第51話 さよなら
久しぶりに、朝のアラームよりも早く起きた。
何かに起こされたような気もするが、脳が正常に機能していない今は、周りの状況を飲み込めない。
修学旅行ということもあり、気も漫ろとしているのかはわからないが、いつもより早い朝なことには間違いない。
浩太朗は、状態を起こし、スマホで時間を確認した。
4時45分。
いくらなんでも早い。
名古屋駅に集合で、集合時間は8時30分。
浩太朗の最寄り駅から、名古屋駅までは、間に1つしか駅がないので、8時に家を出発したとしても間に合う。
まだ時間は十分にあると、もう一度眠りにつこうとしたとき、スマホが着信音を鳴らして振動した。
「……誰だ?こんな時間に」
浩太朗は、もう一度スマホを手に取って、誰からの着信かを確認する。
ある程度予想はできていたが、画面上には、なつめの名前があった。
出ようか出るまいか迷ったが、この着信を無視しようと、この後も何回もかけてくると予期した浩太朗は、しぶしぶ電話に出た。
「『あっ!やっと出た!』」
電話越しに、なつめの陽気オーラが嫌というほど伝わってくる。
「こんなに早くから何?寝たいんだけど」
寝起きの浩太朗は機嫌が少々悪く、仲の良いなつめに対しても不機嫌になる。
なつめだからかもしれないが。
「『今日は修学旅行だよ!早く準備しないと遅れるよ!』」
「何時だと思ってんの……?4時半だぞ」
「『残念!4時47分でしたー!』」
その一言で、浩太朗の中にある一本の糸が切れ、苛立ちゲージが最高潮となった。
「ぶっ飛ばすぞ」
なつめの声を聞いていると苛立ってくるレベルにまで到達してしまったので、浩太朗は通話を切って寝ようとした。
しかし、すぐになつめから電話がかかってきた。
「『何で切るの!』」
「用がねえならかけてくんな。用があってもかけてくんな」
画面の向こうで、なつめが何かしら喚いているが、鬱陶しいので無視した。
これ以上睡眠を阻害されるわけにはいかないので、スマートフォンの電源を切って、なつめが電話をかけてこれないようにした。
そこから数十分は何事もなく睡眠が取れた、が、時刻が5時20分となったとき、部屋中にインターホンが鳴った。
その音で目が覚めた浩太朗は、考えるもなく、この来客がなつめだということは、寝起きだとしても確信がついた。
目をこすりながら、ふらふらとした足取りで寝巻きのまま玄関へ向かう。
ドアを開けると、寝癖の一つもない制服姿のなつめが立っていた。
なつめは、浩太朗と目が合うと、手を振って挨拶した。
「おはよー!」
今すぐにも扉を閉めて、部屋に戻ってやろうと考えたが、扉を閉めるよりも先になつめが部屋へ上がってきた。
そして、そこでようやく、浩太朗の機嫌があまりよろしくないことを目の当たりにしたなつめは、少しだけ態度が小さくなった。
「なんでそんな顔をしてるの……?」
「4時30分に電話をかけてきて、5時30分に人の家に上がり込んどいてよくもまあそんなセリフが言えたもんだな」
「えへへ、ごめんごめん」
もう少し寝る予定でいたが、体を動かしたことで完全に目が覚めてしまった。
浩太朗は、リビングの電気を付けると、顔を洗いに洗面台に向かった。
洗顔し、寝癖をなおし終えると、自分の部屋に戻って、寝巻きから制服に着替えた。
「んで、なつめは何しにきたんだよ」
浩太朗が洗顔しているうちにベッドを占領したなつめに、朝早くから家に押しかけてきた理由を問いた。
「え?一緒に集合場所に行くためだけど」
何かおかしいことでもありますか?といいたげ顔でなつめは問い返した。
「なんで俺がなつめと一緒に行く前提なんだよ。んな約束してねえだろ」
早朝に起こしてきた罪は重い。
浩太朗は、苛立ちを抑えることができず、声からその不機嫌さが漏れ出ている。
