第3話 心配症
「また来てくださいね!」
最後のお客さんが店を出て行った。浩太朗も「ありがとうございましたー!」といって見送る。
平日なのにも関わらず、今日もたくさんのお客さんが来てくれ、開店から閉店まで忙しかった。
厨房の片付けとテーブルの掃除を終えて、制服に着替えて帰る準備をする。
浩太朗が住んでいるアパートはこの商店街から歩いてすぐのところにあるので、夜遅くまで働いていても補導に捕まる可能性はほぼない。
「ではめぐさん、お先に失礼します」
「はーい!今日もありがとねー!外暗いから帰る時は気をつけて!」
入ってきた時と同様に店の裏口から出て、アパートに足を向かわせるが、明日部活があったことを思い出し、そのことをめぐに報告するために再び店に戻る。
「めぐさん!明日は部活があるので少し遅れます!多分6時くらいです!」
「りょうかーい!部活がんばってねー!」
浩太朗が所属している部活は園芸部。昔は外で遊ぶのが好きだったが、高校に来てから一緒に遊ぶ相手もいなくなり、そんな関心も消えてしまった。
運動をしているよりも、植物のお世話をしていた方がおもしろいとも感じるようになった。
それと、浩太朗はバイトではなく、この店でお手伝いをしているので、シフトなんてものはない。
部活などの予定がない限り、テスト期間中も基本的に毎日手伝いに来ている。
一年前、浩太朗が部活があることを伝えずに遅れて手伝いに来たらとき、めぐは何かあったのではないかと、すごく心配をしていた。
ただの部活だと言っても、「なんで言ってくれなかったの!?」だの、「電車が遅れたならあたしが迎えにあってあげたのに!」とか言っていた。
「…ったく、俺は子供じゃねぇつーの。高校生で俺並に自立してる人間なんてそうそういねえだろ」
そこらの一人暮らしをしている高校生とは違い、浩太朗には帰る場所がないのだ。困ったら親に頼むという選択ができない。
数分歩き、浩太朗が住んでいるマンションに到着。辺りはすっかり暗くなっていて、時刻を確認すると午後10時だった。
部屋に入ったら早速シャワーを浴びて、疲れ切った体を労わる。
シャワーを浴びる瞬間が浩太朗にとって1日の中でも至福な時で、今日起きたことは全て水と一緒に流すことができる。
浴室から出た時には、なつめが学校に転校してきたことなんて忘れていた。
そして、シャワーを浴びている時だけは水の流れる音以外何も聞こえなくなるのも至福の要因の一つ。
ここはマンションなので、当然浩太朗以外にも住民がいる。大抵の住民は静かで穏やな良識な人だが、一部の人に限っては、夜中まで楽器を演奏していたり、部屋で暴れ回っている。迷惑極まりない。
浩太朗は寝巻きに着替えて、歯を磨いた後にベッドの上で寝転がった。
そして今日も、どこからかギターの音が響いてきた。そんな音を遮断するために、今日もイヤホンをしながら寝た。
転校生が来たからと言って、特に問題が起きるわけでもなく1週間が経過した。
なぜかこの学校には席替えという一大イベントがないらしく、最初の名簿順で決められた座席で、学年の最後まで迎える。
周りの人と答えを確認し合うものがあるが、お互いに終始無言。英語や古典などの本文の読み合いでもそうだ。向かい合ったことすらない。
だが、一つだけ浩太朗となつめでは違う点がある。浩太朗は基本誰からも話しかけられないが、なつめの場合は前の人が振り返ってくれて話している。
強いて変わったことを挙げるとすると、クラスの交友関係が変わったことくらい。
どこのクラスにも何個かグループがあるが、なつめが来たことによって、なつめが結節となり、グループを繋げて新たな巨大グループが形成されていた。
「神崎さん、昨日のドラマみた!?」
「見たよー!今回めっちゃ面白かったわよね!」
「まじかー、俺課題に追われててまだ見れてないんだよなー」
