第16話 突然のヘルプ

「はぁ、はぁ……やっと終わった」

 めぐは数十分なつめで遊んだ後、壁にもたれて眠りに落ちてしまった。

「ようやく寝たか。ありがとな、なつめ。こんな仕事押し付けちゃって」

「どういたしまして。服が守れたからどうってことない。……にしても、めっちゃ揉まれた」

 なつめは、乱れた服装を直し、フラフラしながら立ち上がった。

「初対面だってのに、めちゃくちゃにされた……店長さんはいつもあんな感じなの?」

「酔っ払った時はいつもあんな感じだな。ひどい時は、俺が住んでるアパートまで着いてきてはシャワー借りていって床で寝てる」

 初めてアパートまで着いてこられた時は「まあ、一回くらいならいいか」という軽い気持ちでいたのだが、それがいけなかった。

 冷蔵庫にはビール完備。いつめぐが泊まりにきてもいいよう、敷布団もすぐにひける空間を作っている。

「仲がいいんだね、羨ましい」

「そうか?ただいいように利用されてるようにしか思えないが」

「少なくとも私からは仲がよく見えるの。……だって、同じ家に住んでたはずなのに、会話もしてこなかったし」

 なつめが家族になってから、浩太朗の居場所は次第になくなっていき、家にいる時は基本的に部屋にこもっていた。

 そのため、家の中ですれ違うことは珍しく、同じ空間にいることなどほぼなかった。

「……そうだな」

 浩太朗にとっては苦い記憶なので、思い出したくなかったが、思い返せば思い返すほど、なつめと話してこなかったことが分かる。

 当時は、なつめと話したいだなんて思ったこともなかった。

「店長さんはどうしたらいい?このまま放置していいのかな。起きる様子はなさそうだけど」

「あー、そこの上の戸棚にロープが入ってるからさ、それ使ってめぐさん縛り上げといてくれ。やり返したいなら思う存分やり返していいから。俺が見えてない所なら何してもいいよ。でも暴力はやめてね。俺は表の方に出るから、何かあったら呼んでくれ」

 浩太朗は、料理を持って厨房を出ていった。なつめは、浩太朗が自分と会話しながらラーメンを作ったりしていたことに驚愕する。

「私も、何か手伝えない……あっ、先に店長さんをなんとかしなきゃ。……確か、この戸棚にロープがあるって言ってたよね」

 なつめは、上の戸棚に手を伸ばすが、なつめの身長では戸棚を開けることはできない。

 脚立のようなものを探してみるが、周りに台座になりそうなものはなかった。

「おにぃ、背が小さくて届かないんだけど」

 そこでなつめは、厨房から顔を出し、浩太朗を呼んだ、のだが、営業中ということを完全に忘れており、たくさんの客がなつめに注目が集まった。

「了解、すぐ行く」

 客は、厨房に入っていく二人を黙って見送り、奥に行ったのをみてから騒ぎ始めた。

 そんなのは無視をして、なつめの元に行くと、背伸びをしても戸棚に手をかけることができない様子を目の当たりにした。

「あー、ほんとだ。これは届かないな。……はいよ。ちなみに、ここに踏み台があるから、今後こういったことになったときのために覚えといてな」

 浩太朗が取り出したのは小さな脚立。ローブを取るためではなく、めぐが上の方にストックしてある材料とかを取るために用意されたものである。

「気がつかなかった。……とりあえずありがとう。これで店長さんを縛ればいいんだよね?」

「おう、血が止まらない程度によろしく。俺は仕事があるから、好きな時に帰ってもらっていいよ。なんなら客に回ってくれてもいいし」

「浩太朗くーん!」と呼ぶ客の声が聞こえたので、「はーい」と返事をして、厨房を出る。

「今の子って浩太朗くんの妹ちゃん?」

 表に出ると、浩太朗はなつめに興味を持った客に絡まれた。

「まあ、そうですね、血は繋がってませんが。はい、醤油ラーメンとギョウザです」

 現在、表に立っている店員は浩太朗ただ一人。一人で、オーダーを取り、調理をし、客に提供するというのをこなすのは大変だ。

 浩太朗が店に来るまでの間、めぐ一人でこの場を回していた、というのを考えると、めぐの負担を身で感じていた。

 数十分後、いよいよ店が回らなくなってきた。浩太朗はできる最大限のことをしているが、本来二人で回していたものを一人で回すのには限界があるのだ。

「このままだと閉店に間に合わねえぞ・…くそっ!」

 麺を茹でている間に飲み物などの提供。逐次溜まっていく疲労感に嫌気がさしてきたその時、浩太朗が持っていこうとしたトレイが、横から伸びてきた手によって持ち上げられた。

 疲れていて何が起きているのか分からず、呆然としていると、なつめの声が聞こえた。

「持っていくのは私に任せて、おにぃは作るのに集中して」

「え、あ、いいのか?」

 いまいち状況が把握できない。

 言われるがままに流された浩太朗は素っ気ない返事をした。

「これでも私、ちょっと前まで飲食店で働いていたのよ。これくらい難なくこなしてみせるわ」

「そうか、なら任せて安心だな。ここにメモがあるから、これに従ってお客さんに出してくれ。それと、オーダーはスマホでメッセージくれればいいよ。席は忘れるなよ」

 普段オーダーは声でやり取りをしているが、まだこの場に慣れていないなつめへの配慮として、スマホで送るという手段を選んだ。

 浩太朗としてはこちらの方が楽だとは思うが、「店員同士のコミュニケーションは大事!」というめぐの意見によって、その案は却下された。

「私おにぃの連絡先持ってないんだけど……」

「クラスのグループから勝手に追加しておけ。名前はそのまま『神崎』ってやつな。後はよろしく」

「うん。行ってくる!」

 リュックからスマホを取り出したなつめは、どこか上機嫌で、軽快な足取りで厨房を出ていった。

 なつめのことが心配だったが、そんなことよりも大事な任務があるので、調理に集中する。

 一方、表の方では、突然のなつめの登場により、かつてないほどの盛り上がりを見せていた。

「ご注文の、ハイボールとから揚げになります」

 美少女といえるほどの整った顔立ちで、おまけにスタイルもいい。目立たないわけがなく、転校当初と同じように質問攻めにあっていた。

『助けて』

 そんなメールがなつめから届いたのは、なつめが表に立ってから30分後だった。その時はちょうど揚げ物しか作っていなかったので、揚げているタイミングで厨房を出た。

 浩太朗の姿を見るなり、なつめはすぐに側まで近づき、「どうにかして」という無言の圧を飛ばしてきた。

「なんかあったのか?」

「ちょっと、その……お客さんたちの質問が、絶えなくて、対応に困ってて……」

「そんなことか。酔っ払いの相手なんてしなくていいぞ。お前は静かにオーダーとって料理を出すだけでいいから」

「うっ、ごめんなさい。あまり役に立たなくて」

「初日で何にも教えてないんだから当たり前だろ。できることをやってくれればいい」

 なつめは、浩太朗のアドバイスによって、客とのコミュニケーションを最低限に済ませ、店を潤滑に回すことができるようになった。

 そして迎えた閉店時間。久しぶりのバイトで疲れたのか、なつめは厨房の中でぐったりしていた。

「ありがとうなつめ、まじで助かった。今度またお礼をさせてくれ」

「いやいや、これは私が勝手にやったことだからそんなのは必要ない。それに、貸しを作っておいて損はないしね!」

「それじゃあな。また明日」

「……うん!」

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