第53話 金時計
「ねぇねぇ、さっき言ってたのって本心?」
あの後、取り残されていた荷物を取りに戻り、集合時間に間に合うように、浩太朗となつめは、2人で電車に乗って向かっている。
「もし本心じゃなかったとしたら?」
「今からホームに飛び込んで死ぬかな」
浩太朗がふざけて冗談を言うと、なつめは少し笑いながらそう答えた。
「あの時、こうたろうの本当の言葉が聞けたから、わたしの心に響いたんだ、って確信してる。それにしても、なんだっけ?わたしがこの世界で一番大切?」
「やめてくれ、恥ずかしい。……さっきは必死だったんだよ、なつめを助けるために」
先ほどの出来事を、鮮明には覚えていないが、なつめを助けるために必死になっていたことだけは覚えている。
自ら命を絶とうとしていたなつめを助けた浩太朗は、なつめの母親が命懸けでなつめを守ろうとした理由が、少し分かった気がした。
「絶対に死なせない、か……。ほんと、自殺しようとしていたわたしが愚かに思えてくるよ」
「自殺だけじゃない、どんな状況にあっても、必ずなつめを守るよ。たとえ、地球が滅びようともな」
「……人前でそう言うのやめない?2人きりの時なら、いいから……」
浩太朗の想いを今まで対面で受け取ったことがなかったので、いざ面と向かって気持ちを伝えられると、恥ずかしくなり、体が熱ってしまう。
「どうした、顔赤いぞ」
浩太朗と目を合わせてしまった暁には、恥ずかしさが振り切れてしまうので、心配してくれる浩太朗から目を合わせないように下を見つめた。
「大丈夫、平気……」
「水分補給忘れんなよ。熱中症になられても困る」
電車の中はエアコンが効いているので涼しいが、外は日差しもあるので相当暑いだろう。
なつめは、自身のリュックの中に手を突っ込んでゴソゴソしだした。
「あ……」
しかし、お目当てのものがなかったのか、顔を顰めた。
「……水筒、忘れたのか?」
そう浩太朗が聞くと、なつめは黙って頷いた。
すると、その反応を見た浩太朗は、手に持っていたペットボトルをなつめに差し出した。
「俺、他のやつあるから、やるよ」
「え、いいの?ありがと」
喉が渇いていたのか、なつめは浩太朗からもらったパッドボトルをすぐに開けて飲もうとしたが、ペットボトルの蓋の封がすでに開いていたことに違和感を感じ、動きが止まった。
「待ってこうたろう、このお茶飲んだ?」
「いや、飲もうと思って蓋開けた時、ちょうど電車がきちゃったから、結局飲んでない。もしかして腐ってる?」
「えっ、あっ、そうなんだ……。大丈夫、腐ってないから」
なつめは、なぜか少し残念そうな顔をして、そのペットボトルに口をつけた。
電車に揺られること数分、集合場所である名古屋駅に到着したので、浩太朗となつめは電車から降りて、改札を出た。
「えっと……?ここからどこに向かえばいいんだっけ」
「4連エスカレーターの下。とりあえず金時計がある場所に行けばいい」
「エスカレーター?金時計?なにそれ、どこにあるの……?」
「何も調べてきてないだろ……」
前日から何度も言われてきたので、わかっているものだと思っていたが、なつめはただ単純に土地勘がないだけでなく、土地に関する知識が全て抜けてしまうのだろうか。
「とりあえず目の前にいる学生について行けばつくよね!」
「おい待て!どう見ても俺らの高校の生徒じゃねぇだろうが」
なつめがついていこうとしたのは、修学旅行生でもない他校の生徒。
男子の夏の制服は、どこの高校もほとんど同じ格好をしているため、女子からしたら違いに気づかないかもしれないが、男子なら普段から来ているので、微小な違いもすぐに気づける。
「なつめは黙って俺について来ればいいんだよ」
「かたじけない……」
浩太朗が普段使っている電車は名古屋鉄道という、日本鉄道とはまた別の会社が運営しているもので、会社も違えば、当然駅のある場所も違う。
修学旅行先である長崎へは新幹線で向かうため、集合場所である4連エスカレーターは、新幹線の駅がある日本鉄道駅舎内にある。
名古屋鉄道と日本鉄道の違いも知らなそうななつめに、金時計がある場所などわかるはずもないと判断した浩太朗は、なつめから目を離さないようにして金時計を目指した。
「え、この建物から出ちゃうの?」
「金時計があるのは、向こうのJR(日本鉄道)の建物な。こっちは名鉄(名古屋鉄道)だから」
なつめは、浩太朗が言っていることがやっぱり理解できていないようで、こめかみ部分を押さえていた。
「ほら、あそこに金色の時計があるだろ。あそこが集合場所だな」
建物が違うといえど、一応繋がってはいるので、外に出て少し歩けばすぐに辿り着く。
「あっ!みくちゃんだ!海堂くんと一緒にいるよ!」
