第17話 過去一地獄の球技大会
いつのまにか、球技大会の日がやってきていた。体育の授業は最初の一回と少しくらいしかなく、球技大会の打ち合わせなんて一度もしてきていない。
「次B面で男子のドッチボールがあるってよ!」
「もう試合始まってね!?急げ急げ!」
クラスメイトの応援のために、いろんなコートを往復する生徒たちを横目に、浩太朗は1人でベンチに座っていた。
テニスは1番の目玉競技という事もあってか、予選は各競技の中で一番最後、決勝トーナメントも一番最後に行われる。
競技の中で一番配点が高く、負けていてもテニスで逆転することは十二分にありえる。
「青春してんなあ」
ぼそっと呟いた。しかしそれは誰にも聞こえることはない。
去年はまだ今年よりかは楽しかった。なぜなら種目がバレーボールだったからだ。
チームプレーとは案外楽しいもので、みんなで一つの勝利のためにボールを追うことが面白かったのだが、今年はそうはいかない。
どこの誰が男女混合テニスとかいう種目を考えたのだろうか。
最後の最後でたった2人の男女に勝敗を分けさせるという鬼畜な制度に嫌気がさしてくる。
「よう神崎!そんな顔してどうしたんだよ」
誰1人として寄せ付けることのなかったベンチに海堂が近づいてきた。
「いや、みんなたのしそーだなって」
「絶対そんな顔してないから。さっきまで羨ましそうに見てたじゃねえかよ」
「そう言うお前こそ何してんだよ。お前バスケだろ?俺ななんかに構わずに試合行ってこいや」
浩太朗はおもむろに話題を逸らした。思い出したくないものを思い出しそうで怖かったから。
「ん?バスケはもう予選1位突破確定したから、最後の試合は棄権しといた」
「そんなんでいいのか」
男子バスケットボールの予選リーグは4組と5組に分けられており、海堂たちは4組のリーグの方に配属された。
開幕2連勝を決めた時点で、予選突破は確定したらしく、1位通過や2位通過などはどうでもよかった海堂たちは、最終戦を棄権して体力を温存する作戦をとった。
相手からしたら悪質極まりない選択ではあるが、勝つための戦術とも言えるので、それについて言及されることはない。
「んで、テニスはどうなってんだよ」
「まだ予選すらやってない。俺らは11時から予選一試合目」
「……まあ、あれだ、がんばれ」
海堂は浩太朗の肩をぽんと叩き、チームメイトの元へ戻っていった。
「はあ、できれば団体競技やりたかったな。というか、そもそも、球技大会というクラスの団結力を高めるイベントなんだから、2人1組のテニスなんてやらせるなよ」
これで何回目になるのかも数えていない。どれが愚痴で愚痴じゃないのかも分からないくらいに、無意識のうちに悪態ついている。
「……何してんだろ、まじで」
ベンチの上で横たわり、静かに目を閉じた。
太陽に照らされ、熱気漂うテニスコートで、テニス第一試合が開始しようとしていた。
テニスコートにはかつてないほどの観客で囲まれており、柵の外からでは人が多すぎて中の様子を窺ことはできない。
「なつめ、緊張してるか?」
「してる、けど、丁度いい緊張感」
浩太朗となつめは、6面あるテニスコートのうちの一つでこれから試合をする。
辺りを見回していると、同じクラスの生徒が視界に映り、目が合ってしまった。
「頑張れ神崎ー!気合い見せろ!」
「優勝は神崎たちにかかってるからな!」
「こら男子たち!あんまり神崎さんたちにプレッシャーかけちゃダメだよ!」
「なつめちゃん!練習通り気楽にプレイして行こ!」
クラスメイトと目が合った瞬間にこれだ。返事を返せばめんどくさくなることはわかりきっているので、心の中だけにとどめておくことにした。
「テニスの練習してたのか?」
浩太朗の方からなつめに話しかけることはなく、なつめからテニスの話題が上がってこない限り、一緒に練習なんてしていなかった。
そのため、球技大会期間中、一回も一緒に練習することはなく、体育の授業のみでの練習のみとなった。
「まあね、足引っ張らないよう友達に練習に付き合ってもらっただけ」
「相変わらず努力家なことで」
