15:知識と教養
舞踏会の開催までという約束を持って、私(とガルスニエル)は一時的に離宮で生活を送ることになった。
財務部の仕事もそれまではお休みということになっている。
元々大した仕事をしていなかったので、私が抜けたところでそれほど困りはしないだろう。
荷物をフローラに運ばせて、私はニックス城から少し離れた離宮テオフィロス城へと向かった。
白で統一されていたニックス城と比べて、テオフィロス城は茶色の木の家具で統一されており、王宮よりも温かみのある作りとなっている。
どうやら、ここには生前退位をした先々代の女王や、亡くなったミハイル王の姉妹たち、王族に関連する人々が住んでいるらしい。
セルゲイと名乗る初老の執事に案内された部屋へ向かうと、そこには大量の本が机の上に積まれていた。
どうやら、ロニーノ王国の歴史やその成り立ちなど、全て頭に叩き込むつもりらしい。
「国王からリストの完成と同時にこちらへ送ってもらう手筈になっていますが、舞踏会において、まずは誰に会っても恥じないようにしてもらわないと困ります。そもそもドルマン王国の人間というだけでも、反感を抱いている者はいるでしょうから」
「なんで、国が違うだけで、そんな風に義姉上を言うやつがいるんだよ」
「ガルスニエル。その教養のなさが、離宮に呼ばれた理由ということを知りなさい」
不満気に口を尖らせるガルスニエルに、ピシャリとアナスタシアが叱責した。
***
もう数十年ほど前の話である。
大陸の北側を圧倒的な武力で支配していたドルマン王国は、属国から税を徴収する代わりに、奴隷生産国であるグランドール王国だけでなくロニーノ王国からも数多くの奴隷を排出させていた。
なぜなら、厳しい寒さから食料を溜め込んで冬ごもりするしかなかったグランドール王国やロニーノ王国は、年間を通してドルマン王国に対抗できるだけの稼ぐ手段を持たない国々だったからだ。
奴隷は各地に売り捌かれ、その金をもってドルマン王国はさらに武力を増していった。
その後、人民平等を訴え、南方にあるアタブランカ王国やイタカリーナ王国との奴隷解放戦争が勃発した。
戦争は長引いたが、最終的に奴隷から王にまでのぼりつめたアダブランカ王国の英雄王と呼ばれる故クノリス王の活躍で北側の国々は大敗した。
和平条約の条件として奴隷制の廃止を現在もイタカリーナ王国の王であるダットーリオ王が全土に広めた。
解放されて祖国へ戻れた奴隷もたくさんいたが、戻らなかった人も多くいた。
グランドール王国やロニーノ王国では、年齢の重ねている者ほどドルマン王国へ遺恨が残っているのはそのせいでもある。
しかし、奴隷制が撤廃されたとはいえ、冬場に稼ぐ手段が少ないロニーノ王国はドルマン王国に経済的な依存を続けるような形になっていたのも事実であった。
隣国のグランドール王国は、王女が一人アダブランカ王国へ嫁いで祖国へ援助していたこともあり、ドルマン王国への依存は無くなっていったが、元々閉鎖的で他の国ともあまり親交のなかったロニーノ王国についてはそうもいかなかったのだ。
だから、エミリオンは国で炭鉱を運営し、路線拡大に向けて注力している。
国力を上げることで、どこにも依存せずに、対等、もしくはそれ以上の関係を築いていくつもりなのだ。
和平条約が結ばれ、奴隷制度が撤廃されたことで、私の祖国であるドルマン王国でも、奴隷商売を通じて多額の利益を得ていた多くの貴族が処刑されたらしい。
私たちの世代でも昔の話であるのだから、ガルスニエルにとってみればもっと遠い話だ。
特に、彼はあまり熱心に勉強している様子はなかったので、知らないのも当然である。
「奴隷となった者の中には、私たちの大切な友人もおりました。あなたの世代がやったことではないということは重々承知です。しかし、根深い歴史……とりわけ負の感情の大きな出来事は、まるで汚れついたシミのように人々の無意識の中に潜んでいるもの。それなのにも関わらず、先走った考えでくだらぬ噂を貴族たちの前で吹聴した者がいるそうですが、そういったことを考えればなんと愚かな行いであったことがわかるでしょう」
