第5章:離宮テオフィロス
14:強い味方
ロニーノ王国、首都プルペに建っており、国の人々から「雪の城」と呼ばれるニックス城に、めずらしい客が訪れたのは、私がイリーナと別れたその日の午後だった。
結局、エミリオンと顔を合わせることがないまま、半日が過ぎてしまった。
なるべく考えないようにしてはいるものの、頭のどこかでは昨晩ヴィオラと会っていたのではないかといった不安が迫り上がってくる。
フローラに確認すればよかったのだろうが、彼女に調べさせてエミリオンの動向を探るのは、あまりやりたいことではない。
いつもの通りにガルスニエル達と共に昼食をとっている最中に、ゴルヴァンが慌ただしく私の部屋へとやってきた。
「ジョジュ様!」
あまりにゴルヴァンが慌てているので、フローラが「騒々しいですよ。ゴルヴァン」と注意をしたが、今はそれどころではないといった様子である。
「大変申し訳ありません。ですが、陛下が今すぐジョジュ様を呼んでこいと!そうでなければ、陛下が大変な目に……!」
この城で一番権力を握っているはずのエミリオンが窮地に陥っているとは一体どういうことなのだろうか。
国民から反乱の狼煙が、上がってしまった?
まだ、ロニーノ王国に来て日が浅いが、そのような不穏な噂は耳にしたことがない。
ゴルヴァンの言葉を聞いて、戸惑っている私を余所にガルスニエルとアルムが慌てたように席から立ち上がる。
「大人の事情になるかもしれませんので、ガルスニエル様とアルム様は、こちらで少々お待ちください」とフローラが声をかけたが、元々言うことを聞くようなガルスニエルたちではない。
「嫌だね!兄上が窮地なのにも関わらず、残っていられるものか。ゴルヴァン、案内しろ」
「私も同行するわ!ジョジュ様行きましょう」
二人がそのような様子なので、私は「少しは大人の言うことを聞きなさい」と嗜めたが、興奮している二人は聞き入れるつもりはないようだ。
子供たちを置き去りにするわけにもいかず、私は連れていくことにした。
と言うのは建前で、本当はエミリオンと二人になるのが怖かったのだ。
***
案内された部屋に到着すると、扉を開ける前から女性の喚くような声が聞こえた。
「失礼します」とゴルヴァンがノックをして真鍮で作られたドアノブを引っ張ると、部屋の奥で年配の婦人三人がエミリオンを囲み、あーだこーだ文句を言っている様子が見えた。
「全く、ちょっと目を離したらなんなんです?この状況は?城の装飾が全く配慮がなってないじゃない」
「舞踏会の企画。これじゃあ、ダメよ。ロニーノ王国の歴史を重んじて、もっと盛大に開催して頂かないと」
「ちょっと!お茶のおかわりはまだなの?さっさと持ってきなさい。なってないわね!私たちが若いころは、もっと素早く動いていたわよ。メイドの躾はどうなってるの!」
窮地に陥っている様子ではあったが、国民が反乱を起こしたとかそういった窮地ではなさそうではある。
一体彼女達は誰なのだろうと呆気に取られていると、エミリオンの視線が私に向いた。
明らかに助けを求めていた。
しかし、雪崩のごとくエミリオンに襲い掛かるマシンガントークを押し退けるのは至難の業だろう。
「げ!大叔母様!」
ガルスニエルが大きな声で嫌な声を出したので、彼女達の視線はエミリオンから私たちの方へと向いてしまった。
「ガルスニエル!なんですその格好は!だらしない」
「エミリオン王。あなたは一体彼をどれだけ甘やかしたのですか!」
「まあまあ!オルテル公爵家のアルムではありませんか。女性がそのように走るなんてはしたない!」
子供達が逃げるよりも早く杖を使って歩いてきた婦人達は、嫌がるガルスニエルやアルムを確保して次々に服装を直させたり、姿勢を正させたりしている。
うんざりしたような表情を浮かべているガルスニエルを見ていると、彼が離宮行きを泣くほど嫌がっていた理由がよくわかった気がしたと同時に、まだ若き王子は離宮へ行くべきだと思った。
