第59話 取り締まり
ババ抜きだけで十分に満足した賢弥たちは、少し早いけれど、食事会場に行こうと言い出した。
エレベーターに乗って食事会場に向かうと、既に待機をしていた教員が驚いた顔をしていた。
学年全員約360名と、教員が入りきるような巨大なホールに、円形のテーブルが等間隔に置かれていて、その周りに椅子が並べられている。
30分くらい早くきてしまったので、持ち手無沙汰な浩太朗たちは、エレベーターの前で雑談しながら時間が経過するのを待った。
すると、学年主任が、暇そうな4人の元へやってきた。
「お前ら、班で揃ってるなら先にとってきていいぞ。1組の何班だ」
「1班っす」
「あっ、でも、取りにいってはいいけど、食べるのは少し待ってろよ。テーブル全員が準備できたら勝手に食ってていいからな」
「了解です」
班長である賢弥が、学年主任に対応し、許可をもらってから食事をとりに行った。
食事はバイキング形式で、数十種類ある料理のうちから自分が好きなのを取って食べるという感じだった。
「高校生にしては豪勢すぎないか?」
「カレーもあるのか、食べ尽くしてやろうかな」
「無くなったら新しいのが出てくるだろ」
運動部所属の浩太朗を除く3人は、目の前に並べられた料理に目を輝かせていた。
そして、普段外食をしない浩太朗は、非日常的な料理を目の当たりにして、足がすくんでいた。
節約という形で自炊しているので、普段は簡単かつスピーディーに作ることができる庶民的な料理しか食べない。
少しでもお金を抑えられるなら、食事も貧相なもので十分だと思っていて、カレーに牛肉が入ることはまずなく、肉じゃがなのに肉が入っていないなんてことはいつものことだ。
そんな浩太朗が、バイキング形式の食事なんかを体験しているわけがないので、食器が並んでいるスタート地点で止まっていた。
「どうした浩太朗、とらないのか?」
「えっ、あっ……、とります」
ここにきて、早くこの場所に来てしまたまたことを後悔してしまった浩太朗は、恐る恐る食器をプレートの上に置いて進み始める。
横にいる龍谷の動きを見ながら、ちまちまと料理をとって行く。
「お前の皿、めちゃめちゃカオスだな。全種類とってんのかよ」
動きのおかしい浩太朗を見て、龍谷は浩太朗のプレートを指さして笑った。
「なにが正解なんだよ」
「え、もしかしてバイキング初めて?」
浩太朗は、コクリと首を縦に振った。
浩太朗がネタとして全ての料理をよそっているのかと思っていた龍谷だったが、浩太朗の反応を見て、わざとではないことを知った。
「浩太朗って、ところどころ常識が抜けてるよな」
「悪かったな、非常識で」
「それはそれで面白いからいいんだけど」
龍谷の後をついていきながら、龍谷の勧めの料理を皿の中に入れて行く。
結果的に、料理が混沌としている皿が1枚と、肉がメインで入っている皿が1枚を持って、会場の1番角にあるテーブルの席に着席した。
「お前ら野菜ないんだな」
みんなが運んでくる料理が、ひとりひとり違うので、それを見て楽しむのもバイキングの面白さの一つだ。
「あれだけおいしそうな肉があるのに、野菜を入れる方がおかしいだろ」
「逆に、浩太朗がなんでそこまでグロく盛り付けれたのかを知りたい」
他のクラスメイトが来るまでの間、エレベーターから降りてくる人の群れを観察していると、一際目立つ2人組を見つけた。
その2人というのがなつめと神宮寺である。
遠すぎて、何を話しているのかは聞き取れないが、なつめが険しいかをしていて、神宮寺が笑顔でなつめに話しかけているのだけは見て取れた。
(2人で何話してるんだろ……)
球技大会の日に2人で話していたのは覚えているが、あまり良好な関係には見えなかった。
そして今、不機嫌さを丸出しにしているなつめを見た浩太朗は、何か問題が起きてからでは遅いと思い、我知らず席を立った。
「浩太朗、どこ行くんだ?」
「ちょっとトイレ」
浩太朗は、ゆっくりと2人の元へ向かった。
ホール内の生徒の数は、浩太朗がきた時よりも増えていて、浩太朗が至近距離まで近づくまで気が付かれなかった。
「あっ!噂をすれば神崎君!」
先に反応したのは神宮寺で、浩太朗を視認すると、駆け足で駆け寄ってきた。
「今日は何かよく会うよね!」
「今は俺から話しかけにきたからな」
「神崎君の方から会いにきてくれるなんて……!ボクのこと好きになっちゃった?」
浩太朗が話そうという意思があって誰かに近づいたのはこれが初めてだ。
神宮寺は、口元をニヤリとさせて、視線をなつめに向けた。
「ちょっ!ストーップ!神宮寺さんこうたろうと近い!半径1メートルは離れて!」
なつめは、スタートを切るのに遅れ、後から、焦った様子で浩太朗と神宮寺との間をとりもった。
