第54話 寝不足
「浩太朗、神崎さんと離れ離れになっちゃったな」
「そうだな、そのせいでさっきからずっとラインが来てる」
何の問題もなく学年全員が集合でき、新幹線に乗り込むことができた。
新幹線の座席は、ホームルームの時間であらかじめ決めており、話し合いにほとんど参加しなかった結果、龍谷が隣となっていた。
「やっぱり仲良いよなお前ら」
なつめから送られてくるものとしては、景色が綺麗だ、などという些細なことや、同じ班員と思われる女子生徒との写真。
浩太朗としては、なつめが楽しめていることが何より嬉しかった。
「神崎さんに、俺らの写真も送り返そうぜ」
「普通に嫌ですが」
「まあまあ、親睦を深めるということで……!」
龍谷は、浩太朗のスマホを取って、浩太朗がメインで写るように自撮りして、その写真をそのままなつめに送った。
「バカ……!」
浩太朗はすぐに、送信取り消しをしようとしたが、高頻度で何かしら送ってくるなつめが既読していないわけもなく、すぐに返信が来た。
「『ありがとう海堂くん!』だってよ。初めて神崎さんに褒められたわ」
スマホを取ってから送信するまで、たった数秒だったにも関わらず、写真はブレが一切なく、綺麗に浩太朗と龍谷が写っていた。
スマホの性能も関係しているだろうが、龍谷の撮影技術が高いのは確かである。
「やかましいわ。なつめだけならまだしも、他のクラスメイトに見られてると思うと最悪。今頃、クラスにいるのかいないのかもわからんような俺の写真が送られてきて、反応に困ってるだろうな」
「そんなわけあるかよ」
人と話すようになったとはいっても、あまり目立たず、平穏に過ごす、という浩太朗の基本スタンスは変わらない。
教室にいる間は、時々龍谷と会話する程度で、ほとんど会話しない。
なつめは相も変わらずクラスの人気者で、放課中はたくさんの人に囲まれているため、浩太朗に話しかけれるタイミングは少ない。
「浩太朗はなんだかんだで存在感が強いからな。あと、なんたって、お前は人気者の神崎さんのお兄さんだからな。話題にされてないわけがなかろう」
「話題にされてるとしても、なつめさんのお兄さんって無口だし印象悪そうだよね、だとかいう悪口だろ」
「自分のことを卑下しすぎなんだよお前は。もっと自信持て」
「そう言われてもな……」
自分に自信がないのは昔からのことで、昔もよく蓮斗から励まされていた。
1番の晴れ舞台だったサッカーの大会の直前ですら、無名中学の俺らがこんなところで試合してもいいのか?などと呟いていて、その後蓮斗に背中をぶっ叩かれた思い出がある。
そして、浩太朗が中学時代の時のことを思い出している時、ふと疑問に思ったことがあった。
なつめに、『中3のサッカーの大会の写真ってあるか?』というメッセージを送った。
過去と切り離さなければならない、と過去の写真のデータを全て削除している。
大切なものとはわかってはいたものの、これから先生きていくために必要なことだったのだ。
なつめが少し前に言っていたことが正しいのならば、大会が行われていた会場になつめがいたことになる。
そうであるならば、もしかしたら大会の写真が残っているかもしれないと思った。
既読がつくと、すぐに返信がきた。
『あるよ!送ったほうがいい?』
浩太朗は、写真が残っているというのを聞き、少しホッとした様子で、送ってくれるよう頼んだ。
数分後、数十枚の写真が送られてきた。
一気にたくさんの通知音が鳴ったので、隣にいた龍谷もその音に反応した。
「……何の写真だ?」
「中学生の時の写真。これは……、全国大会出場を決めた時の写真かな」
スマホには、浩太朗が右手で大きくガッツポーズをしているのを後ろから撮った写真が表示されていた。
「サッカー?浩太朗、中学でサッカーしてたのかよ。なんか意外だな……。ちょまてっ!今、全国大会っつったか!?そこ詳しく!」
龍谷は現在、バスケットボール部に所属しているため、全国大会というワードが聞き捨てならなかったのか、ぐいっと浩太朗に迫った。
「俺がもともとサッカー部に入ってたことは言ってたっけ?」
「いや、初耳」
「んでまあ、サッカー部に入ったんだけど、部員が全然いなくて、試合に出場できるような状態じゃなかったわけ。それで、3年になって初めて大会に出たんだけど、なんやかんやあって地区大会優勝できた」
「そのなんやかんやの部分を詳しく!」
「いやあ、それに関しては、俺となつめの関係性より説明するのがめんどい。話し終えた頃には長崎着いてるかも、いやそれ以上だな」
サッカー部での思い出は濃く、簡単に忘れられるものではない。
それを目的地に到着するまでの間に話すというのは無理な話だ。
