【書籍発売・重版記念SS】『婚約破棄された公爵令嬢は、幼馴染の王族に溺愛される』
【書籍発売・重版記念SS】『婚約破棄された公爵令嬢は、幼馴染の王族に溺愛される』前半
『国外追放された王女は、敵国の氷の王に溺愛される』を読んでいただきましてありがとうざいます。
書籍の発売と重版を記念して、短編を1作書きました。
こうやってお祝いできるのも、web版を読んでくださった方、書籍を買ってくださった方がいらっしゃったおかげです。
本当はもっと早くにあげたかったのですが、想定していたよりも長い話になってしまったので、発売と重版から少し時間が経ってしまいました……。
主人公は、ヴィオラ・サドルノフです。
Web版と書籍版について、全体的に展開が異なるのですが、どちらを読んでいても大丈夫なように作りました。(めちゃくちゃ頑張った……!)
長々と前置きを書いてしまいましたが、どうぞお楽しみください。
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『婚約破棄された公爵令嬢は、幼馴染の王族に溺愛される』
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「ヴィオラ。エミリオン王との婚約は、破談になった」
暖炉の中で火がパチパチと音をたてて、燃えている。木が燃えていく音を聞きながら、私はすべて夢であったらいいのにと思った。
「どういうことですの?」
「ドルマン王国の第一王女ジョジュ・ヒッテーヌが、国で事件を起こし、どうやら国にいられなくなったとのことだ」
ドルマン王国の第一王女は知っている。王位継承権を持っており、黄金の長い髪の毛に、緑色の瞳を持っている女だ。いつだったか、幼馴染のデニス・ジートキフが「
「ドルマン王国の第一王女が国に追い出されるからと、私とエミリオン王の婚姻が破談になる理由が分かりませんわ」
「今朝方、イリナティス様とエミリオン王より、ジョジュ・ヒッテーヌ王女を我が国の王妃として迎え入れるつもりだと話があった。ロニーノ王国の発展に伴い、ドルマン王国の後ろ盾があるのとないのとでは、天地の差。それに、王室の意向には背けない」
「お父様。どうして、そのような侮辱を簡単に了承なさったのですか? あまりにも我がサドルノフ家を馬鹿にしております」
私が泣きわめくと思っていたのだろう。
父であるヨシフ・サドルノフは、戸惑った表情を浮かべている。
「ヴィオラ。お前にはすまないことをした。だが、ドルマン王国からの後ろ盾というのは、今後、我が国を守っていく上では重要なことであるというのを、よく理解しておいてほしい」
言い訳がましい父の弁解を聞いていて、うんざりした。大方、注力している事業への資金援助を約束されたのだろう。幼い頃から、王妃になるべく散々厳しく教育を受けさせてきたくせに、自分の利益のためなら、娘の婚姻などどうでもいいというのか。
「分かりました。これ以上お父様とお話していても、らちがあきません」
「ヴィオラ。待て! まだ話は終わっていない」
最後まで話を聞かずに、私は父の書斎から出て行った。
幼い頃からエミリオン・レックスのことが好きだった。
まるで絹糸のような透き通った銀髪に、情熱の赤いバラのような瞳に見つめられると胸が高鳴った。
不器用な性格だけれど、仲間のことは決して見捨てない。
幼馴染のデニスや兄のマルゴナに仲間外れにされた時も、エミリオンだけは私の手を引いてくれた。
口数は少ないけれど、私が必死に何かを言えば、優しく微笑んでくれた。
それなのに――。
「どうしてですの?」
一体何があったのだろうか。
エミリオンの妻になるのは私のはずだったのに。
彼の支えになるために、嫌いだった祖母の厳しい王妃教育だって我慢して受けてきた。
全てがエミリオンを中心として生きてきた私にとって、彼を失うことは、自分の人生が消え去ってしまうのと同じだった。
***
ジョジュ・ヒッテーヌがロニーノ王国へやって来て、はじめての舞踏会の夜。私は決死の覚悟でエミリオンを呼び出した。
もし、エミリオンの心をこちらへ向かせるのであれば、今夜が最後だと思ったからだ。
「陛下。私……」
「その手を離してくれないか」
「なぜですか……。陛下。いえ、エミリオン。私は、幼い頃からあなたの妃になるために必死にやってまいりました。私の家族も、あなたにずっと尽くしております。それなのに、なぜです。なぜ、私は選ばれなかったのですか」
「あなたには、申し訳ないことをしたと思っている」
「それだけでは、納得できません。父も兄も、仕方ないの一点張りで。それほどまでに路線を展開することが重要ですか? もうドルマン王国の支配からは脱却できているではありませんか。彼女がここにくる必要だって本当はなかったはずです。納得できるお答えをいただけるまで、私はこの手を離しませんわ」
「サドルノフ公爵令嬢」
「いやです…‥私は、あの人なんかよりずっと……あなたを」
「二度は言わない。その手を離してくれないか」
今まで聞いたことがないような、冷たい声だった。
幼い頃、仲間外れにされた私の手を引いてくれたではないか。
「私たち結婚するのよね?」と尋ねたら、頷いてくれたではないか。
たった数か月前の話だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ!
