第47話 はい、あーん
なんだかんだあり、上映時間にはギリギリ間に合った二人。
シアター内に入った時には、CMが放映されていた。
席に座り、映画が始まるのを待つ。
浩太朗は、この映画に関して何ひとつ情報を持っていなかったので、移動中にある程度は調べておいた。
主人公の女性が過去にタイムスリップをして、そこで恋をするという物語だそうだ。
元々はネット小説らしく、それが書籍化され、そして映画化にも至る。
なつめはこの映画を随分と楽しみにしており、友達からのネタバレを必死に回避していた。
そして今、ようやくその映画が観れると、映画館に入ってからずっとソワソワしている。
そのなつめの姿を見ると、ここに連れてこれてよかったな、と浩太朗は心の底から思った。
CMが終わると、シアター内の照明は全て消され、映画の上映が開始した。
浩太朗は、恋愛系の小説や漫画は理解できないだろう、と思い、興味を示してこなかったが、映画を観ているうちに、いつのまにか没入していた。
登場人物の心情、舞台の設定が細かく描かれており、恋愛に疎い浩太朗でさえも魅了した。
あっという間に2時間が過ぎ、気づいた時には映画が終わっていた。
エンドロールが終わると、シアターは再び照明に包まれ、次々と人が外に出始める。
「いつまでも座ってないで、早く出るぞ。……おい、聞いてんのか?」
映画が終わったにも関わらず、なつめは座ったまま動かない。
浩太朗がなつめの体を揺らすと、我に帰ったなつめは、ハッとして立ち上がった。
なつめの目元には、はっきりと涙の通った跡があり、それはこの映画が素晴らしかった証だろう。
シアターから出て、人の流れがゆっくりなところにいくと、ようやくゆっくりする事ができた。
「おにぃ、どうだった?面白かったでしょ!」
「まあな。思ってたよりも全然よかった」
「だよね!やっぱりわたしはね、あのシーンがね……」
映画の感想を次々と並べていくなつめ。
どうやらなつめは、浩太朗の何十倍も映画を楽しんだのか、いつまで経ってもその口が塞がることはなかった。
「どう?これで恋愛する気になった?」
感想の最後になつめは、浩太朗にそんなことを問いかけた。
この映画を観たかった理由として、これも含まれていたのかもしれない。
「うーん……、まあ、悪くはないとは思ったけど、高校生のうちは無理だな。大学受験もあるし、そもそも、俺の事好きな奴なんていないしな」
しかし、浩太朗のこの発言から、なつめが恋愛対象に含まれていないということが分かったなつめは、何をしても無駄かもしれないと悟った。
「おにぃはこの後予定あるの?」
「俺はないな。強いて言うなら5時半からのバイト」
「じゃあ、それまでは暇って事?」
「まあ、そうなるな」
「だったらさ、昼ごはん食べよ?」
お昼時で、ちょうどお腹も空いていたので、ついでにご飯を済ませていくことにした。
迷子になる事なく、なつめに連れられて着いた場所は、デパートの中にあるレストラン。
店員に案内され、向かい合わせの席に座った。
「ここのカレー、一度は食べてみたかったの!」
「カレーか……。なつめは好きなのか?」
「大好き!週に2回は作るよ。いつかおにぃにも食べさせてあげる」
なつめの好物はカレー、ということを記憶する。
また今度、なつめが家に来た時にカレーが作れるよう、カレーの材料を買い物リストに書き込んだ。
「こちらがメニューとなります。ごゆっくりお過ごしください」
店員がメニュー表を持ってきてくれたので、浩太朗はそれをなつめも見れるようにテーブルの上に置いた。
まず最初に目に入ったのは、料理の値段だ。
浩太朗の知っているファミレスとは話が違う。
少なくとも、高校生だけで来るような場所ではないことは分かった。
だが、バイトをしていてお金に余裕があるので、高いなとは思いつつも、料理の方に目を移した。
