第11話 複雑な乙女心
午後の授業中、なつめはずっとあさっての方向を見ていた。黒板を見ていた時間よりも、シャーペンをノックしては中に戻していた時間のほうが長い。
そんななつめを浩太朗は戸惑いながら見ていた。
隣の席からノック音が授業中にしきりに聞こえてきたら、集中できるものもできなくなってしまう。
(別におにぃのことなんて好きでもなんでもないし、そこまで気にする必要なんてないから!なんなの私!あんな態度を取られたくらいで苛立ちすぎじゃない!?)
普段は真面目に授業に取り組んでいるなつめだが、先程の浩太朗の態度に拗ねており、心の中でぶつぶつと愚痴を言っていた。
浩太朗はなつめの様子のおかしさに気づいていながらも、なかなか声をかけることができなかった。
そのため、なつめのシャーペンノックは止まらず、隣が気になりすぎて先生が言っていることが何一つ理解できない。
(絶対原因あれじゃん……。確実にあれじゃん……。どうしよ、どうやって謝ればいいんだろ...、うるさすぎて授業に集中できねえ……)
浩太朗は頭の回転が早いので、なつめがおかしな様子になっている理由がすぐにわかった。
(黙れの一言だけで、あんなんになるかよ……。でも俺も、なつめに黙れなんて言われたら今のなつめみたいになるかもな)
しかし、なぜ拗ねているのかはわかったものの、どうすればよいかは全くわからない。
なつめの気持ちを考えてみたところで何も解決しないのである。
「……神崎くん?」
その先生の一言で我に戻る浩太朗。
授業を何一つ聞いていなかった浩太朗は、先生が何を聞いているのかがわからず、珍しく戸惑っていた。
開いているページは、板書とははるかにかけ離れた内容が書かれており、確実に詰んでいる。
浩太朗のテストの点がとても高いことを知っている先生も戸惑う。
あの真面目で勤勉な浩太朗が寝るとは考えにくいため、問題の答えがわからない以外なかった。
クラス内に沈黙が訪れる中、浩太朗はこの空気を壊すために恐る恐る口を開いた。
「……あっ、あの、もう一回問題を言ってもらっていいですか?声が聞こえなくて……」
「っ!?それはごめんなさいね。二次式の因数分解の公式を3つ全部言えるかしら」
浩太朗は、なつめのことで頭がいっぱいだっただけで、しっかりと後ろまで声が届いていたにも関わらず、先生は自分の声が小さかったのではないかと反省していた。
「x+y……-です」
中学校で習った因数分解の公式をすらすらと言い、その質問から、今みんなが開いているページを特定することができた。
どうやら一年の要項の復習のようだ。高次方程式は楽しいから何度やっても飽きない。
「正解よ」
てっきり因数分解の公式が言えないものだと思っていた先生は、浩太朗の回答を聞いてホッとした。
「じゃあ3乗+3乗の因数分解の公式を……隣に行って神崎さん、答えて。……神崎さん?」
「ふぁっ!?えっ、えと……すみません、わからないです」
なつめも浩太朗同様、先生の話を聞いていなかったので、どこを聞かれているのかがわかっていない。
「わからない?神崎さん、これ一年の復習よ?ほんとうにわからない?」
教科書をペラペラめくっていくなつめ。数百ページとあるページの中から特定のページを見つけるのは至難の業だ。
しかもなつめは、ちょっとしたパニック状態となっていて、質問の内容すらも覚えていない。
(……いや、どこ!?おにぃのせいで授業全く聞いてなかったんですけど!?ここは素直に「聞いてませんでした」っていうべきか、思い当たる答えを言うか。いやどっちも良くない!)