昔からなつめは努力を怠ることはなかった。勉強においても復習を欠かせないし、苦手な運動でさえ、最後まで諦めずに挑戦する。
一応3年間は同じ家で暮らしていただけあり、なつめのことはある程度理解しているつもりだ。
「だって勝ちたいもん、それに、おにいだって練習してたじゃん」
「特に練習なんてしてねえよ」
「走って帰ってたのはなんなの?」
「なんで知ってんの……」
授業でわかった課題点である体力不足。それを解消するために、少しでも何かやれることはないかと考えた結果、バイト先までランニングするということを思いついた。
「電車の窓からリュック背負いながら走ってる変な人が見えたから」
「もうやらないから黙っててくれ」
制服で走るのは流石に他人の目が気になるので、運動着で走っていたのだが、リュックはどうすることもできないので、背負いながら走るしかなかった。
まさか電車の中にいたなつめに見られているとは思っておらず、過去の自分は何をやっていたのだろうと悔やんでしまう。
「それで、ランニングの成果は出た?」
「それは今からのお楽しみだな。元サッカー部舐めんなよ」
なつめが前衛、浩太朗が後衛の配置についた。全コートで準備が整ったのを確認した球技大会実行委員会の人がアナウンスした。
「『それでは、各コート、テニス第一試合、開始してください!』」
その瞬間、テニスコートはかつてないほどの声援に包まれ、本日の目玉競技である男女混合テニスが開幕した。
なつめが向かうチームの女子生徒とジャンケンをして、先攻後攻を決める。
辺りをもう一度見回したのだが、自分たちのコートだけ見てわかるほど観客の量が多かった。特に男子の割合が高い。
理由はすぐにピンときた。
なつめは転校生。それも美少女。一瞬にしてその話題は学校中に広がり、転校してから1週間の間は、なつめを見るために放課中にたくさんの生徒が教室に押し寄せてきたのを覚えている。
(先サーブする?)
どうやらなつめはジャンケンに勝ったようで、浩太朗に口パクでそう伝えた。歓声がうるさすぎてなつめの声が聞こえなかっただけかもしれないが。
浩太朗は無言で頷くと、なつめからボールを受け渡され、サーブ位置に立った。
そして、左手で持っているボールを真上に投げ、勢いよくラケットを振りかぶった。
「……勝ったね」
「……勝ったな」
試合はストレート勝ち。浩太朗たちが強すぎたのか、それとも相手が弱すぎたのかは分からない。
初めての勝利だというのに、浩太朗となつめは喜んでいいのかが分からなかった。
試合が終わると、相手の女子生徒が浩太朗の方へ歩いてきた。
「いやあ!君って運動できたんだね、少し意外。正直にいうと油断してたよ」
「……ええと、誰ですか?」
浩太朗は急に話しかけられたことに驚き、その場で困惑した。
黒髪のポニーテールで、どこかで会ったような気がしないような気もしない。
「え、嘘でしょ……?忘れたの?ボクのこと」
どこかで聞いたことがあるような一人称。こんな呼び方をする浩太朗の知り合いといえばたった1人しかいない。
「お前、神宮寺なのか?」
浩太朗がそう聞くと、黒髪ポニテは腰に両手を当て、浩太朗を睨みつけた。
「そーだよ、ボクだよ、神宮寺雪華だよ。なんで気づかないかなあ」
頭の上からつま先までじっくり見る。確かに目元や身長は雪華に似ている。
「髪型が違うと雰囲気も変わってくるな」
「どう?かわいい?」
雪華は自分の結んだ髪を見せびらかすように持った。
「知らん。鏡見てこい」
「今日なんか冷たくない?」
「いつものことだろ」
「それはそうだけど!」
雪華が浩太朗に詰め寄ろうとするが、浩太朗は雪華から距離を置く。
「おい、あんまり近づくな。普通に照れるし観客の視線が痛い」
それを聞いた雪華は、なんだか勝ち誇ったような顔をして浩太朗の方を見た。
「やっぱり君も男の子だもんねー。今までボクの魅力に全く気がついてくれないから、女の子かと思っちゃった」
急に雪華が意味わからないことを言い出したが、浩太朗はそれを無視してテニスコートから出た。
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