第50話 修学前夜
学校に行き、授業を終えたらめぐのお手伝いをしに行く。
そんな日常を繰り返し送っていると、非常に早く時間流れを早く感じる。
「おにぃ、明日から修学旅行だね!すっごく楽しみ!」
閉店時間を迎え、店内の掃除をしていると、なつめがそんなことを言った。
何も考えずに過ごしていた結果、なつめと出かけてから何もすることなく修学旅行を迎えた。
ホームルームの時間、班で話し合ったりすることはあったが、浩太朗はほとんど参加せずに全ての計画を決め終えた。
意図的に参加しなかったわけではなく、参加する余地がなかった。
浩太朗の他には、クラスの副委員長である一ノ
基本的に、賢弥と龍谷で話し合いが進んでしまい、浩太朗と隼人が参加せずとも、順調に決まっていった。
意外にも龍谷は計画性があり、現実的な計画と、非現実的な計画は区別することができる。
そのため、浩太朗や隼人が口出しする必要もない完璧な計画となった。
みくという、少し扱いに苦労するような彼女を持っているだけある。
最初は名前すら知らなかった浩太朗だが、打ち解ける努力はするようになったので、名前はもちろんのこと、見た目や声の特徴も覚えている。
外でばったりあったとしても、会釈をするくらい関係は深まった。
「準備終わってるのか?」
浩太朗は、テーブルをタオルで拭きながらそう返答した。
「帰ったらするから大丈夫!」
「早めに準備しとけよ……。どうせ後から、あれがないこれがないって騒ぎ出すんだろ?」
多分ねー、と言って苦笑するなつめ。
「……あ、そういや、今思い出したんだけど、服どうすればいい?」
「服?」
「ほら、ちょっと前になつめが家に泊ったろ。そん時のやつ。洗濯機に入ったままなつめが忘れていったから、ずっと家にあったままなんだよ」
「あー!完全に忘れてた!」
なつめは、浩太朗の家に自身の服を置きっぱなしにしたことを思い出したと同時に、その事実が何を示しているかも知ることになった。
「おにぃ、その服って洗ってくれた?」
なつめはテーブルを拭く手を止めて、冷淡な声色で聞いた。
それは、なつめが不機嫌になる予兆でもあり、浩太朗は警戒体制に入った。
浩太朗は、発言に気をつけるなんてことはできないので、発言に気をつけるのではなくその後のなつめの襲撃に備える、という意味だ。
「洗ったけど、何かまずかったか?」
いつでも退けるように体制を整える。
「全然、むしろわたしがおにぃにお礼しなきゃいけないよね」
「じゃあ何なんだ」
不機嫌になる予兆を感じとることはできても、その原因が浩太朗にはわからない。
「その中にさ、わたしの下着、あったよね?」
「えっと、確かあったのは……、ブラウスと、ショートパンツ、靴下。あとはパンツとブ……」
「あぁぁぁぁ!!!最悪!」
今部屋に置いてあるなつめの衣類が、何があったのかを思い出しながら、列挙していくも、言い終わる前になつめがホールから逃げ、厨房の方に入っていった。
「なんだったんだ……?」
なつめは知らないかもしれないが、昔浩太朗は、実家で洗濯をよくしていた。
神崎家のルールとして、お風呂に一番最後に入った人が、浴槽に洗濯機のホースを突っ込み、洗濯機を回すというものがあった。
そして、一番早く起きてきた人が、洗濯機の中の洗濯物を取り出し、さらに洗濯機を回す。
浩太朗は当時、家にいることが不快で仕方がなかったので、学校から家に帰ってきてからは速攻で自分の部屋に入り、夜ご飯は一番最後に食べ、お風呂も一番最後に入っていた。
毎日そんな感じであったため、毎日のように浩太朗が洗濯物を回していたのである。
そうなると、必然的に浩太朗は、家族全員の衣服に触れることになるので、なつめの下着などとうに見慣れているわけだ。
わけもわからず、釈然としない様子で残りのテーブルを拭いていく。
なつめが残していったのも含め、全てのテーブルを拭き終えると、気がおさまったのか、平然とした顔でホールに戻ってきた。
「おにぃ、掃除ありがとね。サボってごめん」
「そこまで苦じゃないから、大丈夫だよ。それで、服のことなんだけど、修学旅行の後の方がいいか?」
「だったら、明日の朝学校に持ってきて。2日目に着る予定だったから」
「わかった。でも、俺が持って行くの忘れるかもしれないけど、そうなっても怒らないでくれ。忘れないようにはするけれども」
「そうならないように朝電話するから」