エミリオンと結婚するはずだったのだ。
彼と一緒にロニーノ王国を治めて、幸せな国を作ろうと思っていたのだ。
彼と幸せな家庭も築いて、彼の子供を産んで、手を取り合って生きていく予定だった。
どうして、彼女なのだろう。
彼女は、祖国を追い出されるような女なのに。
私の方が、エミリオンのことも、ロニーノ王国のことも、ずっと分かっているのに。
お願いだから、誰か嘘だと言って。
叫ぼうとしても声にならない。
癇癪を起して去った後「私は、なんてことをしてしまったの……」と我に返った。
エミリオンに謝罪しようと、彼らのいる場所へ戻った。
ご迷惑をおかけして、大変申し訳ありません。と謝罪するために。
しかし、私が戻った時には、私を探そうとしている人物は誰一人いなかった。
「私は、あなたに愛を求めるなと言ったな」
「……はい。そうおっしゃっておられました」
「撤回する」
エミリオンは、ジョジュ・ヒッテーヌの手を引いて宮廷楽団の奏でる旋律の中で踊っている。月夜に照らされた二人は、惹かれ合っていた。
美しい黄金の髪の毛に、彼女の瞳と同じエメラルド色の髪飾りが輝いていた。
相手を選ぶことで有名な、アナスタシア様方からの贈り物らしい。
彼女たちに認められたということは、ロニーノ王国で王妃として認められたも同じ。
心の奥で何かがポキンと音を立てるのが分かった。
私は、一体どうすればいいの。
***
目を開けると、父と母、そして、兄のマルゴナと幼馴染のデニスが、心配そうな表情を浮かべて私のことを見守っていた。
嫌な夢だ。
婚約破棄が伝えられた日とエミリオンにきっぱり拒絶された日の夢を見るなんて。
私が目覚めたことで、母は「よかった……」と泣きじゃくっていた。
「犬ぞりレースのリハーサルで襲撃された。危うく命を落としかけたのだ……」
父の言葉に、私は、ジョジュ・ヒッテーヌと共に、犬ぞりレースで行われるパレードのリハーサル中に襲撃されたことを思い出した。
「彼女は? 彼女は無事ですの?」
私が、憎んでいたはずのジョジュ・ヒッテーヌの心配をしていたことに余程驚いたのだろう。私の様子をうかがっていた人々は、互いに目配せをしている。
おぼろげながらも覚えている。
吹雪の中、熱に浮かされる私を必死に抱きしめてくれたこと。
私が眠らないように、必死に声をかけてくれたこと。
「妃殿下は無事だ。今、エミリオンが付きっ切りで看病している」
はじめに口を開いたのはデニスだった。わざわざエミリオンの行動まで伝えなくていいのに、どうしてこうも意地悪なのだろう。
「デニス。無事だけ伝えればよかったのではないか?」
マルゴナが私の癇癪が起きる前にと、デニスにやんわりと注意をした。
デニスが言わなくとも、エミリオンがジョジュ・ヒッテーヌの看病をしているのは予想ができた。エミリオンが彼女を慈しむような表情を浮かべて見つめているのを、ここ最近ずっと間近で見てきた。今さら、彼が彼女を大事にしているといった情報を聞いたところで、諦めはついている。
「お父様、お母様、お兄様。少しデニスと二人で話をさせていただけません?」
「だが、ヴィオラ……」
父は、私とデニスを二人きりにしたくはないようだった。
しかし、母は「ええ、分かりました。私たちは出ましょう」と父と兄を連れて部屋の外へ出て行った。