「あいつら目立つなぁ……。遠くに居てもすぐにわかる」
「それを言うならわたしたちもね」
なつめが、金時計の下にいるみくと龍谷に向かって手を振ると、2人も浩太朗となつめに気づいたようで、手を振り返してきた。
なつめがみくの元に向かって走り出したので、浩太朗も小走りでなつめのことを追った。
「なつめちゃんおはよー!朝から元気そうだね!」
「なんたってわたしは3時起きだからね!すっごい楽しみにしてたの!」
「よくもまあ、楽しみにしてた、とか言えるわな。さっきまで飛ぼうと……」
そう浩太朗が言いかけたところで、なつめが浩太朗の口を塞いだ。
「飛ぼうと……?」
「何でもないから!気にしないでみくちゃん!」
なつめは、みくに自殺しようとしていたことを知られたくないのか、無理やり話を逸らした。
龍谷は、浩太朗に向けて、今朝なんかあったのか?と言いたげな顔で視線を送ってきたので、何もない、と言う意を込めて首を横に振った。
なつめの面倒はみくに任せ、浩太朗は龍谷の近くに寄った。
「浩太朗、お前めっちゃ眠そうだな。もしかして、今日が楽しみすぎて眠れなかったか?」
「あいつに朝早くから起こされた。挙げ句の果てに家に凸られたし」
あいつ、というのは言うまでもなくなつめのことだ。
それは龍谷もわかったようで、あー、ドンマイ、と言って浩太朗を労った。
「てか、お前らって兄妹なのに同居してないんだな。いつも一緒の方向に帰っていくから、てっきり同棲してんのかと……」
「あれ、言ってなかったか?まあ、実家にいた頃は同居してたけど、一言も喋ったことないから、同居してる感じはゼロに等しかったけどな」
浩太朗が他人に自分の過去のことを話し出したのは最近のことで、ましてや、他人と積極的に話し始めたのも最近のことだ。
自分が思っていた以上に話してこなかったことを今実感した。
「浩太朗はそう言うけどさ、今の感じ見てると、全くそうは思わないんだよね。本当に昔は仲悪かったのか?」
龍谷の目に映っているのはカップル同然の男女で、元々仲の悪かった兄妹ではない。
「あいつの転校当初を思い出してみろ。俺ら一言も喋ってなかったろ」
「そういやそんなこともあったな。いうて2ヶ月くらい前だから、そこまで昔じゃないけど。……そうだよ!あれから2ヶ月しか経ってないんだ、そんな簡単に3年間の溝が埋まるとは思えないんだけど」
「細かいことは気にすんな」
浩太朗となつめの関係は複雑だ。
口で説明しても、なかなか理解はしてくれないだろう。
なつめの家族が事故に遭うまでは従兄妹という関係で、それからは義兄妹。
従兄妹だった頃は仲が良く、2人で遊ぶことも多かったが、義兄妹になった瞬間、2人の関係が破綻。
そして、なつめが転校してきたことによって、仲が元通りになった、という感じだ。
「あそこにいるやつ賢弥か?」
特にすることもなく、辺りを見回していると、浩太朗は見覚えのある人がコンビニの中にいるのに気がついた。
「あれは賢弥だな。……それにしてもよく気付いたな。言われるまで気づかんかった」
「てか俺、昼ごはん買ってないわ。買いに行かなきゃな。今から行ってくる」
「おう、神崎さんも忘れずに連れてけよ」
浩太朗は、みくと話しているなつめの元に行き、昼食を買いに行こうと提案すると、なつめはみくは一時的なさよならを告げて浩太朗と一緒に、賢弥がいるところとは別のコンビニに向かった。
「こうたろうって、何円持ってきてるの?わたしどのくらい必要かわからなくて、たくさん持ってきちゃったんだけど」
「現金は2万くらい持ってきたけど、正直そこまで使わない気がする」
「やっぱりみんなそのくらいだよね……。わたしも正直使わないと思ったんだけど、一応、いるかもだし」
貯めたお金を使えるせっかくのチャンスだが、どうしても無駄遣いという行為ができない浩太朗は、結局最小限のお金しか持ってきていない。
「というか、長崎って何が有名なんだろ。原子爆弾ってお土産で買えたりするのかな」
「そんなものが売ってるわけねえだろ。日本は唯一の被爆国だぞ。原子爆弾を廃絶しようとしてるのに、原爆の商品を売ってどうする」
「それもそうだね……。でも今、結構世界情勢荒れてるじゃん?いつ核戦争が始まってもおかしくないし、日本も核持つべきじゃない?」
「それは賛否両論分かれると思うけど、核を持つにしろ、持たないにしろ、日本が危険な立場にあるのには変わらないわな。……てかこれ何の話?」
だいぶ話が脱線したところで、浩太朗となつめはコンビニに入店したので話を切り上げ、パンやら飲み物なんかを購入し、集合場所に戻った。
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