第5話 とある日の屋上で

 あの歴史の授業の一件から、クラス内での浩太朗の立ち位置及び、なつめの扱いが変わった。浩太朗は主に男子から、なつめは主に女子からいじられ、「平穏」の「へ」の字もなくなった。

「なあ神崎、早く言ってくれよー、お前らは付き合ってんのか?クラスではクールな神崎も彼女の前だったらデレてんのか?」

「お前は神崎さんのことをなんて呼んでるんだよ!同級生におにぃなんて呼ばせておいて普通に呼んでるわけないもんな」

 クラスメイトが、浩太朗の机に手を置いて追及しはじめる。

「よしお前ら黙れ!さっきからなんもねえっつってんだろが!なんでおにぃって呼ばれただけで付き合ってることになるんだよ!普通は兄妹を疑うだろ!」

「だってお前ら顔似てねえし、お前らの態度見てると兄妹って感じがしねえ」

「神崎が彼女にそういうプレイさせてるというのはわかった」

「俺だってそう呼ばれてることなんて知らなかったわ!早く散れゴミども!」

「あははっ!お前顔真っ赤じゃねぇか!どれだけ照れてんだよ!」

 クラスの男子になつめとの関係を迫られるばかり。放課中は浩太朗の席にたむろっては浩太朗を煽る。

 そして、隣にいるなつめも同じ目にあっていた。

「なつめちゃん、いつから神崎くんと付き合ってたの?少なくともここ数日の関係じゃないよね?」

「神崎くんって、無口だけど、クールでいいよね!なっちゃんにはお似合いだよ!」

「付き合ってないってば!何度も言わせないで!」

「そんなこと言っちゃってー!早く本当のことを言った方がいいなよ!」

「めっちゃ照れてるー!かわいー!」

 何が最悪なのかと言うと、浩太朗となつめの席に人が集まりすぎて席を立つこともできないし、隣になつめの席があるせいで、お互いに隣の会話も聞こえてしまうということだ。

 周りの人の評価なんて浩太朗は興味もないが、口に出されると照れてしまう。

「そんなに疑うなら証拠を見せてあげる!連絡先も何も持ってないから!」

 これで無事長かった戦いに終止符を打てるのかと思いきや、思わぬ事件が起きてしまった。

「待ってなつめちゃん、その待ち受けの金髪の子誰?めっちゃ神崎くんに似てない?」

「ほんとだー!でもさ、見た感じ、結構前の写真じゃない?」

「あっ、違っ!これはっ、その!」

 咄嗟にスマホの画面を隠し、必死に取り繕うとするなつめ。動揺しすぎて逆に疑われるだけだった。

「ってかもうこれ神崎くんじゃない!?目の形とか髪型とかそのまんまだよ!」

 なつめの席の隣に浩太朗の席は位置しているので、当然、浩太朗の席にたむろっている男子にも聞こえる。

「だってよ神崎。これでお前の潔白は証明できなくなってしまったな」

「しかも昔からの付き合いだったのか」

「…まあ、お似合いだとは思うぜ。がんばれよ」

「だから!俺となつめはそんなんじゃねえっつってんだろ!」

 右手を握りしめ、拳を上から机に向かって思いっきり叩きつけた。

 つい気が上がってしまい、台パンすると同時に、なつめのことをそのまま名前で呼んでしまうというミスを犯してしまった。

 一般人なら、苗字が一緒でお互いのことを名前で呼ぶしかないという考えをするだろうが、男子バカどもは違った。

 ミスを突くのが仕事と言わんばかりに、言葉の矛が浩太朗に降り注いだ。

「なつめ……だと?やっぱりお前ら付き合ってんじゃねえか!」

「さっさと白状しとけば俺らも質問攻めにするきはなかったのによ!」

 壊れるくらいなら友情も愛情もいらない。そう選択した浩太朗にとって、友達や彼女なんて欲しいと思ったことはない。

(もう騒がしい学校生活は嫌なんだよ!)