「君が、僕と二人で話をしたいなんて珍しいことを言うもんだね」
家族が部屋を後にして、すぐにデニスは皮肉を言った。この口は、人を馬鹿にすることしか出てこないのではないかと思うほどだ。
「あなたの提案のおかげで、散々な目に遭いました。なので、少し文句を言いたいと思いまして。それに、なぜ、プロポーズなどしましたの? 根無し草で、めんどくさがりのあなたが、サドルノフ家と婚姻を結びたがるとは思ってもいませんでした。そこを聞きたいわ」
皮肉に皮肉を重ねた。
舞踏会の夜、エミリオンに玉砕した私を笑っていた癖に、両親に結婚の承諾をこっそり取りに来た真意が知りたかった。
デニスはしばらく黙っていたが、静かに私の方へ顔を向けた。
「君が好きだからだ」
「…………はあ?」
予想外の返事に、私の口から素っ頓狂な声が出た。
「紳士の告白に、返事をする淑女の対応とは思えないな」
「襲撃の際に、頭の打ちどころが悪かったのかもしれませんわ。あなたが、私を好き? 冗談もほどほどにしていただけませんこと? どれだけ、私をバカにすれば気が済むんですの?」
デニスはあからさまに傷ついたような表情を浮かべた。
皮肉屋で
「冗談? 君は、僕が冗談で婚約を自ら進んでしたと、そう言いたいのかい?」
「それ以外理由がありませんわ。あなたが私を好きだなんて、昔からの態度を見ていて思えたことなど、これっぽっちもありませんから」
「それは、君がエミリオンしか見てなかったからだろう」
「当り前ですわ。婚約者だったんですもの。あなただって、知っているでしょう? 私が、悪あがきしていたところを。散々ひどい言葉を投げかけてきたんですもの、覚えていないとは言わせないわ」
「ああ、覚えているよ。好きな女が、結婚しなくていいから、自分を愛人にしてくれだなんて。我慢できなかった」
やはり何度聞いても、デニスが私のことを好きだと理解ができなかった。
何か目的があるとしか思えない。
だって、私は王妃になるべく育てられて用済みになった女なのだ。
エミリオンから冷たく拒絶されて、目の前で他の女性に全てを奪われた。
何か下心がない限り、私と婚姻を結びたいなんて思うはずがない。
「……嘘ばっかり! そうやって私をからかおうとしているのね」
苛立ってデニスを押しのけようと手を伸ばす。
しかし、彼は私の手を優しく受け止め、キスを落とした。
「本気だって分かればいいんだな」
デニスの赤みがかった茶色の瞳が、私を捉えた。
そして、彼の大きな手が、私の手を握る。
大人の男性の手だった。
「……っつ! は、はなして!」
私が手を引っ込めようとすると、デニスはすぐに解放した。
「君とエミリオンの婚約は破談になって、君は僕の婚約者になった。だから、もう我慢しない」
デニスはそれだけ言うと「これ以上は体にさわるから、とりあえずゆっくり休むんだ」と部屋を出て行ってしまった。
本当に、あのデニス・ジートキフが私のことを好き?
やはり信じられない。
彼の唇が触れた手の甲を抑えたまま、私はどうしていいのか分からずに、ずっと彼が出て行った扉の方を見つめているのだった。
―後半へつづく―
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