第58話 運ステータス

「うわ、綺麗だな」

 ホテルに入った瞬間、浩太朗は思わず感想を口に出していた。

 小中学校の修学旅行とは、人数の規模が違っており、小さな宿には収まりきらないため、全員収容できるようなホテルともなると、ある程度大きいホテルとなってくる。

 エントランスの床は、おしゃれなタイルが張り巡らされていたり、天井にはシャンデリアがついていたりなど、洋風な内装で、普段何の飾り付けもされていない学校という場所で過ごしている高校生にとっては、非日常感が感じられる。

「よっし、とりあえず部屋に向かうか」

 学年主任から鍵をもらってきた龍谷とともに、エレベーターに乗って、自分たちの泊まる部屋のある階まで上った。

「15階なんだな」

「そう、最上階。景色が楽しみすぎる」

 浩太朗は、ホテルの部屋割りの話し合いにも参加していなかったので、部屋の番号も、誰と一緒の部屋かも知らなかった。

 龍谷と同じ部屋になるというのはある程度予想できていたのと、少し望んではいた。

「浩太朗、部屋に行ったら何する?」

「うーん、わからん」

 新幹線やバスの中で十分睡眠を確保したので、今はもうあんまり眠たくなく、それに、ホテルで単語帳や文庫本を読む気にもなれなかった。

「暇ならトランプしようぜ、賢弥と隼人も呼んでさ」

「まあ、せっかくなら」

 浩太朗は、長い間トランプという物で遊んでこなかった。

 実家にトランプがなかったわけではなく、単純に遊ぶ相手がいなかったのだ。

 蓮斗と遊ぶ時は、基本的に外でサッカーをしていて、飽きたら他のスポーツをするなど、家の中で遊ぶということはほとんどなかった、

 家の中で遊ぶのは雨が降った時なんかで、家からコントローラーだけを持って龍谷の家に行き、一緒に家庭用ゲーム機で遊んでいた。

 トランプを誰かと一緒にやるというのは小学生ぶりなので、ゲームの種類もルールも、若干頭の中から抜け落ちている。

「浩太朗のスマホ鳴ってないか?」

「え?あ、ほんとだ」

 制服のポケットを上から触ってみると、龍谷の言う通り、スマホからバイブ音がし、定期的に振動が伝わってきた。

 浩太朗は、スマホを取り出し、相手を確認すると、スマホの画面にはなつめの名前が表示されていた。

 まだ部屋に着いていないので、周りにいる他の客の迷惑にならないためにも、その電話を無視した。

「おい、出なくてよかったのか?」

「後で折り返し電話かける」

 エレベーターが15階に到着し、浩太朗と龍谷は、案内に従って宿泊する部屋に向かった。

「ねえ、俺が鍵開けていい?」

「えっ、あっどうぞ」

 龍谷は、ポケットから先ほど学年主任から渡されたカードキーをドアにかざした。

 すぐに、ガチャリという鍵の開く音がすると、取っ手についているランプが赤色から緑色に変わった。

 本当はこの時点で入れるのだが、龍谷はなぜか、時間が経ってランプが赤色に戻った後、もう一度緑に点灯させてから部屋のドアを開けた。

「何がしたかったんだ」

「いやいや、カードキーを使う機会なんて滅多に無いから、遊んでただけ」

「遊ぶなよ」

 浩太朗は、普段カードキーを用いて暮らしているが、最新の家でない限り、一軒家において、玄関の鍵がカードキーという家は少ないだろう。

「失礼しまーす!」

 部屋に入ると、左手にクローゼット、右手に浴室があり、まっすぐ行くと、大きな空間に出て、そこにテーブルやらテレビ、ベッドなどが置いてある一般的なホテルの構造だった。

 龍谷が、カードキーを専用のところに刺すと、部屋の電気が開通した。

 浩太朗は、ベッドの1つに腰掛け、スーツケースを床に置いた。

「よっしゃ浩太朗!今から晩御飯まで遊ぶか!今から賢弥たちの部屋に突りにいくぞ!」

「ハイテンションだなぁ……」

 眠くはないものの、長時間の移動により体が疲弊しているのは変わりない。

「待って、その前に電話するわ。先に行っててくれ」

「分かった。賢弥たちの部屋は1524な」

 浩太朗は、なつめから着信がきていたことを思い出し、龍谷が部屋を出て行った後に電話をかけ直した。

 スマホを手に持っていたのか、電話をかけると、ワンコールもしないうちに繋がった。

「『もしもし、聞こえる?』」

「聞こえるよ、何かあった?」

 大事な用事でなければ文章で送ってくるはずなので、よほど大切なことなのだろう。

「『急用ってわけじゃないんだけど……、今から会えないかなー、って』」

 電話越しのなつめの表情を読み取ることができないので、ただでさえなつめの気持ちを読み取れない浩太朗にとっては、今画面の向こうのなつめが何を考えているのかが全くわからない。

