第8話 テニス

 日曜日のお手伝いという名のバイトに遅刻したため、店が閉店した後も掃除で居残りさせられた結果、帰宅したのは午後11時で、浩太朗は今日の朝、少し起きるのが遅れてしまった。

 電車通学なので、いつも乗っている電車に乗り遅れてしまうと、次の電車は10分後になってしまう。

 今日は2本乗り遅れ、いつもより20分遅れてしまった。それでもSTにはギリギリ間に合った。

 浩太朗が教室に入ると、金曜日にあんなことがあったばっかなので、クラス中の視線を集める。

 クラスメイトの視線に若干イライラしつつも、浩太朗は自分の席についた。

「あっ、おはよう……」

「おはよう。……ん?」

 席についたとき、隣にいたなつめが挨拶をしてきた。挨拶をされたら、人間はなんとなく返してしまうもので、浩太朗も自然に挨拶を返した。そして、挨拶をした後に違和感に気づく。

「ダメ、だったかな……?」

 申し訳なさそうに頰を掻くなつめ。そんな態度を取られては、浩太朗もダメとは言えなかった。

「いやいや、そんなことない。挨拶なんて当たり前だろ?……ただちょっと驚いただけ」

「そう……ならよかった……」

 急に豹変したなつめの態度に驚きつつも、平常心を保つことを意識する。内心は緊張で心臓がバクバクしていた。

(なんで急に挨拶なんてしてきたんだよ、普通にドキッとしたし!しかも一瞬で会話終わったし!)

 なつめは浩太朗と何でもいいから会話をしたかったが、話しかけたのは良いものの何から話せばいいかわからなかった。

 その時間が浩太朗にとってとても気まずく、浩太朗の方から話題を振った。

「なつめは昨日、俺が働いてるラーメン屋に来たのか?」

「えっ、……ま、まあ、そうだけど、何でおにぃが知ってるの?……まさか見てた?」

「いや、めぐさんから、ピンクの髪の毛をした俺と同じ高校の人がいたっていうのを聞いただけ」

「それだけで私って判断するのやめてよ。ピンクの髪の毛なんて他にもいるし」

「俺の知り合いで、ピンク髪の女の子なんてなつめしかいないから」

 確かになつめ以外にもピンク髪の人はいる。しかし、交流関係が狭小な浩太朗の知り合いなんて少なく、ピンクの髪の子なんて、なつめ以外に思いつかない。

「……それで何が言いたいの?おにぃのことが気になって後をつけたとかじゃないから、お腹が空いていたから帰りに寄っただけだから」

 堂々と嘘をつくなつめ。嘘がバレるのが怖くて、目線を前に移した。

「じゃあ店に寄ったのは偶然ってことか」

「……まあ、そうだね。おにぃが働いてたことは誰にも口外はしないから」

 なつめが体を前に向ける。それに合わせて浩太朗も前を向く。そしてすぐに反省会を行う二人。

(おにぃと上手く話せてたかな……?やっぱりおにぃはすごいなあ、昨日初めて話したっていうのに、会話をスムーズに進めることができるんだから。さすが陽キャ……なんで学校では静かにしてるんだろ、中学ではクラスの中心だったのに……)

(俺、変なこと言ってないよな……?)

 浩太朗となつめがそんな反省会を開催している最中に、前の扉から担任が入室し、担任がSTの始まりを告げた。

「お前ら、席につけー。知っての通り、来週は球技大会がある。今日のSTは出る種目について決めてもらうからな」

 クラスメイトは球技大会のことなんてすっかり忘れていたのか、「もう球技大会!?」だとか、「来週って考査期間の前日じゃん!」とか言っている。

 浩太朗となつめは反省会のことで頭がいっぱいで、耳に話の内容は入ってこなかった。

 そもそも浩太朗に関しては、興味がなさ過ぎて球技大会の存在自体を知らなかった。

 去年は生活のほうが忙しすぎてそれどころではなかったのだ。

「じゃあ委員長、あとは適当にやっといてくれ。男子はドッチボールとバスケと卓球の三つから。女子は卓球とドッチボールとバレーの三つから選んでくれ。バスケは最低5人、ドッチボールは最低6人、バレーは最低6人ってことでよろしく」

 担任はクラスの委員長に全てを丸投げし、教室の端っこで様子を見ていた。

 急に任された委員長は何が起きているかわからず、自分の席で辺りをキョロキョロ見渡している。

 それを見た周りの人が委員長に何があったかを説明し、自分が何をすべきかを理解した委員長は教壇に立った。

「じゃあ今から種目決めまーす!やりたい競技に挙手してください!手を挙げなかったら私が勝手に当てはめまーす!」

 この委員長の声でようやく反省会を中断することができた二人。話を何も聞いていなくて何をすればいいか分かっていない。

 誰かに聞かなければ、と思った二人は、隣の席の人に今から何をするのかを聞こうとした。

「「あのっ、あっ……」」

 しかし、二人のタイミングが重なった。すぐに前を向き、今起きた事を無かったことにした。

 自分のしたことが恥ずかしくて、二人とも顔を真っ赤にしている。

(何してんだ俺!少し話せるからって調子に乗りすぎだろ!でも聞かないと何したらいいかわからない!)