「妹が困ってるのに見捨てるっていうの……?」
「はあ?困ってるも何も、困らせてるの間違いだろうが。俺は被害者なんだよ」
「うっ……」
なつめは、正論を突きつけられ、言い返すことができなかった。
「自分がやられてみろよ。ゆっくり寝てたい時に電話で叩き起こされ、電話を無視しても家に突撃される。誰でもキレるわこんなん」
「ごめんって!でも何も、そんなに怒らなくてもいいじゃんか!」
浩太朗に怒られたことで萎縮しているのか、声が少し震えている。
なつめとしても、浩太朗がここまで怒るとは思ってもいなかったのだろう。
「怒ってないわ」
「怒ってるもん!」
なつめは、ベッドの上にあるベットに顔を埋めてしまった。
浩太朗はそんななつめを無視して、朝食の準備をしにいった。
昨晩のうちに修学旅行の準備はおえているので、今朝にやるべきことはないのだ。
「ふわあぁ……、眠」
欠伸が出るほど眠たいが、なつめがベッドを占領している以上、浩太朗は寝ることができないので、目が閉じかけの中、感覚だけを頼りに調理する。
「……ったく、俺はあいつの保護者じゃないっつうの。なんで俺が面倒見なきゃいけな……」
そこまで独り言を吐いたところで、浩太朗の手が止まった。
浩太朗は、閉じかけていた目を見開き、視線をフライパンから自分の部屋へと移した。
「そうか、あいつの両親は、昔に……」
なつめの両親は、なつめが小学生の頃に交通事故で亡くなっている。
小学生とはいえ、物心はついているので、両親のことは鮮明に覚えているだろう。
浩太朗は、今こうして、義兄である浩太朗に寄り添うのは、空白だった中学3年間を埋めるためでもあるが、それ以上に、なつめ自身のためである、と考えた。
なんの書き込みもされなかった中学3年間に対し、両親が亡くなる前までの約10年間の生活は切り取られているのだ。
同じ空白でも、時間と重みが全く違う。
「自己中過ぎだろ……!俺が、あいつを支えてやらないと、いけなかったのに……」
両親を亡くすことは、とても苦しくて、辛いことだ。
それなのに、浩太朗は、家族の一員となったなつめに対して、慰めの一言さえ言うことができなかった。
今更後悔しても遅いとは重々承知している。
だからこそ、今なつめにしてやれることを考えるべきだ。
「俺が、あいつに、できること……」
なつめが転校してきてからの日々を思い返した。
なつめの境遇を加味して反省点を見つけ出そうとする。
しかし、それは自室の扉が開いたことで中断された。
「おにぃ、お邪魔してごめんね……、わたし帰るから……」
浩太朗の部屋から出てきたなつめは、浩太朗と目を合わせることなく、玄関の方へ歩いて行った。
「待っ……!」
浩太朗はフライパンから手を離し、瞬時に足に力を入れた。
室内にある障害物を避け、今にも家を出て行こうとするなつめの後ろ姿を追う。
そして、なつめが扉に手をかけたと同時に、浩太朗はなつめの腕を掴んだ。
焦っていてのか、思っていたよりも強く掴んでしまい、強く腕を掴まれたなつめは、小さな悲鳴をあげた。
「な、なんなの……!?痛いから離して!」
「あっ、ごめ……」
浩太朗はすぐに手を離そうとするが、なつめの方が先にその手を振り解いた。
そして浩太朗はハッと驚いた、なつめの頬に涙が伝っていることに。
「わたしに構わなくて結構!もう電話もしないし家にも行かない!」
「だから、俺は怒ってな……」
「あなたにはもう迷惑をかけないようにする。だからあなたもわたしに近づかないで。わたしがいるだけで、あなたには迷惑をかかるから」
「は……?何言って……!」
「さよなら」
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