 文章だったらさらにわからなかっただろう。

「会って話さないといけないことなのか?」

「『いや、別にそういうわけじゃないんだけど……、顔をあわせてないと、不安っていうか』」

 何が不安なのかを聞きたかったが、龍谷たちを待たせてしまっているので、話を切り上げることにした。

「うーん、まあいいけど、夕飯の後でいいか?今から用事あるから」

「『わかった、じゃあまた後……、用事?用事って何?』」

「友人の部屋に遊びに行くだけだ。じゃ、また」

「『え、ちょ、まっ……!』」

 浩太朗は電話を切り、機械に刺さっているカードキーを抜いて、龍谷が言っていた1524号室に向かう。

 15階は貸切状態なのか、そこらじゅうで同じ高校の制服を着た生徒とすれ違った。

 部屋の前に着き、浩太朗が扉を2回ノックすると、「どうぞー!」という声が聞こえた。

 扉を開けると、奥の方でトランプをして遊んでいるのが見えた。

「案外早かったんだな。てっきり15分くらいは来ないかと思ってたわ」

「すぐに終わらせたからな」

 龍谷はベッドの上で座っていて、テーブルの上でトランプをしている賢弥と隼人を傍観していた。

 浩太朗は、テーブル全体の様子が見えるように、立って2人を観察する。

 2人の手の動きや、部屋の静寂具合から、盤面を見るまでもなく何のゲームをしているかはすぐに分かった。

 スピードというゲームで、トランプの遊びといったらまず最初に挙げられる遊びの一つだろう。

「よっしゃ、俺の勝ち!」

「隼人強くね!?」

 ちょうど試合が終わったようで、隼人が賢弥相手に圧勝していた。

「なんかズルしてんじゃねえの?」

「俺の山シャッフルしたの賢弥だろ。しかも入念に」

 浩太朗が部屋に入る前にも何試合かしていたようで、会話から察するに、隼人が連勝しているようだ。

「浩太朗もきたことだし、4人でババ抜きしようぜ」

 龍谷は、ベッドから立ち上がって、トランプの箱に入っていたジョーカーを1枚だけ取り出し、机の上に置いた。

「おっけー。このままスピードやり続けても隼人が圧勝するだけだし」

「ごめんだけど俺、ババ抜きでも圧勝するわ。ごめんな、俺だけ楽しくて」

「ぜったい隼人だけは潰す。スピードで何回負かされたと思ったんだ」

「少なくとも5連勝してるぞ」

「じゃあババ抜きで10連勝するわ」

 龍谷が、スピードによって散らかったトランプを回収し、シャッフルし始める。

 シャッフルが終わると、人数分に分けてトランプを配り始めた。

(懐かしいな……、小学生振りか)

 自分の目の前にトランプが配られる光景を目にした時、今は無くなってしまった親戚の集まりを思い出した。

 その時は、家族になる前のなつめと一緒に遊んでいて、距離で言えば今よりもずっと近かった。

 関係が複雑じゃなかったのと、当時は子供だったということもあって、ボディタッチなども平気でできたからだろう。

 龍谷がトランプを配り終えたところで、浩太朗は配られたカードの束を手に取った。

 そして、同じ数字のカードのペアを捨てていく。

「うわ。俺めっちゃ残ったわ」

 スピードに続き、つくづく運のない賢弥は、カードを扇子状に並べて仰いでいる。

 それに対して、隼人は残り3枚と、2回ペアを作ることができたのならあがれるという状態だった。

「じゃあ、ジャンケンで勝った人から時計回りで」

 ジャンケンは隼人が勝ち、龍谷から1枚を引いてスタートした。

「あっ、揃った」

「は?ズルくね?格差社会だ」

 開始してから2、3周は簡単にペアができて、1人2枚くらいに落ち着くのだが、賢弥は開始時点で残り枚数が多かったので、3周回った時にも5枚残っていた。

「はい、あがり」

「は?流石におかしいだろ。俺あと5枚あるんだけど」

「まっ、俺が最強だったってことだ」

 勝っても負けても、何かを得ることもなく何かを失うこともないのに、なぜそこまでやる気になれるのか。

 そんなことを思いながらも、浩太朗は賢弥から最後のペアを捨ててあがった。

「2位抜けだな」

 残るは龍谷と賢弥だ。

 ジョーカーは賢弥の元にあり、スタートから1ミリも動いていない。

 浩太朗がどこにジョーカーがあるかを見抜いていたからである。

「うわ、最悪。引いたわ」

「ようやく消えてくれたぜ……」

 初めてジョーカーが手札から無くなった賢弥は、ようやく安堵の息をついた。

 しかし、運悪く2分の1を外した賢弥の元に再びジョーカーが回ってきた。

「ははっ……!なんだこれ」

「ババ抜きです」

 龍谷が、ジョーカーじゃない方のカードを引き、ゲームを終わらせた。

 所詮ババ抜きは運が伴ってくるゲームなので、隼人が強いのと、賢弥が弱いのはたまたまだと思っていたが、3試合目が終わった時、科学的にものを考える浩太朗でさえも流石におかしいと思うようになった。

「もう一生やらねえわ、こんなクソゲー」

 隼人が3連勝で、賢弥が3連敗という結果に終わった。

「ドンマイドンマイ、そういう日もある」

 勝って気分が上がり調子の隼人と、負け続けて下がり調子の賢弥。

 本人たちがどう感じているかはわからないが、見ている方は面白かった。

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