「ジョジュ様。先々代の王である故ミハイル王の三つ子の姉上様方です。左から、アナスタシア様、ソーニャ様、エリザベータ様で、ミハイル様が現役の際には、この城を先々代の王妃様と共に統括されていらっしゃいました。現在は離宮にお住まいなのですが……」
隠居したはずの三人がなぜ王宮にやってきているのだろうかと、フローラは首を傾げながら小さな声で私に説明した。
アナスタシア達はぐったりしているガルスニエルをゴルヴァンに渡した後、まるで私を見定めるように視線をこちらへ向けた。
「あなたが噂のジョジュ・ヒッテーヌね。ドルマン王国の王女様」
部屋の中が静まり返る。
アナスタシアは袖の中から一枚の紙を取り出して、エミリオンに手渡した。
「とあるお方から、ドルマン王国から来た王女、ジョジュ・ヒッテーヌを一時的に離宮で預かり、ロニーノ王国における王妃の器にふさわしい女性に仕上げてほしいと命を受けました。理由としましては、このままニックス城で過ごしていても、彼女がロニーノ王国において有益な女王になれるのかと不信感を抱く者が増えてくるかもしれないということです。正直に申しまして、我々三人はドルマン王国という国にいい印象を抱いてはおりません。ですが、散々話し合った結果、受け入れることを決定いたしました。エミリオン王、その捺印を見て反論があるようでしたら、我々が納得できる理由を述べてくださいませ」
エミリオンは受け取った紙に押してある捺印をしばらくじっと見つめた後、首を横に振り「異論はないが、本人の希望も尊重してほしい」と答えた。
彼の反応が意外なものだったので、私は思わずエミリオンの方をじっと見つめてしまった。
てっきり私の意見など無視して、離宮へ送りつけると思っていたからだ。
「ジョジュ王女。あなたは、いかがですか?」
「謹んでお受けさせていただきます」と彼女たちの提案に喜んで乗っかった。
エミリオンの祖父であり、先々代の王である故ミハイル王の姉たちから、色々と教えを請うことができれば、これほど心強いものはない。
ドルマン王国にいい印象がないと言っているものの、それを差し引いても有難い申し出であった。
「人を送るわ」と言った今朝のイリーナの悪戯っぽい笑みが脳裏に浮かぶ。
彼女は一体何者なのだろうか。
「よろしい。まずは舞踏会までお預かりいたします。そして、舞踏会の主催を彼女に書き換えておいてください」
「主催をですか?」
突然の事態に驚いて私は思わず声を上げてしまった。
「主催は、彼女に任せないと伝えている」
驚く私の前を出て、エミリオンがアナスタシアの方へ向く。
「何をおっしゃるのですか。女王になる女性があなたの横に立っていて、舞踏会の主催を任せないということが、他の者たちにどういった影響を与えるとお思いですか。日が来て浅いという理由なのでしたら、甘やかすのはおやめなさい。それとも、他に任せたい女性がいるとでも?」
冷たい視線がアナスタシアあからエミリオンに投げかけられた。
ヴィオラの顔が脳裏に浮かぶ。
もしかしたら、彼女に舞踏会の主催を任せたいと思っているのだろうか。
しかし、エミリオンは首を横に振って「彼女ができるのであれば、任せよう」と答えたのだった。
「ではそのように進めておいてください。それと、同時に王子であるガルスニエルも躾のし直しといった意味で、一緒に引き取らせていただきます。こちらは、私の独断です」
アナスタシアの言葉に、ゴルヴァンがあからさまにホッとした様子で「強いお味方がいらっしゃった……!」と呟いた。
この件に関しては、エミリオンも異論はないようだった。
フローラに至っては、控えめではあるがしっかり拍手をしている。
ガルスニエルだけが「絶対に嫌だ!離宮には、義姉上が行くのですから、僕は必要ないでしょう!」と喚くのだった。
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