義妹のせいで家から追い出されたのに、転校して俺を追ってきた件

神谷千覚

義妹のせいで家から追い出されたのに、転校してまで俺を追ってきた件

会いにきちゃいました!

第1話 別れ

「お前はもうここには帰ってこなくていいぞ」

「名古屋のアパートを借りてるから、そこで暮らしなさいね。正月も、お盆も帰ってこなくていいわよ」

 急に両親に告げられ、目を丸くする浩太朗こうたろう。最初は、この人たちが何を言っているかがわからなかった。

 理解するのに数秒。

(俺、捨てられるのか)

 それはとっくにわかっていたことだった。そのうち捨てられることなんて。

 しかし、いざ捨てられるとなると心が苦しい。今まで育てていた実の子供を、こう簡単に捨てられるとは思わないだろう。

 マンションをくれたのが、親として与えられる最後の優しさだろう。

「あぁ、わかったよ……」

「これもお前のためだ、理解して欲しい」

 浩太朗は、怒りと憎しみを抑え込み、震える声で言った。

(なにがお前のため、だ。あいつが、あいつがこなければ、俺だって転校せずに済んだのに……)

 神崎なつめ。なつめが家にやってこなければ、浩太朗が捨てられることはなかったはず。

 なつめは何も悪くない。そんなことは浩太朗もわかっている。しかし、浩太朗はなつめを憎まずにはいられなかった。

 あの日、なつめがこの家に来たせいで、親の愛情の全てが奪い去られたのだ。

「あー、イラつく!ふざけんなよまじで!」

 数年前、親戚の家族が、大事故を起こした。自動車同士が正面衝突をして、片方の車が橋の下に転落、誰しもが、「死んだな」と思った。

 その家族のことを知っていた浩太朗は、気の毒だなとら思っていたが、その家族の一人娘である、神崎かんざきなつめが生き残っているとは知らなかった。


「こうちゃん!今日からあなたの妹になるなつめちゃんよ!ほら!あいさつして!」

 ある日、浩太朗の母が小さな女の子を連れて家に帰ってきた。シクラメンピンク色のポニーテール。

(かわいい……今日からこの子が俺の妹になるのか)

