第30話 驚異の偏差値
何か言いたげな雪華から逃げるように屋上から去り、駅のホームで電車を待っていると、先に帰ったはずのなつめがすでにホームのベンチに座っていた。
「こんなところで何してんの?先に店に向かっていてくれと入ったはずだが?」
「こうたろうを待ってた。あっ、めぐさんには報告してるから心配しないでね?」
浩太朗が通っている高校の最寄り駅には、同じ制服を着た高校生が大勢いるため、なつめは浩太朗のことを名前で呼んでいる。
最初のうちは変な感じがしたが、何回も呼ばれているうちに、その 呼び名に慣れてきた。
「別に待ってなくてもよかったのに……」
「待つか待つまいかは私の自由でしょ。こうたろうは私と一緒に帰りたいと思わないの?」
「帰りたくないとは思わないよ」
そもそも、一緒に帰りたくなかったら、なつめを見かけてもまず近寄らない
「もう!帰りたいかを聞いてるのに……」
ぷくーっと頬を膨らませ、そっぽを向いてしまった。なつめのその仕草がかわいく、見ている方が微笑ましい気持ちになった。
「そういや……」
「ん、なに?」
「ごめん、やっぱなんでもない」
「元気になってよかった」と続けようとしたが、今はただ忘れているだけかもしれないというのを考慮して、心の中にとどめておいた。
「こうたろう、もうすぐ修学旅行だね」
「そういやそんなイベントもあったっけ。テストのせいで忘れてた」
テストも終われば、夏休みまで残すは修学旅行のみ。浩太朗たちは新幹線で約3時間かけて長崎にまで行く予定だ。
「ねえ、長崎って何があるの?正直いうと、長崎って何もなさそうで、なんか修学旅行で行くところとしては弱い気がする」
「おい、長崎県民に殴られたいのか。世界でたった二つしかない被爆地だぞ?何もないわけあるか。他にもたくさん名所があるし、見るだけでも勉強になる」
長崎名物は建物だけではない。
誰もが一度は口にしたことがあるかもしれないかの有名なカステラ。長崎に行くと、そこらじゅうに売店があり、買い損ねることはまずない。長崎のお土産としてはカステラが一番無難であろう。
「勉強勉強って、最近のこうたろうはずっと勉強のことしか言ってないから面白くない。そこまでいうんだからいい順位は取れたの?」
「俺は順位を偏重してないから、そこまで順位に興味はない。テストは合計で何点取れるかっていう、スコアアタックみたいな感覚で受けてるから。あと、俺に面白さを求めるのは完全に間違ってるぞ」
「ほら言えないんじゃん!悪かったんでしょ!」
自分の順位の方が確実に上だと思っているのか、浩太朗の前では随分と余裕そうな態度をとるなつめ。
なつめになら順位を教えてもいいのだが、問題なのはなつめの方だ。
「別に悪くはねえよ。なんなら過去最高得点だわ」
「へえ、そんなによかったの?何点?」
「じゃあ、教えてやるから先になつめから言って。まあ、クラスで散々騒がれてたから大抵の点数はわかるけども」
なつめから聞いてきたので、素直に教えることにする。最初から、点数を聞かれたら答えるつもりだった。
「1056点。凄いでしょ!ね!私も言ったからこうたろうも言って!……あっ、低すぎて言いたくならいなら言わなくてもいいよ?」
11教科の満点は1100点。44点しか落としていないということは、単純計算で1教科4点しか落としていないということになる。
ちなみに今までの浩太朗の最高得点は1049点だったので、なつめがラーメン屋の手伝いに来てくれていなかったら、なつめが1位だったかもしれない。
なつめのほうから聞いておいて、気を遣われたことが癪だったのか躊躇うことなく浩太朗は自分の点数を言った。
「1064点。なつめより8点高い」
「へえ、1064点かぁ。……はい!?1064点!?冗談やめてよね!ほんとは?」
やはり信じられない様子だった。まさか、普段隣にいる男子生徒が学年1位だとは思わないだろう。中学時代は常になつめのほうが上だったという事もあり、信じられないというか、認めたくないのかもしれない。
「もうちょっと上だったかなあ……?個票渡しちゃったからそんな細かい点数なんか忘れたわ」
雪華に個票をあげてしまったので、正確な点数までは把握しきれていない。実際は1069点で、校内偏差値は80を超えていた。
「個票渡した!?誰に!」
「うるさい、声抑えろ。……ほらみろ、視線が集まってんじゃねえか」
駅のホームだということを忘れていたのか、なつめは周りを見て、自分たちに視線が向いていることに気がつき、恥ずかしくなっていた。
それでも浩太朗のことを追及したいのか、小さな声で会話を続ける。
「個票渡したって誰に?」
「神宮寺。……あれだ、この学校の生徒会長やってる人」
神宮寺という名前を聞いてなつめはピンときた。生徒会長が8回連続2位を取っているという噂があったことに。
そして、なつめが屋上で浩太朗と話していた謎の女の人の正体が、神宮寺雪華だということがわかった。
「ってことは……ずっとこの学校の1位を取ってる人って……」
「俺だよ。今生徒で知ってるのはなつめと神宮寺の2人しかいないがな」
なつめはいまだに信じられない様子で、口に手を当てていた。
「なんで、言ってくれなかったの……?」
「別に言う必要もねえだろ。あとそんなこと聞かれてないし」
知らないふりをしていたのはあるが、直接には聞かれていないので嘘はついていない。
「あーあ、テストで負けたら勝てるとこないじゃんか。せっかく褒めてもらえると思ったのになぁ。2位でも褒めてもらえるんじゃないか、って期待した私がバカだった」
浩太朗がなつめを褒めてあげられないのは煽りだと思われるのが嫌だからだ。なつめの努力は自身の目でしっかりと見てきたので、褒めてあげたいのは山々なのだが、嫌われるのが怖くてそれができない。
「テストの点数が全てじゃないだろ。そんなので人間が計られるのは嫌だわ。それに、コミュニケーション能力なら圧倒的になつめが上だろうが。俺人と話せないし」
「んなわけない。こうたろうが人と話そうとしないだけでしょう。まあ、そっちのほうが私的には都合がいいんだけど」
「は?なんで?」
「だって……他の子に取られることないし……」
「ごめん聞こえなかった。もう一回言ってくれ」
「あああああ!なんでもない!」
駅のホームにも関わらず、なつめは両耳を塞いでその場にうずくまってしまった。
周りの人の視線が痛い。周りからしたら女の子を泣かせた男子高校生にしか映らないのだろう。
幸いにも、タイミングよく電車が来てくれたおかげで、その場を切り抜けることができた。
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