第2話 再会
なにがどうなっているんだ、なぜ義妹の神崎なつめがこの学校に転校してきた。そんな考えが、浩太朗の頭の中をぐるぐるかき乱す。
浩太朗は視線をようやく黒板の前に移した。教卓の前に立っていたのは、ピンクの髪をした女の子。
同姓同名を疑ったが、浩太朗のいないリビングから聞こえてきた義妹の声、シクラメンピンク色のロングヘア、目の形、体型、全てがあの義妹である神崎なつめと一致する。
頭の中を整理するために、再び窓の外に目をやった。しかし、状況の理解が追いついておらず、落ち着きを取り戻すことができない。
「じゃあ、あの窓の外をぼーっと眺めてるやつの隣の席が空いてるから、そこに座ってくれ」
担任がそんなことを言っているが、浩太朗の耳には届かなかった。
なぜあいつはこの中央高校にきたのか、なんで
考えれば考えるだけ疑問が増えていく。だが、考えなければ、それはそれでむしゃくしゃするので、結局考え続けてしまう。
人間の心ほどめんどくさいものはないのだと実感した。
「よろしくお願いしますね!」
「-っ!」
窓から吹き出す風に靡くピンクの髪の毛が、俺の思考を止めた。
なつめが家に来た小学五年生以来の会話。ひどく意識してしまっているのか、緊張してまともに喋れなかった。
「あっ、うん。これからよろしく」
なつめは浩太朗のことに気づいていない。しかしそれは時間の問題で、浩太朗の名前が何らかの理由でなつめに知られたらジ・エンドである。
「名前、なんていうの?」
終わり。高速なフラグ回収をしてしまう。
ここで答えなかったら浩太朗の第一印象は最悪。金茶色という珍しい髪の毛の色をしている男というのだけが残る。
そもそも、金茶色の髪の毛をしている人なんてそんなにいないので、普通に浩太朗だということがバレる。
「浩太朗。神崎浩太朗だ」
その名前を聞いた瞬間。なつめは目を丸くして驚いた。しかし口には出さない。
そして会話終了。浩太朗は一限目の用具を出し、授業が始まるまで本を読んでいた。
「そういえばさ!今日の朝礼の校長の話、めっちゃ短かったよな!」
「あっ!それな!」
中央高校では、毎月1日に朝のショートルームの代わりに、体育館に全校生徒が集まるという謎儀式がある。
正直何の意味があるかは見出すことができない。
そんなことよりも、一ヶ月は思ったよりも早く、定期考査という所謂テストが待ち構えているわけで、クラスのみんなも少しずつ焦り始めている。
日本史まじわからん!とか、数学の課題終わってない!だとか言っている人がいるが、そんなこと言ってるなら早く勉強しろよ。と心の中で思う浩太朗であった。
一限開始のチャイムがなった。チャイムと同時に先生が教室に入ってきて、日直による号令がかかった。
「よーし、前回の授業の復習からやるぞー」
一限目は古文。ひとつ前の授業では形容詞をやった。多分今日は前回の続きだろう。
授業が開始して数十分。大問題が起きていた。
いつもなら、バイトの時間を確保するために授業で全てを入れ込んでいたのに、隣の席の奴が気になって授業に集中できない。
ちらちらと隣の席を見ながら板書をしていく。ノートに綺麗にまとめれば、授業がわからなくても後からノートを見て理解できる。
隣を見ては黒板を見て板書。そんな授業が終わり、放課がやってきた。
やはりクラスのみんなは転校生が気になるのか、なつめの席の周りによってたかって来た。
「ねぇねぇ神崎さん!神崎さんはどこの高校から来たの?」
「この髪すごく綺麗!どうやって手入れするか教えて!」
「神崎さんって彼氏とかいるの?」
いきなり質問攻めにあうなつめ。中学で身につけた陽キャラの対応力で、難なく切り抜ける。
そんななつめを横目に、浩太朗は本を読んでいた。
「おい神崎、お前ずりいな。転校生の隣なんて。こうして近くで見るとめっちゃかわいいし」
浩太朗が本を読んでいると、誰かに後ろから声をかけられた。
そして視界の端から主張の激しい金髪が現れる。
名前は海堂。海堂は、髪の毛の色が似ていると言うだけで浩太朗のことを友達だと言っている。
「海堂か、でも話すタイミングないぞ?ほら」
浩太朗の親指が刺している先には、大量の人に囲まれるなつめがいる。浩太朗が話す隙なんてない。
「転校生の苗字って確か神崎だったよな。お前も神崎だし、仲良くできるんじゃねぇか?」
「なんだよそのクソ理論」
一番後ろの席で、隣がいないから最高だと思っていたのだが、転校生が来て隣の席が埋まり、しかもその転校生が浩太朗の義妹であるなつめ。
一生出会うことはないと思っていたのに、こんなところで出会うとは思わなかった。
だが、再会したと言っても昔と変わることは何一つない。中学でも同じクラスになったことがあるが、会話の一つもなかった。
高校でもどうせ話すことはないだろう。
「海堂、チャイムなるぞ、そろそろ席戻れ」
「おう、そうだな」
(次の授業は英語か...教科書の本文を読み合ったりするペア活動がないことを祈る)
なつめの周りに群がっていたクラスメイトも、時計を見てもうすぐ授業が始まることを知り、各々自分の席に戻っていく。
さっきまで読んでいた本を机の中にしまい、リュックから英語の用具を出したタイミングで、授業の開始を知らせるチャイムがなった。
幸い、英語のペア活動はなく、この日は何事もなく終わることができた。
帰りのショートルームを終え、いつものように一番最初に教室を出て、バイト先であるラーメン屋に向かう。
名古屋市郊外にあるラーメン屋で、商店街の一角に建っている。
ちなみにアルバイトは校則で禁止されているので、見つかったらひとたまりもない。
学校からの距離はだいぶ離れているので、見つかる心配はないと信じたい。
(…まあ、バイトというよりはお手伝いだし。見つかってもなんとかなるだろ)
スマホを出して時間を確認する。現在の時刻は午後4時26分。開店時間の30分前である5時には間に合いたい。
学校からバイト先までは電車に乗って向かう。電車に揺られること数十分、目的の駅に到着した。そこからは徒歩で向かう。
商店街に入り、ラーメン屋の裏口から店に入る。
「あっ!こうくん今日も来てくれたの?いつもありがとね!」
お店に入ると、この店の店長である佐倉めぐが挨拶してきた。
蜜柑色のポニーテールで、エプロン姿がよく似合っている。この人は浩太朗の恩人でもあり、師匠でもある。
「めぐさん、お礼をいうのはこっちですっていつも言ってるじゃないですか」
浩太朗は早速制服を脱いでバイト服に着替える。エプロンの紐を締め、緩んだ気持ちも引き締める。
「野菜先に切っておきますね」
「こっちの片付けが終わったらあたしも手伝うからそれまでよろしく!」
浩太朗は、バイトを始めた頃は包丁さばきが苦手だったが、めぐのおかげで一年が経つ頃には著しく成長していた。
切った野菜をボウルに入れ、ラップをかけて冷蔵庫にしまう。
片付けが長引いているのか、めぐが厨房に来る前に野菜を切り終えてしまった。
やはり仕入れ日は大変だ。
「片付け手伝います」
「うぅ...ごめんね、こうくん。あそこに段ボールが置きたいのに、背が足りなくて...」
「いいですよこのくらい。めぐさんの役に立てるなら何よりです」
浩太朗も段ボールの整理を手伝い、なんとか開店時間までに間に合わせることができた。
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