 頭を抱えて自己嫌悪に至る浩太朗。側から見たら嵐山にしか見えないのだが、浩太朗は後ろの席に座っているので誰にも見られることはなかった。

「じゃあ決まったと思うので、まずは男子から決めたいと思いまーす!好きな種目に手をあげてくださーい!」

 浩太朗となつめはようやく、今やるべきことが分かった。しかし、浩太朗は何の種目があるのかを聞いていなかったので、何かの競技に手を挙げなければ余ったところに入れられてしまう可能性があるため、何が来たら手を挙げようか、と考えていた。

 しかし、委員長が種目調査しようとすると、担任が何かを思い出したかのような顔をして言葉を遮った。

「あー、ごめん。一つ言い忘れてたわ!なんか知らんけど、今回だけ特別に男女混合テニスっていうもんがあるから、男女代表一人名ずつ出してくれ」

 クラスメイトが男女混合というワードにざわめき出す。

 浩太朗は、自分には完全に無関係のことだと思っているので、そんなのはどうでもよかった。

「……だ、男女混合ですか?……それってダブルスってことですよね……?」

「多分そうじゃね?俺もあんま詳しく聞いてないから知らんけど、とにかくそういう競技があるらしいからよろしくな。もし誰も出てこなかったら、俺が適当に決めとくから。文句言うくらいならこの時間で決めてくれ」

(適当すぎるだろ。完全に勝ちに行く気ないし)

 もともと運動系だった浩太朗にとって、勝ちに行かないスポーツなんて面白くないので、球技大会というイベントなんて何も楽しみになんかしていなかった。

「……と、言われましても、誰かやりたい人なんています?」

 委員長は誰もやりたがらないことを知りながらも、一応質問を投げかけた。

 案の定誰も手を上げることはなく、委員長の視線は担任とクラスメイトの間を行き来している。

 新学期恒例の委員長決め並に、誰も手を上げる様子はない。

 それも全ては男女混合というのが悪いのだ。なつめが来たからと言って、男女の仲が、テニスでダブルスを組めるような仲になったかというとそうではない。なつめがいないと会話すら成立しない。

(このまま担任がランダムで二人を選出して終わりそうだな)

 そう思っていた浩太朗であったが、クラスメイトの口から思わぬ意見が飛び出てきてしまった。

「このまま誰も出ないなら神崎ペアにやらせればよくねー?元兄妹なんだろ?」

「は?お前何言って……!?」

 思わず立ち上がる浩太朗。意見を出したであろう男子を睨みつける。しかし、早く終わってくれムードが漂っている今の教室で、今の意見がなかったことになるなんてことはなく、採用する方向へ動いて行ってしまう。

「一番お似合いでいいんじゃない?」

「男女のペアなんてあの二人しかいないよ!」

「金曜日にあんなことがあったしな」

「兄妹ならなんの抵抗もないよね?よし行こう!」

 これにはなつめも戸惑い始める。このままではペアが確定してしまう。そう思ったなつめは、何と言えば意見を押し潰すことができるのかと、必死に頭を回転させるが、そんなのは担任が割って入ったことで無意味に終わってしまった。

「じゃあそこの二人で決定ということで。浩太朗となつめもいいよな?」

 内心やりたくないと浩太朗は思っていたが、このめんどくささが漂う雰囲気のなかで、堂々と拒否することなんてできず、了承することしかできなかった。

「は、はい……大丈夫です」

「わ、私も大丈夫です……」

 椅子に座り、再び頭を抱える浩太朗。

(男女混合テニスとかいうクソ競技作ったやつ誰だよ!兄妹とか言ってもお前らが想像してる兄妹とはかけ離れてるからな?マジであいつ呪う)

 浩太朗が危惧しているのは、テニスという競技ではなく、ペアがなつめだということが不安要素でしかない。

「い、一緒にがんばろうね!」

「えっ、あぁ……」

 無理矢理テンションを上げようとしているのが丸わかりだ。なつめも今の状況に追いつけていないのだろう。

 浩太朗は、なつめに迷惑だけはかけないようにすることだけを考えていた。

「じゃあ、混合テニスも決まったので、気を取り直して種目を決めていこうと思いまーす!」

 

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