「神崎さん、そこに立たれるとすごく邪魔だから、どこかに行っててもらえるかな。ボクと神崎君がお話ししてるんだけど……」
「こうたろうは神宮寺さんに会いにきたんじゃなくて、わたしに会いにきたの!近づくの禁止!会話するの禁止!見るのも禁止!」
なつめは、神宮寺を押し出して、浩太朗と距離をとった。
「神崎君は神崎さんのものではないだろう!?そういうのは性暴力の一種なんだぞ!」
「うるさいなぁ!ほらっ!ご飯取り行くよ!」
「あぁ!神崎君助けて!神崎さんがボクのことを誘拐しようと……!」
瞬く間に、神宮寺がなつめに手を引かれて行列に連れて行かれた。
取り残された浩太朗は、連れて行かれる神宮寺を呆然と眺めていた。
「あいつら、仲良いんだな」
なつめが何かやらかすのではないかと心配して2人の様子を見にきたのだが、それはただの杞憂にすぎなかったのだと、食器が置いてあるところで揉めている2人を見て思った。
自分はここに突っ立って何をしているのだろうと、ふと我に帰った浩太朗は、龍谷たちの元へ戻ろうと、その場を後にしようとした。
「こうたろうくーん!やっほー!」
「ぐはっ……!」
体の向きを変えて、踵を返そうとした瞬間、背中に重たい衝撃が走った。
突拍子もなく突撃してきたので、何の対策も講じてなかった浩太朗は、みくの体当たりをもろに受けた。
みくの体重が、もう1、2キロ重かったら、全身から崩れ落ちていたかもしれない。
「次から次へと……!」
同じ建物にいるから当たり前のことではあるが、知り合いに遭遇する確率がどうも高い。
みくは比較的うるさく、神宮寺と似たような区分に入るので、ミクの顔を見るや否や、嫌そうな顔をした。
「どしたの、なんかあった?」
別クラスで、今日の浩太朗についてなんの情報も持っていないみくは、そんな彼の表情を見て心配した。
「なんでもねえよ」
「ふーん……、なんにもない、ねぇ?」
「言いたいことがあるなら早く言ってくれ」
同じテーブルに座るクラスメイトが、現在進行形で料理をとりにいっている。
人に待たされている立場から、人を待たせる立場に逆転するのは時間の問題である。
言いたいことを頭の中で整理したみくは、大きく息を吸い込んで、浩太朗に向けて攻撃の矢を放った。
「こうたろうくんの女たらし!不誠実!浮気者!なつめちゃんを悲しませるなんて許さない!」
「は?何言ってん……」
「という不満を、神崎なつめ様から頂いております。弊社としても、迅速かつ丁寧にこのクレームに対応していきたい所存でございます」
みくは、自分のスマホのロックを開けて、なつめとの会話の一部を見せつけてきた。
そこには、浩太朗に対する愚痴が書き込まれており、内容はほとんど、今みくが言ったものである。
「俺が社長になった覚えはないし、もし社長だったとしてもみくを雇うことはまずない」
みくを部下にしたところで、浩太朗が相手であるなら、たとえ浩太朗がみくの上司だったとしても、平気で命令してくるだろう。
そのような、扱うのが面倒くさいみくから離れようと、その場から逃げようとしたが、みくが回り込んで行く手を阻む。
「それはどうでもいいけど、彼女を放っておいて他の女の子と遊んでるのはあまりにも酷いと思うよ?」
「まだなつめの彼女になったわけじゃない」
「まだ、ってことはいずれなる可能性が!?」
「あったとしてもあんたには関係がない」
「大アリだよ!わたしたち、親友でしょ?」
「昇華させんな。友人の彼女ってだけだ」
目の前の障害を避けて進もうとしても、その障害は再び浩太朗の前に現れてくるので、避けようにも避けれない。
そんなとき、テーブルについていた龍谷と目があった。
みくから逃れられるチャンスだと思い、浩太朗は龍谷に、来いというハンドサインを送った。
浩太朗の真剣な表情と、浩太朗からメッセージを送ってくるという稀有な出来事が、龍谷をすぐに行動させることとなった。
「ごめんなさい、お宅の彼女さんが迷惑ばかりかけてくるんで、どうにかしてくれませんか?」
「ちょっ!わたしを売る気!?」
「うるさい。早く失せろ」
「申し訳ございません、すぐに連行いたします」
駆けつけてくれた龍谷に被害を訴えると、龍谷はみくの腕を持って、みくのクラスメイトの元へ連れて行った。
浩太朗が席に戻ると、数十秒後には龍谷が戻ってきた。
「よしっ!みんな揃ったな。では、いただきます!」
賢弥がテーブルを一瞥し、全員座っていることを確認して手を合わせた。
「「「いただきます」」」
賢弥の後に続き、他の人も手を合わせて料理を食べ始める。
やはり、修学旅行ということもあってか、話題が尽きることはなく、浩太朗にとっては過去1番の夕飯となった。
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