったように、ロニーノ王国の一部の人々は、私を通したドルマン王国という国に恐怖を抱いているのだろう。


 だからといって、私とヴィオラの命を狙った人間を、私を拉致して尋問しようとした人間を許せる訳ではない。


「隣に座っても大丈夫か?」


 ベッドの上でぼんやりしていた私に、エミリオンが声をかけてきた。

 私は黙っていたが、無言でいることが了承の合図と受け取ったのか、エミリオンは隣に腰掛けてきた。

 そっと手が私の頬に添えられた。 

 鼻から流れていた鼻血はすでに止まっていた。


「怖い思いをさせてすまなかった。無理矢理にでもロックデリットへ一緒に連れて行けばよかったと後悔している。あの時、フローラが駅へ電報を送ってくれなかったら、そのまま列車に乗ってしまうところだった」


 私は、じっとエミリオンの顔を見つめて「陛下は私が女王になって、この国を治めていけるとお思いですか」と尋ねた。


 前にも地下の温室でイリーナに、尋ねたことだった。

 明確な答えはもらっていない。


「なぜ、そう思うんだ?」


 エミリオンは私が彼に何かを尋ねるたびに、そう答える。


「先日の一件で、私はダンデーヌたちを止めることができませんでした。サドルノフ公爵令嬢の方がずっと王妃にふさわしいと、そう思います」


「それで、王妃になるのをやめて、どうするつもりだ?」


「わかりません。ですが、祖国を追い出されここへ来てから、私はあなたに甘えてばかり、あなたの愛にすがって助けてもらってばかりです。あなたに守られるたびに、心配されるたびに、このような私が、どうしてこの国の人々の上に立てるのだろうと思うのです」


「では、飾りの王妃として遊んで暮らせばいい」


 私の真剣な告白に、あっさりとエミリオンは言った。

 突き放すような口調だった。


「あなたの立場が微妙なことは、最初からわかっていた。わかっていて、私はあなたをこの国に連れて来ると決めた。正直、期待はしていなかった。ドルマン王国の派手でワガママな女が来ると思っていたからな。愛を求めるなと結婚式で牽制したのはそのためだ。だから、飾りの女王だけでも全く構わない。当初の予定通りだ」


「ですが……それでは、民は黙っていません」


「そうだ。民の上に私たちは立っている。私たちの決断一つで民の生活は大きく変わる。私たちが戦争を起こし、好き放題遊べば、困窮し、国は滅びていくだろう。国を大きくしたいのだ。遺恨の残ったこの凍りついた寒い大地に、少しでも実り豊かな国を作りたい。それが、私の、私の両親の願いだ」


「エミリオン……」


「あなたはずっと茨の道を歩かされている。王族に生まれたというだけでな。それに、俺と一緒に歩いていくということは、その道は続く。だから、逃げたいのであれば、あなたは逃げてもいいんだ」


「それはできません。できないから苦しいのです」


「それでも、逃げ出したい時は逃げ出すべきだ。この国は、私のものだ。たとえ、あなたが逃げ出したとしても、私がしっかり立っていれば問題ない。だが、もし一緒にこの国を治めてくれるのなら、私は嬉しい」

 

「本当に、私でよろしいのですか?」


「ずっと他国を虐げ様々な人々を苦しめていたドルマン王国から追放された王女が、ロニーノ王国を世界で一番豊かにしたというストーリーは面白いと思わないか?」


 微笑む彼に、私は何度も頷く。

 

 口下手な彼の心の内を聞いて、溢れた涙が止まらなかった。


 エミリオンはずっと私が足並みを揃えられるように手を差し伸べてくれていた。


 エミリオンも私と同じだけ、いやそれ以上の重圧がかかっているのだ。

 私のことを理解しようと努めてくれていたのだろう。

 ずっとエミリオンは私のことを包み込んでくれていたというのに、私は彼の重圧を分かろうともせずに、一人で喚き、憂いていたことを恥ずかしいと思った。

 

 私は、自分のことだけしか考えていなかったのだ。

 だから、祖国で足を引っ張られ失墜した時に、誰も私の味方にならなかったのかもしれない。


「あと、サドルノフ公爵令嬢の件だが、デニスがずっと片思いをしているんだ。あれほど人生を、私に尽くしている男の幼い頃からの想い人を奪えるほど、性格は悪くない」


 衝撃の事実に、私は目を見開いてエミリオンの方を見つめた。


「本当に、ジートキフ公は、サドルノフ公爵令嬢を愛しているのですか?」


「泣き止んだな。本当かどうかは本人に確認してくれ」


 悪戯っぽくエミリオンは笑うと「食事をほとんどとっていないのだろう。空腹では茨の道は歩けん」と私の手を引きベッドから立ち上がらせた。

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