そう言って、なつめは店の表口から帰っていった。
掃除道具をしまい、厨房の方へ戻ると、めぐはすでに厨房の掃除を終えており、浩太朗が掃除を終えるのことを待っていた。
「めぐさん、わざわざ待ってたんですか?俺のことなんて置いていってもらっても全然構わないのに」
「こうくんとちょっと話そっかなーって思って。最近、なっちゃんが来てから2人っきりになることってなかったから」
「それもそうですね。じゃあ、少し外で待っていてもらっていいですか?着替えたらすぐ行くので」
めぐの言うとおり、なつめがこのお店でお手伝いを始めてからは、浩太朗とめぐが2人きりになる機会がなかった。
浩太朗は週に1回くらい部活の方に顔を出すので、なつめとめぐが2人になるシチュエーションは度々あるが、そのその逆はない。
メールで話せばことは済むのだが、そうはいかないのだろう。
「わかった、先に外にいるよ。あ、電気消すの忘れずに」
浩太朗は、更衣室に入って着替えた。
荷物を持ち更衣室を出て、めぐの忠告通りに店中の電気がついていないかを確認した後、裏口から店を出た。
裏口を出て曲がってすぐの場所に、めぐはいた。
まわりのお店も閉まっていて、明かりがなかったため、近づくまで姿を捉えることができなかった。
「うわっ、びっくりした……」
「ごめんごめん。ここにも人感センサー付きのライトつけた方がいいかな?防犯も兼ねて」
「つけてもいいんじゃないですかね。結構物とか置いてありますし」
浩太朗とめぐは商店街を出て、浩太朗の住むマンションへと向かった。
めぐが住んでいる所は、詳しくは知らないのだが、浩太朗の家と近いということだけは分かっている。
教えてくれない、というわけではなく、ただ単に知る必要がないから聞いていないだけで、めぐに聞けば多分教えてくれるだろう。
都心であれど、深夜ともなれば、街は暗闇に包まれる。
月の光だけを頼りに、浩太朗とめぐは夜の街を歩く。
「それで、話したいことってなんですか?」
さっさと話を済ませてしまわなければ、マンションに着いてしまうので、浩太朗は早速話題を切り出すことにした。
「なんかさ、こうくんって変わったよね」
「は?」
めぐが突然、わけわからんことを喋ったので、間抜けな声が出てしまった。
「去年とは全然違う。仕事中も、片付けの時もずっと楽しそうにしてるんだもん」
「そうですか?」
「そりゃあ、こうくんからしたら何も変わってないように思えるかもしれない。でも、雰囲気がガラッと変わったの。ほら、こうくんがわたしと初めて出会った時、わたしになんて言ったか覚えてる?」
めぐとの出会いは、わざわざ思い出そうとしなくても、鮮明に記憶に刻まれている。
めぐは浩太朗の恩人なのだ、そんな人との出会いを忘れるはずがない。
「なんで今更そんなこと掘り返そうと……。何度も謝ったじゃないですか」
だが、今は心を許しているめぐではあるが、初対面の時は全然違った。
人を信用できなかったので、めぐに対しても警戒心むき出しだった。
「『うるせえ、話しかけんな』って言われた時は結構ショックだったな」
「しょうがないじゃないですか……。本当に鬱陶しかったんですから」
「それ聞いてさらにショックになったよ……」
めぐと浩太朗の最初の出会いは、困っていためぐを浩太朗が助けてあげたことが始まりだった。
初めてめぐを見た時、声をかけようか躊躇したが、困っている彼女の姿を見て、見ていられないと思った浩太朗は、気が付けば助けていた。
「困ってるのを助けただけで、恩に着せるつもりはなかったし、それ以上めぐと関わるつもりもなかったしね」
「いやあ、あの時こうくんが助けてくれてなかったら、わたしは今頃このお店を叩かれてなかったと思うから、本当にこうくんには感謝しきれないよ」
「ふっ、そうかもな。あのまま続けてたとしても、いつか限界が来そうだったし」
「だからね、こうくんはいつも、わたしのことを恩人って言うけど、こうくんはわたしの恩師でもあるんだよ?」
「そりゃどうも」
浩太朗は、行き場のない自分を救ってくれた救世主として、めぐのことを慕っている。
そしてめぐは、立ち上がれそうになかった自分を支えてくれたパートナーとして、浩太朗のことを思っている。
浩太朗とめぐの関係は、なつめとの関係よりも複雑で、深いのだ。
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