第9話 圧倒的運動神経

 種目が決まり、それぞれの競技の練習が、体育の授業で始まった。

 バスケットボールやサッカー、バレー、ドッチボールを選択した生徒は、楽しそうにボールに戯れている。しかし、選ばれてしまったクラスの精鋭二人は互いに無言を貫いていた。

 少し話したとはいっても、そんな一瞬で仲が良くなくなるわけがなく、テニスの練習はほぼ自主練習と化していた。

 体育の授業は、9クラスのうち3クラスが合同となって行われるものなので、ダブルスの組は計三つできる。

 どこかのクラスとどこかのクラスが試合をすることになるのだが、あいにくこの場には3クラスしかいないので、試合をしていない残りの1クラスは、必然的に暇になってしまう。それが浩太朗となつめのペアだ。

 ほかのクラスのペアは、試合をしていない時にラリー練習をしているが、浩太朗となつめはそれができなかった。

 試合が終わるのを見計らい、無言のままテニスコートに入場する。

「はぁ、だりい。早く終わってくれ……」

 最初からやる気なんてものは存在などしていないが、対戦チームの雰囲気を見ているとさらにやる気がなくなってくる。

「榊原さんナイス!」

「神谷くんも上手だね!」

 浩太朗達が今から対戦するチームは、つい先程の試合で勝利している。最初は浩太朗達のような気まずさが流れていたが、勝利という喜びを共感することにより、二人の気持ちがひとつになる。

 今まであまり話さなかった関係でも、こうすることによって距離が縮まる。

 生徒会側の狙いがこれなのかはわからない。球技大会が終わると、生徒会種目に出ていた男女二人のペアがカップルになるという謎現象が起きるのだ。

 それはこの高校の七不思議として扱われている。

「次の試合も頑張ろうね!神谷くん!」

「ああ!このまま全勝しよう!」

 神谷榊原ペアはお互いの顔を見てニコッと笑った。それを見ていた浩太朗。苛立ちが最大値を超えてしまい、抑えきれなくなっていた。

「早くサーブしやがれ、殺すぞリア充……」

 誰にも聞こえないような声で吐き捨てる。本人は気づいていないのだろうが、遠くから見てわかるくらいに口を引き攣っている。

 浩太朗は別に彼女が欲しいとは思わない。だが、目の前でいちゃつかれると苛ついてしまうものなのだ。

 サーブは神谷から。しかし、神谷は榊原と話していて、サーブを打ってきそうにない。

「すいません!サーブ早くしてくれませんか?」

 ついにしびれを切らした浩太朗は、不機嫌極まりない声でサーブを促した。その声で神谷はようやくサーブを打った。

 そのサーブを浩太朗が打ち返す。ボールはネットの上スレスレを通り、コートの隅に着地した。

 絶対に返されないだろうと思った浩太朗だったが、予想以上に神谷の運動神経がよく、見事に打ち返され、打ち返された打球はなつめのもとに飛んだ。

 大抵のことなら容易にこなすことができるなつめだが、昔から運動だけはできなかった。

 中学校の体力テストでは、毎年クラス最下位をマークしていたのである。

 そのことを知っている浩太朗は、なつめにボールが飛んで行った時点であきらめていた。

 なつめはボールに狙いを定めて、ラケットを振りかぶり、ボールが自分の目の前に来たタイミングでラケットを振り下ろす。

 スイングは良かったものの、ラケットはボールをとらえることはなく、その勢いのまま地面に着地した。

 そして、盛大に空振りをしたなつめは、顔を真っ赤にして固まってしまった。

「あぅ……」

 浩太朗となつめの間に気まずい雰囲気が漂う。浩太朗は何で声をかければいいか分からず黙りこみ、声をかけることも、目を合わせることもできない。

 浩太朗となつめが険悪な雰囲気に包まれている一方、神谷榊原ペアは歓喜に溢れていた。

「ありがとう神谷くん!」

「後ろは全部俺がカバーするから、榊原さんは前の弱い打球よろしく!」

「わかった!」

 側から見ても良いチームワーク。浩太朗となつめの協調性に何をかけても、神谷と榊原には届きそうにない。

 そんな二人に俺は羨望の眼差しを向けていた。

 勘当はしていないが、事実上捨てられたと言う形となった浩太朗にとって、神谷と榊原の関係は羨ましかったのだ。一緒に笑って、一緒に楽しんで、一緒に戦う。それが、浩太朗が一番望んでいるものだった。