 この騒動を抑えるには浩太朗となつめの本当の関係を言うしかなかった。

 今まで隠していたが、浩太朗もこんなに早くなつめとの関係を言う羽目になるとは思わなかった。

「俺となつめは元家族だ。友達でも彼女なんかでもねえわ!これ以上の話が聞きたいならなつめにしてこい!俺は話したくない」

 言うことだけ言って浩太朗は教室を出た。いつもはトイレに向かうのだが、今日はトイレに行く気分ではなかった。

 早歩きで廊下を歩き、教室から避けたい、そう思った浩太朗が向かった先は屋上だった。

 一年生の時、落ち着きたい時によく来ていたが、二年生に上がってからは初めてだ。

 屋上への扉は鍵がついているが、力尽くで押せば開くので、なんの意味も成していない。

 階段を登り、扉をこじ開けると、夕陽で若干黒くなった雲とオレンジ色の空が見えた。

 それと見たことない女子生徒がいた。一年生なのだろうか。

 オレンジ色の空と風に靡く長い黒髪がマッチして、幻想的な風景だった。

 浩太朗はそんな女子生徒を無視し、フェンスにもたれかかって上を見上げる。

 空を見ただけで浄化される人間の心は本当に不思議だ。

 浩太朗は一年生の頃、何かあればすぐにここに来ていたことを思い出した。

(あのときはいろいろ大変だったな...)

 ここにいるときだけは何も考えなくてもいい。先程起きたことなんて、風といっしょに流されてしまう。

「……ねぇ、聞いてる?」

 かすかに声が聞こえた。目を開けて声の向く方を見ると、さっきの女子生徒がいた。

「あー、ごめん。何も聞いてなかった」

「キミ2年生?」

「2年だけど、あんたは?」

 最初からタメ口でくるものだから、浩太朗も癖でタメ口を使っていた。普段だったら女子相手には絶対に使わない。

「ふふっ、何歳に見える?」

「なんだこいつ……」

 思っていたことが口に出てしまっていた。浩太朗にとって、この手の人はあまり好きではない。話すだけで疲れるタイプだ。

「ボクは神宮寺。キミは?」

 別に自己紹介をしろと言った覚えはないが、名乗られた以上は名乗らなきゃ相手に失礼なので、きちんと名乗ることにした。

「神崎だ」

「神崎……?ボクたちって初対面だったっけ?」

「神宮寺なんていう人は俺の記憶の中にいない。あとなんでこんなとこにいるんだ?もう放課後だぞ。さっさと帰れ」

 完全にブーメランが刺さっているが、何も気にしない浩太朗。

「ボクはあんたじゃなくて神宮寺だよ!名前があるんだからそっちで呼んで欲しいな」

 やっぱりめんどくさいやつだった。名前と代名詞で何が変わるのかわからないが、浩太朗は今すぐにでもこの場から去りたかった。

「なんで屋上ここで出会っただけのやつの名前なんて覚えなきゃいけねえんだよ」

「神崎くんって捻くれた性格してるね」

「そう育ってきちゃったからな。仕方ない」

 急に消えたら悲しむような関係にしない。そう心に決め込んで高校生活を送っているのだ。

 無駄に人の輪なんて広げる必要なんて皆無。クラスメイトなら名前を覚える必要があるかもしれないが、屋上で出会った人の名前を覚える意味なんてない。

「神崎くんがボクのことを名前で呼んでくれるまで帰さないし帰らないよ」

「そうか、じゃあな神宮寺さん、もうすぐ暗くなるから、あんたも早く帰れよ」

 ちゃんと名前で呼んだ後に扉に向かって歩き始めた。案の定呼び止められる。

「ちょっと待ちなよ!そんなので帰っていいと思ってるの!?」

「は?名前で呼んだじゃんか」

 名前で呼んだら帰っていいよと言ったのは神宮寺で、浩太朗はちゃんと神宮寺と呼んであげた。どこが不満なのか分からない。

「ここで会ったのも何かの縁なんだしさ、少しお話ししようよ。ここに来たってことはなにかあるよね」

「めんどくせぇやつだな」

 神宮寺が何も考えずに屋上に来たとはあり得ない。彼女も何かあったのだろう。

「でも今日は帰る。お話はまた今度な」

「えー!……じゃあ来週の月曜日、またここに来てね、ボクは待ってるから」

「……ちっ、勝手に約束すんじゃねえよ」

 踵を返して屋上から去る。もうクラスにいた害虫どもも帰っている頃。

 約束というものは面倒だ。守らなきゃいけない、そう思わせ、人を強制させる力を持つ。

 面倒な女に出会ってしまったと、屋上に行ったことを後悔した。

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