第49話 お昼寝

 学校にいる時も、その場に居た堪れないときは、トイレか屋上へ逃げていた。

 誰にも見られることのないところが、一番心が落ち着く場所なのだ。

「なんで、よりにもよって、アイツらに見つかるんだろうな」

 今まで、外出するということがなかったからか、外出先で知り合いに出会うということがなかった。

 1人でいる時ならよかったものの、なつめと一緒にお出かけしている時に見つかってしまったのは、本当に運がついてないと思う。

 だが、他に言いふらす可能性の低い人物なので、その点で見れば良かったと言えるかもしれない。

「お前らってそんなに仲良かったっけ?」

 鏡の中の自分を見つめていると、突然、隣から龍谷が現れた。

 龍谷は、冗談との棲み分けができているようで、浩太朗と目が合うと、率直な疑問を口にした。

「仲は悪くないと断言できるが、仲がいいかは分からない。今日出かけたのも、たまたまなつめが俺の家に泊まったからであって、約束してたわけじゃない」

 浩太朗がそういうと、龍谷は苦笑した。

「え、どういうこと?神崎さんのことあんま知らないけど、好きじゃない人の家に泊まりに行くと思うか?特別な事情でもない限りあり得ねえぞ普通」

「確かにそうだな」

「まあ、お前らが付き合ってるにしろ、付き合ってないにしろ俺には関係ないが、もう少し真っ向から向き合ってあげな」

「何に」

「……これは神崎さんも苦労するなあ。彼女が気の毒に思えてきたわ」

 結局、龍谷は答えを教えてくれることはなく、俺この後も予定あるから、と言って去っていった。

 浩太朗は、この言葉の意味を深く考えてみるが、何のことだかさっぱり分からなかった。

 浩太朗がトイレから出ると、みくとなつめも丁度話し終えたのか、手を振って別れるところだった。

「こうたろうくんも、バイバーイ!」

 目が合うと、みくは笑顔で手を振ってきたので、浩太朗も小さく返した。

「何話してたんだ?」

 なつめの顔からして、楽しい会話を繰り広げていたのだと推測できる。

「え、知りたいの?女子高校生の会話」

「話したくないなら遠慮しとくわ」

 自分から聞いておいて、遠慮しておくという答えが不満だったのか、浩太朗の足を踏んだ。

「いだっ!」

「おにぃが恋愛に興味なさすぎるっていうお話!それと!おにぃが鈍感すぎて、わたしの気持ちが伝わってないっていうお話!」

 もったいぶる必要もないと判断したなつめは、直接言い放った。

 これで浩太朗の心に響くと良いと思っていたのだが、何せ浩太朗は、告白されたことにも気づかない男なので、半ば投げやりな気持ちだった。

「わたしに関すること全てに鈍い。わたしの気持ちに何も気付いてないし、何にも察せてない。血が繋がってなくてもわかるよね普通。おにぃが異常」

 鈍感な人に鈍感と言っても、効果は今ひとつなので、具体的に何が悪いのかを教えてあげないといけない。

「しょうがないだろ……、俺はなつめじゃないんだから。気持ちなんて分かるわけもない」

 自分か、それ以外か。

 極端な考え方ではあるが、このような二元論もこの世界には存在する。

 実際、他人の気持ちを理解しようとしても、知ることは出来ないし、他人の見えている世界と、自分が見えている世界が同じとは限らない。

 自分だけが、唯一信じることができるもの。

 浩太朗はどちらかというと、この思想を軸にものを考えているので、他人を理解するという行為に、心のどこかで抵抗を覚えているのかもしれない。

「そういうとこ……、少しはわたしのことを理解しようとしてよね。できるだけわたしも、思ってることを口にするようには頑張るけど、わたしが声に出さなくてもわかってほしいかな」