思い当たる節のあるガルスニエルは、自分のしたことを思い出して俯いた。
「でも、あの時は義姉上が殺人者だと思っていたし……」
ブツブツと言い訳を言い始めるガルスニエルに「物事を一面的にしか見ることができないから、そういった行動になるのですよ。あなたは将来、エミリオンの片腕にならなくてはいけないのに、足を引っ張ってどうしますか。知識や教養をしっかりと身につけなさい」と小言が始まってしまった。
そして、アナスタシアは、ドルマン王国で発行されている新聞を机の上に置いた。
そこには、義兄が王位継承権を受け、義母と共に笑顔で手を振っている写真が掲載されている。
「ジョジュ王女。この女性でしょう? あなたに殺されそうになったと主張をしているのは」
「はい。そうです」
「まあ、あなたも継承争いに負けるくらいですから、祖国でもこの国でもいいようにやられていたのでしょうけれども。信用できる人間をしっかり選べるようになること、そして味方につける人間をなるべく多くしていくことですよ。それにいくらなんでも、まさか横領の罪までのしをつけられた王女を嫁に寄越してくるとは思ってはいませんでしたけれどもね」
正論すぎて、何も言い返すことができない。
ガルスニエルに向いていた矢が私の方へと向けられたので、私も義弟同様俯くのだった。
***
私とガルスニエルの指導に関して、アナスタシアが私を教え、手のかかるガルスニエルをソーニャとエリザベータが教えることとなった。
アナスタシアの指導は厳しいものであったが、それと同時に余計なことも忘れられたので有難くもあった。
アナスタシアたちを呼んでくれたイリーナに会って御礼を述べたかったが、誰の密命であるのか婦人たちは口を割ることを禁じられているようだった。
私が使っている部屋のタペストリーの裏から繋がる秘密の通路を使って彼女に会いに行こうかとも思ったが、離宮から離れすることができなかったので、私はイリーナのことを探すことができなかった。
時折、マリアンヌがアルムと共に様子を見に来てくれるようになり、差し入れを置いて行ってくれるようになった。
「ジョジュ様。今度の舞踏会につきまして、楽しみにしております。城の方でも大変な話題になっていますのよ」
「マリアンヌ。ありがとう。なんとか頑張って主催をつとめるわ。アルムも、ガルスニエルに差し入れ渡しておきますね」
「うん。ジョジュ様、応援してます」
隔離されて知識を叩き込まれているガルスニエルについて、幾分か談笑したのち、彼女たちを玄関まで見送り、馬車が見えなくなるまで見ていた時のことだった。
すれ違うように雪の中を一台の馬車がこちらへ向かってくる。
フローラが「ジョジュ様、先に中にお入りください」と言ってくれたが、どうしても動いてはいけないような気がして、馬車が到着するのを待っていた。
馬車が入り口の前まで到着すると、中から真っ黒な毛皮のコートを身にまとったヴィオラが現れた。
「ジョジュ様。突然の来訪をお許しください。ちなみに、陛下からの伝言をお預かりしておりますの」
ヴィオラは、物腰は柔らかいものの、ものを言わせぬ態度で離宮の中へ足を踏み入れ、私に客間に案内するように言い放つ。
これで案内してしまっては、私の方が身分が下だと認めてしまうようなものだ。
「申し訳ないですが、私時間がありませんので、こちらで承ることは可能でしょうか?」
これ以上ヴィオラと一緒にいたくないので、私は嘘をついた。
わざわざ席に腰掛けて彼女と話をするようなことは、何もない。
しかし、ヴィオラは納得していない様子で「私、伝言の他にもジョジュ様にお話がありましてよ。あの夜の晩餐会の後、陛下がなぜあなたの部屋にやってこなかったのか、とか」と意地悪く私に視線を投げかけるのだった。
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