第55話 かっこいいは重罪
生徒全員の点呼が取れると、1組の生徒から順番にバスに乗りこんでいく。
新幹線とは別にバスの座席があり、クラスメイトは次々に自分の座席に着席する。
浩太朗の隣には誰もいないため、気を遣う必要もなく寝ることができる。
シートにもたれかかり、寝る体制に入った時、誰かに肩を突かれた。
後ろを見ると、座席の上からなつめが顔を覗かせていた。
「こうたろっ!」
なつめが後ろの席だということは知ってはいたが、いつもは隣にいるなつめが、後ろにいるというのが違和感を感じる。
「どうかしたか?」
「なんか、せいちゃんがこうたろうとお話ししたいらしい」
「せいちゃん……?」
浩太朗がなつめの発言に困惑していると、先ほどなつめから送られてきた写真に写っていた薄い青色の髪をしている女子生徒が小さく顔を覗かせた。
「は、初めまして……。
青果と称した女の子は、おどおどした様子で浩太朗に挨拶をした。
浩太朗は青果と目を合わせようとしたが、彼女は人見知りなのか、目線を逸らせてしまった。
「初めましてじゃないでしょ!クラス一緒だし!」
「で、でもっ、話すのは初めて……」
「去年も同じクラスだったなら、一回くらい話したことあるよね!?」
「……ないです」
「確かに、人と話す気が全くないこうたろうと、緊張して上手く話せないせいちゃんで会話が成立するわけないか……」
「だ、だからこうして、練習しようと……!」
青果となつめの会話は続いていくのだが、この会話の中に一つ気になる点があり、浩太朗はそれについて考えていた。
なつめが言うには、青果とは去年同じクラスだったらしい。
浩太朗は、記憶機関の奥底に眠っている去年の記憶を呼び覚まそうとする。
(誰だったっけ……?見たことはあると思うんだけど、名前が出てこねえ。結構名簿前の方だったと思うんだが……、確か……)
「
数分かかってしまったが、やっとのことで名前を思い出すことができた。
記憶の中の顔とも一致した。
「こうたろうが人の名前覚えてるなんて珍しい!それも話したこともないのに」
浩太朗が青果の名前を思い出している間にも、なつめと青果は会話していたのだが、青果の名前が出ると、なつめは浩太朗に意識を向けた。
「去年隣の席だったから。……まあ、一回も話したことないけど」
「え、何それ初耳なんだけど!どういうことせいちゃん!そんなこと一度も話さなかったよね!」
去年の思い出がない理由の一つに、隣の席の人と全く話さなかったというのもあるだろう。
話しかけられれば答える方針を取っていた浩太朗であるが故に、隣の人が話しかけてこなければ、話すこともなかった。
一度話すタイミングを失い、それから学年が終わるまで一度も話さなかったのである。
「だ、だから、神崎くんが言った通りで……。わたしが、臆病だから話せなくて……」
「今がこうたろうと話せるせっかくのチャンスだよ!」
「ま、待って……!心の準備が……!」
青果がシートの裏に隠れ、浩太朗の視界から消えた。
後ろからなつめが青果を励まそうとする声が聞こえてくるが、そんなやりとりをしているうちに、バスが走行を開始してしまった。
走り始めてから数分が経った時、バスが走る音にかき消されるくらいの声が聞こえてきた。
「神崎くん、わたしのこと、覚えてますか?」
浩太朗は、もしかしたら青果が話しかけてくるかもしれないと思い、聞き耳を立てていたので、小さな声でもすぐに反応できた。
「覚えてるよ、1年間隣に座ってたからな。いろいろ参考にさせてもらってた」
「覚えていてくれて、よかったです」
顔を合わせていなければ、少しは緊張が和らぐのか、普通に会話が成立していた。
入学したての頃は、他人と話す気がなく、とにかく友達を作らないことに専念していた。
そんな中、隣の席になったのが青果である。
青果は、人と話すことが滅多になく、放課中は1人で席に向かって本を読んでいるような子で、他の人を引き寄せないような雰囲気に浩太朗は惹かれた。
浩太朗は、気付けば青果の真似をするようになった。
彼女を手本に、人と話さない、人を寄せ付けない振る舞い方を習得した。