 そう浩太朗は思った。しかし、現実は理想とは違って、最初の挨拶以外話すこともなく、淡々と時間だけがすぎていった。

 親の前では平然と話すなつめ、しかし浩太朗の前では目線すら合わせてくれない。それは家でも学校でも同じ。

 徐々に関心はなつめに向いていく。マラソン大会で一位を取ったとしても、両親は「へぇ、すごい」と軽くあしらう。

 なつめが家に来る前は、一位でも一位じゃなくても褒めてくれた。

 テストでいい点を取るたびに両親が褒めてくれたから頑張れたのだ。

 だが、それは全てなつめにいってしまった。

 テストで頑張っても褒められるのはなつめ。体育祭で応援されるのもなつめ。合唱コンクールで動画が残っているのもなつめ。卒業式の写真が残っているのもなつめ。

 そんな浩太朗の唯一の支えになってくれたのは親友である、樋口蓮斗ひぐちれんとである。中学を卒業しても、同じ高校に行けると思っていた。

 しかし、両親に進学先を勝手に決められ、浩太朗が行くことになったのは、地元から遠い、名古屋の私立高。

「なにが親だ。こんなとこなんて2度と帰ってこねぇよ!そんなのこっちから願い下げだね!」

 浩太朗は、自分の部屋に戻って荷造りを始めた。衣服に通帳に歯ブラシ。いろんな物を用意されていたスーツケースに詰める。

「写真……初詣の時か」

 机を掃除しているときに、奥から写真が出てきた。いつ撮ったのかも覚えていない。

 真ん中には浩太朗となつめ。その両端に両親がいる。浩太朗も他のみんなも笑っていて、この頃は両親とも仲が良かった。

「その時は捨てられるなんて思ってもなかっただろうな。……ははっ、笑えねえ」

 親も親だ。息子の進学先を勝手に決め、望んでもない一人暮らしを強要させる。頭がおかしいんじゃないかと、つくづく思っていた。

「これで終わりだな……もう行くか。居心地悪りぃ……」

 全ての物を詰め込み終えた浩太朗は、もう夜は遅いが、家を出ていくことにした。

 玄関に置いてあったマンションの鍵を手にし、家の扉を開けて外に出た。

 そしてそのまま駅に向かった。

 そんな浩太朗を後ろからただ茫然と見ていたのが、義妹であるなつめだった。

 風呂から出てきたときに、たまたま見てしまったのだ。スーツケースを転がして玄関を出ていく義兄のことを。

 なつめは、浩太朗が家を出ていくことなんて知らない。家で会話なんてしないから、進学先も知らない。てっきり同じ高校に行けると思っていた。

 状況を把握しきれていないなつめは、パジャマのまま急いで外に駆け出す。

 辺りを見回すと、誰かと電話をしながら、駅の方向に歩いていく浩太朗の姿を見つけた。

 なつめは追って行くことはなく、そんな彼を、なつめはその場で立ち尽くして見ていた。

 浩太朗が家を出て行ったと知らされたのは、その日の晩御飯の時。あまりにも唐突で、理解が追いつかなかった。

 本当は緊張していて話せなかった。本当はもっと義兄ちゃんとお話ししたかった。そんな気持ちがなつめを支配する。

 ご飯を食べ終えたなつめは、部屋に帰って、一人ベッドで泣いていた。

「なんで……!なんで黙って家を出て行っちゃうわけ!?私はもっとお話ししたかったのに!全く話せてない……!」

 家を出て行った。それしか聞かされていないなつめには、浩太朗を追う術はない。完全に離れ離れ。

 もう会うこともできない。考えれば考えるだけマイナスの感情が浮き出る。

 枕に埋もれ、泣いて泣いて泣きまくったなつめは、とうとう泣き疲れて寝てしまった。

 そして浩太朗は、親友であった樋口ひぐち蓮斗れんとに、電話で別れを告げていた。

「『そうか……、それじゃあもう、お前の家に行ってもお前には会えないのな』」

「でも俺ら、たとえ遠くにいたとしても、心のどこかで繋がってる気がするんだよ」

「『ははっ、そうかもな。……もう俺から言うことはないな、楽しんでこいよ、高校生活』」

「余裕ができたら連絡するかも」

「『気長に待ってるわ。じゃあな、浩太朗』」

 画面には『通話終了』との文字。何回も見たはずのこの文字が、今では凄く寂しく感じる。

「『二番線に電車が参ります。黄色い線まで、お下がりください』」

 スピーカーから電車到着のアナウンスがなる。

 遂に、この街から離れる時が来た。不思議なことに何の未練もない。

 電車に乗り込み、あいている席に座る。電車の中から見る街の風景は相変わらず美しく、昔から変わっていなかった。

 電車で揺られること1時間、浩太朗が新しく住むマンションの最寄駅に到着した。

 誰にも迷惑はかけない。友達と別れるのが嫌になるくらいなら、友達を作らなければいい。そんな考えを心に秘めて、浩太朗の新たな生活が始まった。


 そして現在。高校2年生の5月14日。大事件が起きた。

 いつもと変わらない楽しげな雰囲気に包まれていた教室に、浩太朗のクラスである2年1組の担任が、教室に入ってきた。

 人の席にふらついていた生徒も、先生が来たことによって、自分の席に戻る。

 みんなが席についたことを確認して、先生が唐突に言った。

「今日、このクラスに新たな生徒が一人増える。みんな仲良くしてやってくれよ。じゃあ入って」

 その報告に、教室内が喧騒に包まれた。

「イケメンかな!」

「男な訳ねぇだろ!美少女だ美少女!」

「うるせぇ変態男子!イケメンに決まってる!」

「はぁ!?何言っちゃってんの?こういうのは美少女って相場は決まってるんだわ!すまんな女子ども!」

(はぁ、転校生か……興味ねぇ)

 はっきり言って、こんなのに興味がない浩太朗にとって、この時間は退屈でしかない。

 誰もいない隣の席の向こうの外を見つめ、時間が流れるのを待っていた。

 教室の扉が開き。浩太朗以外の全ての人が、その扉から誰が来るかを注目する。

 そして、転校生が教室に入ってきた瞬間。クラスの男子の大体が歓声を上げた。

「「「うぉぉぉ!!!きたぁ!!!」」」

 どうやら美少女だったらしい。扉の方なんか全く見ていない浩太朗でさえ、それだけはわかった。

「うるさいぞ男子ー、静かにしろよー。それじゃあ簡単に自己紹介よろしくな」

 次の瞬間、浩太朗は固まった。

「はいっ!神崎なつめです!今日からよろしくおねがいします!」

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