第6章:月夜の舞踏会

17:エメラルドの髪飾り

 ヴィオラが離宮へ訪れてから数日経って、私は舞踏会開催のためにニックス城へ戻ることになった。


 本当は、エミリオンに断りも入れず、勝手に人を呼んではいけないのだろうが、アナスタシア達を紹介してくれたであろうイリーナにも招待状を送ることにした。


 しかし、彼女がどこにいるのか分からないので、部屋から繋がる温室へこっそりと向かい、分かりやすいように端に寄せてあったテーブルを見える位置までずらして招待状を置いてきた。

 温室にやってきた彼女がそれを見ているといいが。


 部屋へ戻ったタイミングで、見計らったようにフローラが仕立てたばかりの私のドレスを持って部屋へやってきた。

 胸元から裾にかけて、ライムグリーンからエメラルドグリーンのグラデーションになっている生地には、職人が手で縫い付けたビーズと刺繍があしらわれている。

 今度は、私だけのために特注で作られたドレスなので、仕立て屋が情報漏洩していない限り、誰かとデザインが重なるということはないだろう。


 ドレスを身にまとい、化粧が終わった時だった。


 ノックの音がして「どうぞ」と返事をすると、アナスタシア達が真面目な表情を浮かべて私の部屋へ入ってきた。


「そのまま座っていてちょうだい。セルゲイ、あれを」


 テオフィロス城の執事であるセルゲイが「承知しました」と大きな宝石箱をテーブルの上に置き、蓋を開けた。


 そこには、大きなエメラルドの髪飾りが入っていた。

 瞳の大きさほどのエメラルドの周りには、2カラットほどの大きさのダイヤモンドが光り輝いている。 


「これは……」


「私たちからの贈り物です。ジョジュ・ヒッテーヌ」


「そう。あの、アナスタシアの訓練を乗り越えたのだもの。なかなか骨のあるじゃないの。この人、私たちの中でも一番性格悪いのよ」


「ガルスニエルと一緒に私たちの悪口を言っていたのは、知っていますけれどね」


 一応止めてはいたのだが、彼の悪口を止められなかった時点で私も同罪だと判断されているらしい。


「ありがとうございます。そして、彼の悪口を止められなかったこと、心よりお詫び申し上げます」


「そんな言い訳はいいわ。早くつけてごらんなさい」

 

 謝罪の言葉を述べる私を急かすように、エリザベータが髪飾りを指差した。


「この贈り物をしたことで、少しは舞踏会でやりやすくなるでしょう。私たちは表立って援護はしませんが、誰に贈られたかは、明かしてかまいません。むしろ、しっかりアピールなさい」


 アナスタシアの激励に、私は頷く。

 今は、この国で味方を多く増やすこと。

 そして、気は進まないが、ヴィオラを味方につけることも頑張らなくてはならない。


「フローラつけておやりなさい」


「私は、ここら辺がいいと思うのだけどね。そう思わない?ソーニャ」


「あら、いやだ。絶対にここよ」


「何を言っているの。ソーニャ、エリザベータ。絶対にここね」


「アナスタシア。あなたセンスないわよ。ねえ、エリザベータ」


「失礼ね。あなた達よりは絶対にあるわよ」


 三人に頭をおもいきりわしわしと撫でられて、私は笑っているつもりだったが、次第に涙が溢れてきた。


 彼女たちの気持ちあたたかかった。


 大きな宝石をプレゼントしてくれたという嬉しさよりも、私が窮屈な思いを舞踏会でしないようにと配慮してくれた気持ちが嬉しかった。


 本来であれば、私と彼女たちは血のつながりも何もない赤の他人なのだ。

 この国のことを丁寧に教えてくれただけでもありがたい話なのに、その先のことも気にかけてくれる事実がただ嬉しい。


「ちょっと、泣いちゃったじゃないの。強く押しすぎたのよ」


「しっかりなさい。ジョジュ」


「どうしたのよ。泣くところじゃないでしょ」


「違うんです。嬉しくて……」


 小さな声で答える私にフローラがふふと見守るような優しい笑みを浮かべ「このてっぺんにつけるのはどうでしょう」と髪飾りを私のつむじ辺りに置いたので、三人の婦人から「それが一番センスがないわ」とツッコミが入るのだった。

 

***

 

 月が夜空を照らす中、舞踏会が幕を開けた。

 ロニーノ王国に来て、初めての私の大仕事に、正直緊張しないといえば嘘になる。


 私の評判がよくないという理由で、不参加の人間が多かったらどうしたらよいだろうと不安を抱えていたが、蓋を開けてみればほとんどの貴族たちが馬車に乗ってニックス城へとやってきた。