黒板を見て推測するが、授業も序盤も序盤なので、黒板には何一つ書かれていない。
「……すみません、わかりません」
「二週間後にはテストよ?しっかり復習しておいてちょうだい」
「はい……すいません」
その様子を見て浩太朗は顎に手を当てて考え事を始めた。
(あれ、もしかしてなつめって頭悪いのか?もともと行ってた高校も、偏差値は高かったはずだが……いや、学校で決めつけるのは良くないな)
なつめが答えられなかったのは一年生の内容なので、浩太朗はなつめの学力が低いと思ってしまった。
同じ家に暮らしていたが、なつめのプライベートのんて何も知らない浩太朗。
その逆も然りで、中学校時代の浩太朗しか見ていないなつめは、浩太朗は頭はそんなに良くないと思っている。
(なつめに勉強教えようかな……赤点大量に取ったら留年するかも……でも嫌われてるし……)
(おにぃに勉強教えれば合法的に近づけるのでは……?いやいやダメよ私!あんなこと平然と言ってくるおにぃなんて気にしなくていいわよ)
目が合えばすぐに逸らす。
浩太朗の何気ない一言が、二人の間にさらに亀裂を入れることとなってしまった。
眠気と戦いながらも、七限というハードスケジュールをこなした生徒たちは、各々の部活に向かったり、部活のないものは帰宅していく。
浩太朗の所属している園芸部なんて、帰宅途中にある花壇に水をあげたり、雑草を抜いたりするだけなので、早い日は5分くらいで終わる。
年に2、3回、新しい植物を植えるので、その時だけは部活が長くなる。
園芸部員は、浩太朗を除いて2人。そのうちの1人は2年生で、よく花壇で鉢合わせするのだが、残りの1人は、名前はもちろん、顔すらも知らない。
例に倣い、浩太朗は荷物をまとめて花壇に向かった。
すると、教室を出たあたりで、後ろから声をかけられた。
「神崎くん、そっちは屋上じゃないけど」
聞き覚えのある声、脳裏に屋上の風景が浮かんできた。振り向かずとも、声の正体が神宮寺のものだと分かった。
「えっと……確か神宮寺だっけ。俺に何か用でもあるの?」
「用がないのに呼び止めるわけないでしょ。もしかして、ボクとの約束忘れちゃった?3日前のことなんだけどなあ……」
「3日前……?」
浩太朗は、3日前のことについて、屋上での出来事を必死に思い出そうとする。
「えー!覚えてないの!?」
廊下で大声を上げる神宮寺。クラス内にはまだ人が残っており、様子が気になったのか、ドアから顔を覗かせている。
なつめもクラスメイトに紛れて覗いていた。
「えっ!ちょっ!どこにいくの!?」
目立つのが嫌な浩太朗は、神宮寺を引っ張り、人目につかないところまでやってきた。
「俺があんたと何を約束したかは覚えてないが、教室の前で騒ぐのはやめてくれ!目立ちたくないんだよ!」
浩太朗が目指しているのは平穏な日常。騒がしくて毎日が騒がしいような日常ではないのだ。
「わ、わかったから!痛い!そろそろ離して!」
「あっ……ごめん」
咄嗟の行動だったので、無意識に神宮寺の腕を掴んでいた。しかもかなり強い握力で。
浩太朗の人生初となる女性への初ボディータッチは神宮寺となり、浩太朗は、少し不思議な気持ちに陥っていた
「んで、ボクとの約束は覚えてないわけ?」
「……すいません」
神宮寺の言う『3日前』が、何度思い返してみても、神宮寺と何を約束したかを思い出すことができない。
「まあいいや、こうして神崎くんと話せてるし」
「用がねえなら帰る。さっさとしてくれ」
「そんな急ごうとしないでよ!ここじゃなんだし、とりあえず屋上に行かない?」
屋上へと続く階段まで歩いていき、鍵がかけられている扉をこじ開けた。
こんなことしてもバレないのか、と思うかもしれないが、そもそも屋上へと続く階段があるところは人通りが少ないので、誰にもみられることはない。
「うわっ!今日は風が強いねー!髪の毛が大変なことになってそう」
「じゃあ今日は諦めて別の日にするか。俺だって髪崩れたくないし」
「そうした結果、神崎くんはボクとの約束を忘れたじゃんか」
浩太朗はその言葉でようやく、神宮寺との約束を思い出した。
「あー、勝手に約束されたやつか。俺は別に、あんたと話したいとは思ってないんだけど」
「でもボクは君とお話がしたい。なんてったって、ボクの最大の
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