どの料理も美味しそうで、何を注文しようか迷う。
なにしろ浩太朗は、レストランに行く事自体あまりなかったので、欲を言えば全て食べてみたい。
「おにぃは何食べるの?」
「迷ってる」
なつめは何を注文するか決めたようで、浩太朗がなにを選ぶかを見ている。
「なつめは何にすんの?」
「わたしはシーフードカレーにするつもり。エビがたくさん入ってるやつ」
「どうせなら別のやつの方がいいよな」
「カツカレーにすれば?まあ、わたしが食べてみたいだけなんだけど」
浩太朗は、なつめの言われた通りにカツカレーを注文し、料理が運ばれてくるのを待つ。
暇つぶしできるようなものを持ってきていなかったので、スマホをいじっているなつめのことを観察して時間を潰した。
「さっきから何見てんの?」
あまりにも楽しそうにスマホの画面を見ているものだから、つい気になって質問してしまった。
「ん、これ」
スマホの画面を見せてくれたので、浩太朗はその画面を覗きこんだ。
「……カフェ、なのか?」
どうやら、先ほどまで見ていたのは、とあるカフェのホームページだった。
「うん。お昼食べ終えたら行きたいなーって」
なつめは、浩太朗の目をじっと見た。
「そんなの、俺じゃなくてみくと行ってきた方が楽しいと思うぞ」
「おにぃとじゃなきゃ意味ないの!」
「なんだそれ。……まあ、時間あるしいいけどさ」
なつめの恋心をことごとく踏み躙っていく浩太朗だが、本人はそのことに気づいていない。
気づいていないということを知っているから、なつめもアタックをし続けられるのである。
精神的なダメージが浅いのだろう。
「お待たせしました。こちらがシーフードカレーで、こちらがカツカレーとなります」
数分すると、店員が注文していた料理を運んできてくれた。
「うわあぁ……!なにこれおいしそう!見た目と匂いだけでもうお腹いっぱいだよ!いただきます」
雰囲気もあるのだろうが、家で作るようなカレーよりも何倍も美味しそうに見える。
浩太朗の注文したカツカレーのカツも、冷凍とかではなく、一から調理されているようで、とても食欲をそそられる。
「お腹いっぱいなら俺が食べようか?」
「例えに決まってるじゃん!本当にお腹いっぱいなわけないでしょ!」
「冗談だって。そんなことくらい分かる」
「むー!そんなこと言ってると、おにぃのカレー少しもらうからね!」
「そんなに欲しいならやるよ。カツ一個あげるわ。その代わりなつめのもくれ」
「しょうがないなぁ……。はい、あーん」
浩太朗は、なつめに皿を差し出し、シーフードカレーの入った皿を引き寄せようとした。
しかし、浩太朗が持とうとした時、なつめはその皿を持ち上げ、一掬いしたスプーンを浩太朗に差し出す。
「何してるの?早くしてくれないとこっちも疲れるの。はい、あーん」
「何してるの、はこっちのセリフだが?何で俺が食べさせられなきゃいけないんだよ」
「細かいことは気にしなくていーの。こんなの兄妹だったら普通だから」
「そうなのか……?だったらまあ……、いいか」
なつめに騙されていることに気が付かずに、浩太朗は差し出されたスプーンを口に入れた。
口に入れた瞬間、カレーの味よりも先に、羞恥心が心の底から込み上がってきて、結局、カレーの味を堪能することはできなかった。
「ふふっ、なんだか子供みたい。んんっ!」
浩太朗は、仕返しとして同じことをなつめにした。
「わかったか?恥ずかしいんだよ。たとえ兄妹に寄せようとしたところで、俺らには違う血が流れてる。なんというか、まあ、なんだ」
「少しは意識するから、やめてくれ」
その照れを隠すことができていない浩太朗の発言を耳にしたなつめは、少し照れ笑いをした。
「ちょっとは進展した、かな?」
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