 アナスタシア達から贈られたエメラルドの髪飾りは、思っていた以上に貴族達に大きな効果を与えた。


 どうやら、王族の中でも特に彼女達は非常に倹約家らしく、滅多に誰かに向かってお金を使うようなことはないそうだ。

 さらに、気難しい性格から人を避けることが多く、先々代の女王以外は彼女達をうまく扱えず、新参者である私の面倒を彼女達が見ているということは、非常に意外なことらしい。


 そして、結婚式の晩餐会で野次を飛ばし、問題児であったガルスニエルを更生させるために、離宮へ連れていった(ことになっているらしい)ことが、私への信頼を厚くし始めているようだった。


 だから、ヴィオラは焦って私の粗探しに離宮へやってきたのだ。


 まだよいとはいえないが、私が想像していたよりも、私の状況は悪くない。


 隔離された場所で必死になっていたので、状況をうまく把握できていなかったと、改めて会場内を見渡した。


「大丈夫ですか?義姉上」


 身なりを整えたガルスニエルが、胸を張って私の隣に立つ。


「ええ。大丈夫。今日は素敵なお衣装ね」


「義姉上の晴れ舞台ですからね。それに、今日の舞踏会でしっかりやらないと、また離宮生活が続くようですから。それは勘弁です」


 本音は後者のようだ。

 私は苦笑して「頑張ってね」と声を掛けた。


 呼ばれた人々が集まったのを見計らって、ワルツがかかる。

 若い男女が部屋の中心に集まってダンスを踊り、その中にガルスニエルとアルムが手を取って踊っていた。


 二人とも立派な貴族に見えると、普段の様子を知っている私は少しだけ嬉しいような気恥ずかしい気持ちになった。


 ダンスが終わると踊っていた若い男女が列を成して、エミリオンと私の方へ向かって挨拶をしてくる。


 アナスタシアたちに叩き込まれた名だたる貴族たちの娘や息子が、丁寧に挨拶していく中でヴィオラもこちらへやってきた。


「今宵は、美しい月夜でございますね」


 それだけエミリオンの方へ向かって言葉を述べると、私の方は見向きもせずに彼女はペアを組んでいた男と共に去っていった。


 この舞踏会で彼女との関係をどうにかできるわけもなく、私は目の前で開催されている舞踏会をしっかり終わらせることに集中させることにした。


 この舞踏会では、首都プルペとロックデリット、そして漁業都市であるネスコが一つの路線で繋がった祝いではあるものの、まだ未婚の男女のお見合いの場所でもあるようだ。


 今夜何組の縁談が成立するかというのも、私の評価に響くようだった。


 朝まで永遠開催される舞踏会を、子供たちが眠気に勝てるわけもなく、真夜中頃になって、うつらうつらとしているガルスニエルとアルムに「そろそろ部屋へ戻ったら?」と声をかけた。

 

 ガルスニエルは、今夜の舞踏会で非常に礼儀正しく、大叔母たちの躾を忠実に守っていた。


 離宮に呼ばれることはあっても、更生させるという名目ではなく、親戚の可愛い子供として呼ばれることが多くなるに違いない。


「義姉上と一緒なら、部屋戻る」


 眠たいせいか普段の憎たらしさが影を潜めているガルスニエルに、私はクスッと笑って「ゴルヴァンかフローラを探して戻りましょう」と私は子どもたちを連れて一瞬その場から離れることにした。


 エミリオンに声をかけようかと思ったが、公爵たちと何やら難しい話をしていたので、声はかけずに外へ出た。


 会場の外で、メイドたちに口説かれているゴルヴァンを回収し、ガルスニエルたちを部屋に送り届けて来た時のことだった。

 会場まで送ると言ってくれたゴルヴァンを、子供たちの部屋に置いてきて一人で寒い廊下を歩いていると、二人の男女が密会している様子が見えた。


 舞踏会の夜は、ドルマン王国でもそういった男女の密会が人気のないところで繰り広げられていたと、懐かしい気持ちになった。

 王位継承権を得ている私は、そのような不貞行為がないように厳重に監視されていたが。

 

 もしかしたら、私は祖国で少しいい子すぎたのかもしれない。


「ずっとお慕いしております。私、あなたの情婦でもかまいません……」


 甘く優しく、相手を慈しむような声。

 きっと、男性だったら誰でもクラッとしてしまうだろう。

 

 私は、彼女たちの邪魔をしないようにそっとその場を離れようとした時だった。


「サドルノフ公爵令嬢」


 ヴィオラの名前を呼ぶ声に、聞き覚えがあって、私は驚いて振り返り、密会している男女の顔を見て、さらに驚いた。


 そこにいたのは、エミリオンとヴィオラだったからだ。


 

 

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