2:雪降る首都プルペ
列車が去ってからどのくらいそうしていただろうか。
ブーツの中の足の先が冷たくなって、感覚が無くなってきたことで「荷物のところへ戻らなくちゃ。」と我に返った私は、慌てて荷物が置いたはずの場所に戻ったが、そこには何も置いていなかった。
跡形もなく消えていた荷物を探してうろうろしていると、出口に向かっている人々に怪訝そうな表情を向けられた。
ドルマン王国からロニーノ王国をつなぐ路線は、隣国にある山に囲まれた国、グランドール王国の人間も途中乗車することができるため、私のことをドルマン王国の王女だと認識できる人が祖国よりも少ないのは当然だった。
鉄道が普及してから、証明書さえ持っていれば国々を自由に行き来できるようになったのである。
荷物が盗まれたと気が付いたのは、近くを通った駅員に聞いた時だった。
「ああ?適当にそんなところへ置いたら、盗まれるに決まっているべ?あんたは、どこの世間知らずの貴族の娘だ?」
田舎訛りの口調で馬鹿にしたように鼻で笑われて、途方に暮れる。
あの中には、母からもらった嫁入り道具が入っていたのだ。
辺境の地へと送られた母との唯一の繋がりまで失ってしまうのは、どうしようなく泣きそうになった。
汽車を降りた人々が少しずつ、構内から消えていく。
それに続くように、よろよろと人の流れに身を任せて歩くことにした。
逃げられたと思われたら、どのような目に合うかわかったものではない。
それに、この寒さからも早く逃れたかった。
ロニーノ王国は、寒い国だと聞いていたが想像以上だ。
大粒の雪が降り注ぐ中、ガチガチと歯を震わせながらようやく駅の外にたどり着くと、王家のものと思われる豪華な馬車がずらりと並んでいた。
「ジョジュ王女ですね。お迎えが遅くなりまして大変申し訳ございません。ロニーノ王国、王族直轄部隊長でありますゴルヴァンと申します。以後お見知りおきを」
毛皮の帽子を被った燃えるような赤毛の長身の男が、私の姿を確認して近寄ってきた。
「どうして……」
顔を見ただけで分かったのだろうと不思議に思ったが、写真と呼ばれる人を写した肖像画のようなものを撮って、ロニーノ王国へと送っていたことを思い出した。
そして、この透き通るような私の黄金の長い髪の毛や、エメラルドグリーンの瞳が、ロニーノ王国でそうそういないことも。
ゴルヴァンの海の底のような青い瞳が、私をじっと見つめた後、あたりをキョロキョロと見渡した。
なぜ付き人がいないのかと思っているのだろう。
私は、付き人は国へ返してしまったことと、荷物が盗まれてしまった旨を伝え、ドルマン王国から持ってきた身分証明書をゴルヴァンに見せた。
「承知しました。衛兵に命令を出して、探させましょう。この雪ですから、犯人もそう遠くは逃げていないはずです」
ゴルヴの丁寧な対応に少しばかりホッと息を落ち着かせつつも、先程のサーシャたちの言葉を思い出し、身を引き締め直した。
いくら当たり障りなく接していても、腹の中は何を考えているのかわかったものではないということを、私はこの数ヶ月で学んだのだ。
随分と遅い学びではあったが、異国の地でせっかくやり直しが効くのだから、今度は気をつけなくては。
***
私の荷物を探し始めた衛兵たちを残して、馬車は出発した。
ドルマン王国では重装備でも、ロニーノ王国では薄着でいるようにしか見えないらしく馬車の中は、私が凍えないように椅子がカイロで温められており、毛皮のコートも準備されていた。
「こちらイントゥルト駅から、城のある首都プルペまで少し時間がかかります。そして、護衛も兼ねて一緒に乗車することをお許しください。ここら辺は、国境も近いこともあり治安が少しばかり良くないのです」
問題ないと答えたあと、私は、準備されていた毛皮のコートをありがたく頂戴し、羽織った瞬間じんわりと温かみが身体に広がった。