 浩太朗のコミュニケーション能力さえ持ち合わせていれば、そんなことは簡単だ。しかし、過去のトラウマが全ての考えを蹴散らす。

「お前にはできない」「どうせまた失うことになる」そんな声がどこからか聞こえてきて、その声に目を背を向け続けた結果が今の浩太朗。友達もいなければ、心に決めた人もいない。

 友情なんただの偽物。諸行無常の関係にすぎず、いつかは抹殺されるものである。今までの人生がそう教えてくれたよう、浩太朗は人と関わるのを極力抑えている。

「クソッタレ……」

 浩太朗は、相手チームに向けて憎しみのこもった言葉をこぼした。なつめはそれを自分への罵倒だと勘違いをし、空振りをした羞恥心よりも、浩太朗に対する申し訳なさが勝っていた。

 謝りたいけど謝れず、ただ当惑している。その間にも神谷は容赦なくサーブを打ち込んだ。

 よそ見をしていたなつめ。反応ができるわけがない。思わず浩太朗も叫んでいた。

「なつめ!!」

「へ?きゃあっ!」

 ボールが肉薄してきていることに気づいたのは、顔の真横をボールが通り過ぎた時で、一瞬のこと過ぎて、なつめはラケットを振ることもできなかった。

 そして、驚いた勢いで尻餅をついてしまい。それを見た浩太朗は、心配をして、咄嗟になつめに駆け寄り声をかけた。

「大丈夫か?あんまり無理はしなくていいぞ」

「あ、ありがと……別に無理なんかしていないから」

 なつめは立ち上がって、体操服についた砂を両手で払う。

(やばい……!このままだと私が下手すぎて、おにぃに迷惑かけちゃう!せっかく話せたのに、こんなところで嫌われたくない!)

 顔には出していないが、内心ではかなり焦っている。ラケットを持つ手が次第に震えてきた。

 それに気づいた浩太朗、なつめの背中をポンと優しく叩き、安心させるような声色で言った。

「安心しろ。なつめは自分の好きなようにやればいい。別に後から責めることなんてしねえよ」

「……急に触らないでよ。びっくりしたじゃんか……まあ、ありがとう」

 なつめの肩の力が抜ける。浩太朗の一言で緊張の束縛から解脱できたようだ。

 しかし、心持ちが変わったところで、テニスの実力が変わるわけではない。

 ラケットにボールが当たることは偶発するが、相手のコートに入ることはなく、それ以外は空振りで、ラケットが空を切る音が聞こえた。

 なつめが役に立たない中、それでも浩太朗は諦めることはせず、必死になってボールに食らいついていた。しかし、丸一年間全く運動していなかったので、体力はすぐに底を尽きてしまう。

 試合が終わった頃には肩で呼吸をしていた。

 しかも結果は惜敗。勝利まであと一歩のところで、なつめがサーブミスをした。

「ごめんっ!ほんとにごめん!」

 試合が終わるなり、なつめが浩太朗に向かって頭を下げる。浩太朗は、勝ちたいという気概は持っていたが、ただの練習にすぎなかったので、あまり気にしていない。本番さえ勝てれば良いのだ。

「なつめが運動できないことは元から知ってたし、それをサポートできなかった俺の方が悪い」

「そんなことないよ、おにぃは十分活躍してくれたじゃん……ペアが私なんかじゃなければよかったんだよ……」

 なつめが一生懸命ボールを追っていたことくらい浩太朗にはわかっている。それでもうまくいかなかったのなら、なつめにこれ以上やれる事などない。

「だから、なつめは自信持ってやればいいなけなんだよ。下手でもいい、一生懸命やってくれれば俺は嬉しい。これからの試合もよろしくな」

 浩太朗はそう言ってなつめから離れた。2回連続試合を行わなければいけないので、すぐに頭を切り替える。

 なつめは、浩太朗に聞こえないように、小さく呟いた。

「おにぃ、ありがとう、私頑張るから」

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