第7話 後悔
「ありがとうございましたー!」
めぐの声を背中に、ラーメンを食べ終えたなつめは店を出た。
結局浩太朗を見ることはできず、浩太朗とめぐの関係はわからなかった。
アパートに帰り、そのままベッドに飛び込んで枕に顔を埋める。
「もう!なんなのあの女……おにぃのことを『こうくん』なんて気安く呼んでさあ!美人でスタイル良くて、一体何様のつもり!」
(もしかして彼女……?おにぃに限ってそんなわけ……ないよね?)
無性に苛立っているなつめ。テスト期間が近づいているため、勉強しないといけないのは理解しているのだが、浩太朗のこととめぐのことが気になりすぎて、勉強机に向かう気にならない。
「あー、もう!あの時おにぃに会っておけば、少しは違ったのかな」
めぐの言う事に素直に従っておけばこんなにむしゃくしゃすることはなかったかもしれない。
後悔をしても無駄だと思ったなつめは、体をベッドから起き上がらせ、机に向かい、リュックから問題集を出した。
しかし、勉強をしようとしても、シャーペンを持つ手が無意識のうちに動きを止めてしまう。
「ダメ……勉強に全く集中できない。せっかくおにぃと話せたっていうのに、なんでこんなことになっちゃったんだろう……」
今まで浩太朗と女子が遊んでいるところを見たことがないなつめ。
二人の関係を何も知らないなつめは、めぐが浩太朗のことをあだ名で呼んでいることに対してひどく震撼している。
実際、浩太朗は男子と遊ぶことは多かったが、女子とは遊んだことがなく、女性と一対一でしっかりと話したのはめぐが初めてだった。
「せめてあの時、あそこでUターンしておけば……!」
悩みに悩まずにラーメン屋に入らなければ、必然的にめぐのことを知らずに帰れたはず。
知ってよかったのか知らないほうがよかったのか、眠りにつくまでそのことが頭から離れなかった。
「ありがとうございましたー!」
ラーメンを作ること数時間、ついに最後のお客さんが店を出ていった。
浩太朗は疲労のあまり、厨房の壁にもたれている。そこに接客を終えためぐが厨房に入ってきて、死にかけの浩太朗を労う。
「こうくんお疲れー!少し疲れでしょ」
「少しってレベルじゃないですよ...」
運動部に所属していない浩太朗は、中学生だった頃に比べて体力が格段に落ちた。そのため、たった数時間ラーメンを作り続けるだけでへばってしまう。
(めぐさんっていつもこんなことしてたのかよ...俺がいなかった頃とかどうやって回してたんだ)
「そういえば、さっきこうくんと同じ高校の人が来てたよ」
人間関係に興味を持たない浩太朗。クラスメイトですら全員の名前を言えるかもわからないし、名前がわかっても顔と一致しないことが多々ある。
「そうなんですか。…俺、あんまり自分の高校のこと知らないんですよね」
「その子はこうくんの知り合いだって言ってたよ?ピンクの髪の女の子で、めっちゃロングだった気がする」
「え……?ピンクのロングって、腰あたりまで髪の毛ありました?」
「ごめん、そこまでは見てないかな。でもそのくらいあったような……」
浩太朗の知り合いで、ピンクの髪の毛をしている人なんて一人しかいない。推理するまでもなくなつめだと分かった。
「なんか言ってました?」
「いや?特に何も言ってなかったと思うけど……『ここに神崎浩太朗っていう人って働いていますか?』って聞かれただけ」
「……それで、なんて答えたんですか?」
「働いてるよー!って言っちゃった。…もしかして言わない方が良かった?」
額に手を当て、地面を見つめる浩太朗。よりにもよって一番バレてほしくない人にバレてしまった。
「……まあ、なんとかなる、とは思います」
「あの子とはどんな関係なの?」
めぐには浩太朗の生い立ちはすでに話している。急に家にやってきた義妹のことも、それが間接的な原因で家を追い出されたことも。
めぐには店にやってきたピンク髪の女の子がなつめであることなんて知られてもどうってことはない。
「昔めぐさんに話をした義妹ですよ。……あんまり仲は良くはなくて、今日初めて話しました」
「あの子が妹ってこと?……あれ、たしか妹ってこうくんとは別の高校に行ったんじゃなかったっけ?」
「それが今月の頭に転校してきたんです。……まあ、もうなつめとは、兄妹の関係じゃないですけどね」
「え、転校してきたの?こうくんの親が妹と引き離すためにこうくんの高校を指定したのに?」
めぐも浩太朗と同じように混乱し始めた。まだ浩太朗でさえ、なつめが転校してきた理由なんて分かっていないのだ、めぐがわかるはずがない。
「意味わかりませんよね。では今日はこれで失礼します。お疲れ様でした」
「何かあったら言ってねー!お疲れ様ー!」
めぐは、下手に突っ込むのは良くないと考え、これ以上詮索するのは浩太朗に悪い思いをさせてしまうと判断した。
「こうくん、なんだか嬉しそうだったなぁ……」
嫌そうにはしていたが、声色は明るかったようにめぐは感じ取った。
毎日一緒にいるめぐだから分かったことで、浩太朗本人もそのことに気付いていない。無意識のうちに自分がなつめを受け入れていたのだ。
「よしっ!片付けも終わったし、あたしも帰ろうかな!……あっ、こうくんから返信きてる」
スマートフォンを見ると、通知センターには浩太朗からの返信があった。
『今日は遅れてすいませんでした。いろいろあったんで許して下さい』
「……そういえば、今日初めて話したって言ってたよね。もっと仲が良くなるといいね」
昔の浩太朗となつめのことを知っているめぐにとって、二人の仲が深まってくれることは何より嬉しいことだった。
『次遅れる時何も連絡なかったらあたしと一緒にお店の掃除させるからね!』
そう返信すると、すぐに浩太朗から返信が来た。
『じゃあ、来週の月曜日少し遅れるかもしれません。変な女に絡まれました』
「変な女って何!もしかして妹のこと!?」
変な女のことをなつめだと勝手に勘違いしためぐは、早とちりして凄まじい速度でフリック入力をした。
『だめだよ仲良くしなきゃ!せっかく話せたんだから!』
これを見た浩太朗は、めぐの勘違いに勘違いを重ねた。
「え、怖っ!なんでめぐさんがあの女の子のこと知ってんだよ」
浩太朗がいう「変な女」というのは、もちろん神宮寺のことでなつめではない。
何も知らないはずのめぐが、神宮寺との出来事を見透かされているかのような返信により、神宮寺とめぐが裏で繋がっているみたいになった。
「知り合いなのか……?」
浩太朗も勘違いをして、めぐと神宮寺が知り合いだという前提で話を進めた。
『でもあいつ変な奴じゃないですか』
『そうかな?まだ話したばっかだからそう決めつけるのも良くないと思うけど……』
『めぐさんがそういうならそうかもしれませんね。すいません、もう少しちゃんと話してみようと思います』
『頑張ってねー!』
話が食い違い、間違いを正すことができずに話が終わるという最悪の展開を迎えた。
なつめと浩太朗の仲が1日にして壊れることを回避したと、胸を撫で下ろすめぐ。
めぐと神宮寺の関係は一体何なのかと、不思議に思いながらシャワーを浴びる浩太朗。
そしてそのまま月曜日を迎えることになった。
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