「中学時代の浩太朗か……。一度は会ってみたいものだな」
「見た目は今と全然変わってないぞ」
「まあ、見た目は変わってねえけど……、なんつーか、顔つきが違う」
浩太朗は、龍谷にそう言われて、写真の中の自分と睨めっこをした。
「そうだなぁ、こんときはまだ笑えてたのか」
表彰式を終えた後の写真撮影のときの写真を拡大すると、浩太朗は、センターにトロフィーを片腕で抱えてながら笑っていた。
「初めて見たな、浩太朗が笑ってるとこ。学校じゃ一切笑わないし」
「笑えなくなったんだよ。故意じゃない」
浩太朗はスマホを閉じ、座席にもたれかかった。
「寝ていいか?なつめのせいで寝不足なんだ」
「そういやそんなことも言ってたな。俺も眠てえから寝るわ」
寝不足な上、朝から体力を大きく奪われた浩太朗は、電車に乗った時にはもうクタクタだった。
揺れも少ないこともあってか、目を閉じると、すぐに眠りに落ちた。
「『まもなく博多です。鹿児島線、長崎線、篠栗線はお乗り換えです』」
新幹線内にアナウンスがかかると、浩太朗は目を覚まし、寝ている体を起こすように大きく伸びをした。
「なんだ龍谷、もう起きてたのか」
「新大阪あたりからずっと起きてる」
「あんま寝れてないんだな」
「なんでか知らんけどみくに叩き起こされた」
新幹線が新大阪駅に停車しているときに、みくが眠っている浩太朗と龍谷の2人を目撃し、シートを揺らして2人を起こそうとした。
眠りが浅かった龍谷は起きてしまったのだが、眠気が限界に達していた浩太朗は、龍谷とめぐが話している最中も、微動だにせずに寝ていた。
「ふわあぁ……、まだ眠い」
「福岡から長崎までバスらしいから、そこでもう一度寝たら?」
「そうするわ」
眠気が治らないまま荷物をまとめて、新幹線から降りる準備を始めた。
「あれ、このお菓子、龍谷のか?」
寝る前にはなかったはずのチョコレートが、テーブルの上に乗っている。
「なんかさっき、ちょっとキレ気味の神崎さんが持ってきてたぞ」
「そうなのか」
浩太朗は、チョコレートをポケットにしまい、テーブルを畳んだ。
忘れ物がないかをしっかり確認した後、新幹線が停車するのを待った。
減速し始めてから数十秒後、完全に車体が止まると、出入り口の扉が開き、次々と生徒が出ていった。
浩太朗もタイミングを見計らって、新幹線の外へ出る。
いつのまにか、反対側の列に座っていた賢弥と隼人とも合流し、4人で固まったまま流れに沿って歩いていった。
「浩太朗と龍谷が寝てるせいで、ワードウルフできなかったじゃねえかよ」
賢弥と隼人は、新幹線に乗っている間はずっと起きていたらしく、途中からやることがなくて暇を持て余すようになった。
そこで賢弥が、ワードウルフというゲームをやろうと、浩太朗たちに声をかけようとしたところ、すやすやと眠っていたため、本来4人くらいで遊ぶはずのワードウルフを2人でプレイしていたのだ。
しかし2人でワードウルフをしたところで何も楽しくもないので、1分で飽きてしまったのだという。
「すべては席が悪い……」
隣に歩いていた隼人が、そんなことを呟いた。
相当新幹線の中で暇だったのか、言葉には少し怒りが含まれている。
「それを言うなら前2人に言えよ」
「賢弥にはさっき何回も言った」
浩太朗たちは最前列に座っていたが、後ろには同じクラスの女子が座っていた。
つまり、一つ前の車両に同じクラスの男子がいるということだ。
「どう考えたらこんな配分になるんだよ」
「指定席取るのも大変だからな。まあ、まだ一般客と一緒の車両になるよりはマシだろ。そいつらはそもそも騒ぐこともできないからな」
「俺も騒げてないんですけど」
「そんな暇だったなら、単語帳でもよんでたらよかったのに……」
浩太朗は、新幹線やバスの移動中に暇つぶしできるものとして、単語帳と文庫本を1つずつリュックの中に入れておいたが、結局寝てしまったので読んでいない。
「修学旅行に単語帳なんて持ってくるわけないだろ。遊びに来てんだぞ俺らは」
「学びに来てんだよ。少なくとも1日目だけは遊ぶ気抑えろ」
このあとはバスで長崎まで行き、原爆資料館で被爆体験者の公演を聞いた後、資料館を見て回ることとなっている。
「しょうがねぇ……、しっかり話聞くか」
「ああ、そうしとけ。実際に被爆した人の話を聞ける機会なんてなかなかないぞ。……おっ、点呼か」
駅を出たところで、先に到着していたクラスメイトが浩太朗たちのことを呼んでいた。
ようやく同じ班以外のクラスメイトと話すことができた隼人は、先ほどまでのテンションの落ち具合がまるで嘘かのように顔を綻ばせていた。
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