「えっ、もったいな!あれは後世まで言い伝えられるくらい神回だったのに!」
なつめは、男女問わずに仲良くできる子なので、男子と女子が混ざり合っているグループは少なくはない。
クラスメイトは大体なつめの席に集まってくるので、何かの用があって浩太朗が席を外していると、浩太朗の席もたくさんの人に囲まれている。
席に戻ろうと思っても会話を邪魔することを嫌う浩太朗は、結局放課が終わるまで座席に座ることができず、諦めては廊下で立ち尽くしている。
そして最近、浩太朗はなつめの席の隣にいることが邪魔なことに気づき、放課中は園芸部の花壇にいるか、海堂の席を借りて本を読んでいる。
おかげで海堂と話す機会が増えた。
「なあ神崎、何か転校生と進展ねえのー?席隣だろ?…まさか一度も話したことがないなんてことはないよな?」
「会話くらいしたことあるわ。…まあ、最初の挨拶だけだけどな」
果たしてあれは会話と呼べるのかわからないが、「よろしくお願いします」という言葉のキャッチボールは成立していたので、多分会話と呼んで大丈夫だろう。
「…ぷっ!何それ!お前って陰なのか陽なのかわかんねえよな!喋り方は普通の高校生なのに、なんか隠してるっていうか」
妙に鋭い海堂。勘にステータスを全振りしてるのではないかと思ってしまう。
「陰でも陽でもないわ」
面倒な会話は避けるに限るので、浩太朗は机の上に本を置き、トイレに行くふりをして教室を出た。
「急に居心地悪くなったな...」
トイレの鏡の中の自分を見つめ、鏡の中の自分に向かって愚痴をこぼす。
鏡の曇りが、心の翳りを表しているよう。教室に俺の居場所がないように感じる。
「はあ...もう少しここにいるか」
トイレの窓を開け、風を取り入れようと思ったが、風向きが逆で全く吹いてこなかったのは計算外だった。最高にカッコ悪い。
涼むのは諦めて、時計を確認しながら窓枠にもたれかかる。
数分後、始業のチャイムが鳴る寸前で教室に戻った。その頃には浩太朗の席の周りにいた生徒も自席で次の時間の用意をしていた。
(次の時間は日本史か...確かグループワークがあったんだっけ)
浩太朗の班は鎌倉幕府のことについて調べて発表しなければならない。
ペアワークは様々な授業であったが、グループワークはやったことがない。何の問題も起こることがないのを祈る浩太朗であった。
「授業始めるぞー。日直挨拶」
チャイムと同時に先生が前の扉から入って来た。金曜日の六限目で疲れているのか、教室の中には倦怠感が漂っている。
「きりーつ、きをつけー、今から六限目の授業を始めまーす、おねがいしまーす」
「「おねがいしまーす」」
(…おい日直、流石にやる気なさすぎだろ)
ちなみに浩太朗は挨拶すらしていない。
だるいからといって、今からはグループ活動なので寝ることはできない。みんなから責め立てられる覚悟を持っている奴は堂々と寝れるが、浩太朗はそんなことはしない。
「今日は、前から予告してたようにグループワークをするからなー、机を班の隊形にしてくれ」
先生の指示でみんなが一斉に机と椅子を動かす。教室内に机と椅子を引き摺る音が響きわたり、騒音が鼓膜を攻撃してくる。
身の回りの整頓をし終わった四人が向かい合って、グループワークがスタート。
「俺たちの班は確か鎌倉幕府だよな。なに調べりゃいいかわからん」
「私日本史得意じゃないからなー。他の三人に任せた!」
「とりあえず役割分担しましょう、私と遠藤さんがペアになって成り立ちをしらべるから、川村くんが主要となった人物を。…えっと、神崎...くん、は政策とかをしらべてもらっていい?」
「わ、わかった...」
これまで感じたことのないような心地悪さのなか、各々スマートフォンを取り出し、自分の担当するものを調べ始めた。
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