第4話 グループ活動

「……なあ神崎、お前と神崎さんってなんかあったりする?」

 各々スマートフォンを使って、鎌倉幕府のことについて調べている最中、隣にいる岡田が浩太朗にしか聞こえないような小さな声で聞いてきた。

「……は?なんで?」

 急に話しかけられたのと、なつめ関係の話題が上がったことで少し反応が遅れてしまい、声が上擦った。

「だって、神崎さん放課中とかずっとお前のこと意識してるし。……ほら、今でもたまにお前のこと見てるだろ」

 浩太朗は横目でなつめの方を見た。すると、スマートフォンから目線を外したなつめと目があった。

 気恥ずかしくなったのか、お互いに一瞬で目線を外し、なつめはスマートフォンに、浩太朗は岡田に向き直った。

「さあ?なんでだろうね。苗字が一緒っていう理由で気にしてんなら面白いな」

「特に何にもないのか……すまんな神崎、へんなこと聞いて」

 素直に謝った岡田に対し、「気にすんな」と小声で言い、浩太朗も自分の作業に取り掛かり始めた。

 適当に御成敗式目でも調べて終わらしてしまおうと、ネットを使って簡単にまとめていく。

 これを見て鎌倉幕府の政策はある程度に覚えられるくらいにはして、さっさと作業を終わらした。

 やるべきことを終え、特にやることもなったため、リュックの中から自習道具を取り出して別の教科の勉強を始める。

 家を追い出されてからというもの、遊びというものに一切の興味がなくなり、勉強することが唯一の楽しみになってしまった。

 そのせいでテストは毎回学年一位。あり得ないことに、全教科で学年一位を取れている。

 この学校自体が頭が悪いわけではない。この学校の偏差値は60後半。この辺りではまあまあ頭の良い高校という感じなのだ。

「神崎もう終わったのか?テスト勉強なんてしちゃってさあ……お前ってそんなに頭良さげなキャラじゃないだろ?」

 浩太朗が勉強していることに違和感を覚えたのか、岡田は手を止めて浩太朗の方を見た。

 浩太朗は普段からそんなに話さないが、なにか話題を振られれば話すと言ったスタイルを、この高校に入ってから取り続けている。

 そのため、浩太朗からは陰という雰囲気も出ていないし、陽という雰囲気も出ていない。

 髪の毛が金茶色というのだけで、頭の悪いようなイメージがつくのはしょうがないとは思っている。

「岡田はどうなんだよ。勉強はできるのか?」

 ここで浩太朗が使ったのは、相手から質問をされたときに全く同じ質問を投げ返すという技。

 中学生だったころ、テストの点を友達から聞かれたときによく使っていた。

 利点としては、相手の答えを聞いた後にその話をさらに展開していくことによって自分に質問したことを忘れさせることができること。

 めんどくさい質問をされたとき、逃げることができない場面で使うことができる。

 浩太朗は高校に入ってから質問されること自体少なかったので、長い間使われることはなかったが、ようやく使う時が来たようだ。

「うーん……俺は生物が苦手だからなあ……暗記教科で全部持ってかれて学年のちょうど半分」

 1クラス40人が9クラス。学年生徒360人の中でちょうど半分というと160位。

 この学校は偏差値が高いので、その順位になってしまうのはしょうがないが、もう少し頑張ればもっといい順位が取れるのは間違いない。

 なぜなら暗記科目は覚えるだけなのだから。

「たしかに暗記きついよな。最初は俺も苦労した思い出があるわ」

「最初は」と言ってしまったことで、今はできる。というふうに捉えられてしまうに思われてしまうミスを犯したが、岡田はそのことに突っ込んでくることはなかった。

「逆に得意科目とかないのか?苦手を克服するより得意を大得意にする方が簡単だぞ」

「得意科目か...数学と物理は得意かも。数学の学力テストの校内偏差値が72で学年2位だったし。……ちなみに俺、数学のテスト91点だったんだぜ?1位何もんなんだよ」

 数学でその順位が取れて全教科の順位が半分となってくると、相当苦手科目ができていないようだ。

 ちなみに浩太朗の数学の点数は99点。二次関数のグラフで原点のOを書き忘れて一点減点された。

 テストで100点を取ったことはないので、初めて100点が取れると期待していたが、アホみたいなミスをしていて家で発狂していた。

「後は苦手教科の必要最低限の知識ぐらいは覚えとけ。そうすれば余裕で二桁はいけるだろ」

「お、おう……もしかしてお前って頭良かったりするのか?そう言うってことはお前は二桁に入ってるんだよな」

 結局最初の質問に戻ってしまうという失態。

 浩太朗は今まで誰かに自分の順位を明かしたことはない。あまり目立ちたくないのだ。

 ようやく手に入れた平穏を自分の手で崩すなんてそんな馬鹿な真似はしない。

「まあ、そういうことにはなるな」

 それを聞いた岡田は「化け物め」と吐き捨て、自分の作業へと戻っていった。

 確かに俺は全教科で一位を取っているので化け物かもしれないが、岡田が言っているのは二桁を取っていることが化け物ということになるので、全教科一位はどうなってしまうのだろうか。

 数十分後、なつめが班のみんなに対して声をかけた。

「みんなそろそろ終わった?そろそろ紙にまとめないといけないんだけど……」

「俺は終わってる」

 岡田がなつめに反応し、自身のまとめたノートを机の前に出した。浩太朗の机にはいまだに勉強道具が散らかっているままだった。

「神崎君は……、終わって、そうだね」

 なつめは散らかっている浩太朗の机を見て、調べ学習はとっくの昔に終わっていると判断した。

 急いで浩太朗は机の上を片付け、先ほど歴史に関する事をまとめたノートを出す。

「じゃあ今からみんなのをこの紙にまとめるんだけど、字が綺麗な人っている?私あんまり人に見せられる字じゃないの」

 なつめが先生に事前に配られていた紙をみんなの前に出し、誰が紙に書くかと言うのを聞いてきた。

「そんなことないよなつめちゃん。なつめちゃんの字が汚いなら私の字はただのゴミになってしまう」

「見てわかる通り俺は論外。神崎の字が綺麗だから、神崎にでも任せたらどうだ?」

 こういう時は大体の場合、謙遜大会が開かれるのだが、岡田が浩太朗を推薦したおかげで、浩太朗が断ることが出来なくなってしまった。

「へ、私?しょうがないなぁ、私がやるしかないか……」

 浩太朗は無言でなつめから紙を受け取ろうとしたが、なつめは自分でまとめ始めた。

 どうやら「神崎」というのは、浩太朗ではなくなつめのほうだったらしい。

「あー、ごめん。神崎浩太朗の方だ。さっきノート見たけどめっちゃ綺麗だった」

 なつめがノートを見てまとめようとし始めたところをみて、岡田が直ぐに浩太朗のことだと訂正した。

「あっ、おにぃのこと?じゃあよろしく」

 なつめは浩太朗に集めたノートを渡したのだが、その一言で、クラス中の視線がなつめに集まった。次第になつめも、自分がしたことを理解した。

「……あっ、あー!!!なんでもない!」

 教室中になつめの大声が響き渡る。

 そんな中、浩太朗はおにぃと呼ばれていたことに驚いていた。

 家の中でも学校の中でも名前で呼ばれたことはなく、なつめが浩太朗を呼んだことはない。

 動揺しているのがバレないように冷静を装い、まとめるようの紙を受け取る。

「なんだお前ら、もうあだ名で呼ぶ間柄だったのか?」

 そんな岡田の言うことに何も言えない浩太朗だった。

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