 なつめは、遠くを見つめて、浩太朗の心に訴えかけるように言った。

「なつめは俺の気持ちわかるのか?」

「大体はね。昔はわからなかったけど、最近はだんだんと分かるようになってきた。だからおにぃも、理解しようっていう気持ちがあれば、読み取れるようになるよ」

 この世に、人の考えていることが読み取れる機械があれば、こんなに苦労することはない。

 だが、人と人のコミュニケーションは、心が通ってこそ成立するものである。

 その苦労の先に、真の友情や愛情があるのなら、どんな苦難も乗り越えれるだろう。

「努力はする」

「頼むよね、ほんと」

 なつめはそっと、浩太朗の方へ手を伸ばした。

 浩太朗もその上に手のひらを重ねた。

 この日は、これ以上どこかへ行くことはなく、ベンチに座ったまま数十分が経過した。

 人間、誰しも疲労は溜まるもので、疲れていないと言い張っていたなつめだが、時間が経つと、浩太朗の肩に持たれて寝てしまった。

 疲れているのに起こすのは申し訳ないと思い、なつめが目を覚ますまで、体を動かさないようにじっと待った。

 行き交う人々の流れをぼんやりと観察しながら、ただ時間が過ぎるのだけを待つ。

 すると、龍谷から2つの写真が送られてきた。

 一枚は、自撮りで撮ったと思われる龍谷とみくの2ショット。

 龍谷はスマホを持っていない手でピースを作り、みくはアイスを片手に持ち、もう一つの手でピースを作っている写真。

 そしてもう一枚は、ベンチに肩をくっつけている男女2人を後ろからとった写真だった。

 その2人が誰かなんて写真を見た瞬間にわかった。

 浩太朗は、写真を見たとほとんど同時に、後ろを振り返った。

 しかしそこに龍谷の姿はない。

 数秒後、龍谷は『カップル発見した』などというメッセージを送ってきた。

 今すぐにでも龍谷を見つけ出して、今頃ニヤついているであろう顔に、1発喰らわしてやりたいと思っていると、左肩が急に軽くなった。

「んっ、ここは……?」

 浩太朗が振り返った振動で目が覚めたのか、なつめは目を擦りながら、浩太朗の肩から身体を起こし上げた。

「起きたか。よく眠れたか?」

 まだ寝起きで意識がはっきりしていないなつめは、目を閉じた状態で小さく頷いた。

 なつめの思考能力が正常に機能するのを待つ。

「今何時?」

「午後4時、大体1時間くらい寝てたぞ」

「えぇ……!?そんなに?」

 結局なつめは、1時間ほど近く眠っていた。

 ベンチの上で1時間も寝ていたという事実を知った時、なつめはとても驚いた。

「あれ、みくちゃんからだ。写真……?」

 なつめがスマホの画面を開くと、みくからのメッセージが来ていることを知る。

「なっ、なにこれ……!」

 みくから送られてきた写真を見ると、またもや男女2人ベンチに座っている写真だった。

 龍谷から送られてきたものと違う点としては、正面から撮られていることだった。

「すごく気持ちよさそうに寝てんな」

 浩太朗がその写真を覗き込むように見た。

 なつめが浩太朗にもたれかかっている時、動かさまいとじっとしていたので、すぅ、すぅ、という寝息だけは聞こえたが、なつめの寝顔は見えなかった。

「みちゃだめっ!」

 なつめは、即座にスマホの画面を消し、そのスマホをカバンの中に突っ込んだ。

「なんでだよ」

「寝顔とか、恥ずかしいし……」

 なつめはもう一度、みくから送られてきた写真を見て、顔を赤らめた。

「何を今更。昨日にしたって、寝てるなつめを移動させたのは俺だ。運ぶのめちゃくちゃ大変だったんだからな」

「遠回しに重いって言うのやめて!もう絶対おにぃの前で寝ないから!」

 憤慨するなつめを横目に、浩太朗は1時間弱ぶりにベンチから立ち上がった。

「あぁ、そうしてくれ。家の中ならまだしも、外だと事件に巻き込まれる可能性があるからな。俺が見てる時はいいけど、俺がその場から離れた時に何か起きたら対処ができないからな」

「それは、ごめん……」

 浩太朗が、駅に向かって歩き出すと、なつめも早歩きで追いつき、浩太朗の横を歩き始めた。

「また遊びにこようね!」

「機会があったらな」

 浩太朗となつめは、電車に乗って自分たちが住んでいる地区へと帰る。

 なつめが食べたかったスイカパフェは、また今度出かけた時に食べに行くということにした。

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