今の浩太朗の人との接し方は、ほとんど青果から得たものである。
青果は、自分の臆病な性格が好きではなさそうなので、そんなことを本人に言えば、彼女を傷つけるだけになってしまうかもしれない。
「今の神崎くんを見ていると、去年、神崎くんがあんまり人と関わっていなかった原因が、わたしにあったんじゃないかな、って、ずっと謝りたかったんです」
「いやいや、そんなことないよ。人と極力話したくなかっただけ」
「それなら、よかったのですけど……、今まで誰とも話さなかった神崎くんが、人とお話ししているところを見ると、なんだか置いていかれたような気がするんです。もしかしたら、神崎くんは、わたしとおんなじ種族なのかもしれないって思っていましたから」
「俺で良ければ付き合うけど」
「待って待って!どこまで話が展開してるの!?せいちゃん!こうたろうはわたしのものなんだからね!」
今まで会話に参加していなかったなつめが、焦った様子で青果の肩を軽く掴み、体をゆすった。
青果の小さな悲鳴が聞こえてくる。
「誤解だってば……!」
「じゃあ付き合うってどういうことなの!」
「は、話し相手ってことだよ、きっと」
「こうたろう、ほんと……?」
浩太朗に好きだとは言ってもらえたが、交際をしているわけではないので、まだ安心ができないなつめ。
話の内容をさっぱり聞いていなかったので、「付き合う」というワードに敏感に反応してしまったのだ。
「どう考えても、蒼井さんみたいな可憐な人に、俺は不似合いだろ」
「せいちゃんがかわいいってのは揺るがぬ事実だけど、その言い方だと、わたしがかわいくないみたいに聞こえるから!」
「可憐とかわいいは少し違うだろ。まあ、蒼井さんも十分かわいいと思うけど」
「わ、わたしなんて、かわいくなんかないですよ……!一度も言われたことないですし」
浩太朗には、青果の顔が見えていないため、彼女が照れていることが分からない。
本人にその気はないが、照れている青果に追い打ちをかける。
「みんなが蒼井さんの魅力に気づいてないだけだよ。少し臆病なところも、個性があって俺は好きだな」
「えっ、と……」
彼女の性格のせいなのか、もしくは照れてしまっているからなのか、青果は上手く言葉を発せず、顔を赤く染めている。
「せいちゃん!こうたろうの言葉を真に受けたらダメだから!あの人は何も考えずに言ってるだけだから!」
なつめは、そんな青果を、手遅れにならないよう、現実に引き戻そうとした。
「臆病なところが、好き……」
「だから信じたらダメだって!臆病なとこを克服したいんでしょ!?」
「そ、それでも、好きでいてくれる人がいるなら」
「お願いだから堕ちないで!」
原爆資料館に着くまで、なつめは青果を説得し続けた。
そして、浩太朗の仲介人には一切ならないと、心の内で誓ったのである。
バスを降りた後、なつめは浩太朗を引っ張り、クラスメイトが話を聞きとれない程度の距離をとった。
「なんだよ。もうすぐ点呼だぞ」
なぜ引っ張り出されたか見当もつかない浩太朗。
それでも、何か話がありそうだということは、なんとなく雰囲気で察することができた。
「ねえ、さっきせいちゃんと話してたじゃん?」
「少しだけな」
「そのとき、せいちゃんの事かわいいだとか魅力的だとか言ってたけど、言わない方がいいよ」
「なんで?なつめは言われたら嬉しいんだろ?」
「そんなの誰でも嬉しいに決まってるから。そんな言葉を誰にでも使ってたら、何人かはこうたろうを好きになったりするの」
「それはないだろ。もしそうなら、蒼井さんが、もしかしたら俺のことを好きになっちゃうってことでしょ?」
「そうだって言ってるんだけど。人間が誰かを好きになるきっかけなんてほんとに小さな事なんだって」
浩太朗がなつめへの想いを育んだのは長い間であるが、そのきっかけとなったのは、何気ない会話の中に生まれたなつめの笑顔であることに気づいていた。
「わたし以外の彼女ができたら許さないから」
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