ドルマン王国で来ていた上着とは比べ物にならないほど暖かい。
足元に当たっているカイロも、冷え切った足の指先が生き返っていくのがわかった。
「カイロなどは熱すぎるなどありませんか?」
「ええ、大丈夫。暖かいわ」
自然と笑みが溢れていた。
「よかったです。何かあればお申し付けください」
私が初めて微笑んだことで、ゴルヴァンもホッとしたのか小さく微笑んで、胸を撫で下ろしている様子だった。
しばらく沈黙が馬車の中を包んだ。
エミリオン王のことを尋ねたかったが、下手なことを言ってしまい、裏でへんなことを吹き込まれてもやりづらくなってしまうかもしれないので、毛皮のコートの中に手を入れて自分の体温で温めること以外のことができずにいた。
「ジョジュ様。ご覧ください。あちらが首都プルペです」
馬車がしばらく道を走ったあとに、ゴルヴァンが曇った窓を布で拭いて外の景色を見せてくれた。
真っ白な城が中心に置かれ、周りには、赤、青、黄色と原色のペンキを塗ったであろう木を使った家が囲むように建てられている。
雪が降り積り、まるで子供が描いた落書きのような色合いだ。
「可愛いです」
冷酷無慈悲な王が統治している国には見えない。
「ジョジュ様が、ロニーノ王国を好きになっていただけたら、我々も嬉しいことはありません」
ゴルヴァンの言葉に、私は曖昧に微笑んで頷いた。
***
馬車が城の前まで到着すると、一気に慌ただしくなった。
「ようこそ。ニックス城へ」
馬車を降りると、ゴルヴァンに御礼の言葉を述べる暇もないまま、ニックス城と呼ばれる城の中へ案内された。
外壁が真っ白な城の中は、意外にも普通の作りになっていた。
寒い地域だからか、ところどこに暖炉が置かれており、部屋の中では少し暑いくらいだ。
赤い絨毯の上を歩きながら、次々と人を紹介され、名前と顔が一致しないまま、気が付いたら王の間へと到着してしまっていた。
「王がお待ちですよ。ジョジュ様のご到着を今かと楽しみにされておりました」
心の準備もできないまま扉が開けられて、部屋の中へと通される。
静まり返った部屋の中で、幾人もの人間が、私の方を品定めするように見つめていた。
赤い絨毯が途切れた先に大きな玉座が置かれていた。
そこに座っている銀髪の軍服に身を包んだ身体の大きな男が、眉を顰めて私を睨みつけている。
あまり私が到着するのを楽しみにしているようには見えない表情の男が、エミリオン王だと分かり、私は深く頭を下げた。
「遅くなりまして申し訳ありません。ドルマン王国より参りました。ジョジュ・ヒッテーヌと申します」
静寂。
音ひとつしなかった。
しばらくして、エミリオンが返事の代わりに深いため息をついたと同時に、「フローラ」と一言そばに控えていた女性のメイドに声をかけた。
黒髪の長い髪を一つにまとめてお団子にしたメガネをかけた細身の女性が、頭をひとつ下げた。
私では期待外れだったのだろうか。
不安になったが、異国の地であからさまに狼狽えるわけにもいかない。
それに、私には帰る場所はもうないのだ。
「この者の身なりを整え直し、夕食の席に案内しろ」
夕食の席にといった言葉を聞いて幾分か安心した。
しかし、身なりを整えなおせと言うほど、私の身なりはひどいのだろうか。
どうしても気になって、自分の金髪の長い髪の毛を少し触ってみたら、雪が溶けて濡れていたようだ。
初対面がみっともない格好であったなんて、王女として情けない限りである。
「ジョジュと申したな」
ようやく声をかけられて、私は「はい」と力なく返事をした。
「また、夕食の時に。それまで、このフローラについていくように」
それだけ言うと、エミリオンは玉座から立ち上がって部屋から出て行ってしまった。
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