第57話 お邪魔虫
鬱陶しかった神宮寺が去ったあとは、龍谷と隼人が戻ってくるまで、本を読んで過ごした。
賢弥は、腹痛だか、吐き気があるのか、トイレから帰還したのは龍谷たちが浩太朗と合流した後のことだった。
何があったのか知りたい龍谷に、賢弥の資料館内での様子を伝えると、最初は必死に笑いを堪えていたものの、前を歩いている賢弥を見て、グロい系にビビる賢弥を想像しまったのか、本人の前にも関わらず盛大に吹き出していた。
浩太朗たちを待つバスが止まっている駐車場まで、見てきたものについて話し合いながら向かった。
龍谷と隼人は、浩太朗たちよりも長く資料館に滞在していただけあり、たくさんのことを覚えていた。
浩太朗はてっきり、龍谷たちは原子爆弾の模型に気を惹かれていただけで、他のものには興味はないように思えたが、浩太朗が思った以上に、龍谷と隼人は歴史に関心があるようだった。
一方浩太朗は、神宮寺との会話の方が刺激が強く、展示物などは曖昧としか覚えていない。
写真撮影が禁止されていたので、写真に残すこともできておらず、惜しいことをしてしまったと、心の中で神宮寺を恨むのであった。
クラス全員がバスに乗り込むと、バスはホテルに向かって走り出した。
講演を聞き、歩き回って疲れたのか、バスの中は行きのバスよりも静かだった。
やけに静かな後ろの座席が気になり、後ろを見ると、なつめと青果が肩をくっつけながら寝ていたので、浩太朗も目を閉じて、寝る体勢へと入った。
小刻みに振動するバスに揺られながら、浩太朗はすーすーと寝息を立て始めた。
「『では、もう少しでホテルに到着いたしますので、周りに寝ている方がいらっしゃいましたら、声をかけて起こしてあげてください』」
バスガイドさんが、マイクを使ってアナウンスすると、その声でほとんどの生徒が目を覚ました。
しかし、朝から体を酷使し続けた浩太朗は、疲れ切っていたためか、アナウンスがかかってもなお、スヤスヤ眠っていた。
「こうたろう、もうすぐ着くって」
なつめが、眠り続ける浩太朗の体をつついたが、反応が無かった。
体を揺すったり、叩いてみたりするも、なかなか起きない。
「な、なつめちゃん……?何しようとしてるの?」
「なかなか起きないからイタズラしようかなって」
「やめたほうがいいんじゃ……?後から神崎くんに怒られても知らないよ……?」
「大丈夫だって、写真撮るだけだから」
なつめは、浩太朗が寝ているシートを限界まで後ろに倒すと、自身のスマホのカメラを起動させた。
そして、浩太朗の身に体を近づけると、浩太朗となつめが一緒に写る画角でカメラを構えた。
「せいちゃんも撮りたい?」
「へ?い、いいの?」
青果は、なつめが浩太朗とのツーショットを撮っているのをみて、自分も撮ってみたいと思ったのか、ポケットに入っているスマホを取り出そうとした。
「あー、やっぱりダメ。こうたろうが嫌がっちゃうかも」
なつめは、すぐに発言撤回して、青果がスマホを取り出そうとするのを制止した。
「で、でもなつめちゃんは……」
「わたしは家族なんだからいいの!そう!家族だから!」
「で、でも、ちょっと前に、なつめちゃんは、神崎くんとは、兄妹だけど、血は繋がってなくて、あんまり話してこなかったって」
「わたしは過去を振り返らない主義なの。大事なのは今」
なつめは、より良い画角を探して、カメラの向きやポジショニングを考えながら、そんなことを言った。
「し、新幹線の中で、前回のテストの結果悔やんでなかった……?」
「み、未来に向けてのことだからいーの!」
なつめは、気が済むまで写真を撮った後、なつめは突然、浩太朗のポケットの中を探り始めた。
しかし、制服のポケットや、リュックの中身を全て見たが、お目当ての物はなかった。
新幹線の中で浩太朗とはメッセージを送りあっていたため、どこかにはあるはずなのだが、どこにも見当たらない。
「な、何してるの……」
青果は、なつめの不審な行動に怯えながらも、じっとなつめのことを見ていた。
「あった!」
なつめは、座席の下に直方体の物体が落ちているのを発見した。
「スマホ……?」
「そうそう。……えいっ!」
浩太朗のスマホを、腕を伸ばして拾い上げると、勝手にロックの解除をして、スマホを開いた。
「な、なんで、神崎君のスマホのロックを開けれるの?」
「いつも一緒にいるからね、パスコードくらいわかるよ。こうたろうはわたしのこと警戒してないみたいで、わたしの目の前でも平然とパスコードを入力するの。断っておくけど、わたしが盗み見たわけじゃないから」
なつめは、スマホの画面を操作して、メッセージアプリを探した。
そして、メッセージアプリのアイコンの右上には、未読メッセージがあることを表すマークがついていた。
「あっ、通知きてる。公式からかな?」
スマホのロック画面を見た時、通知センターには通知が表示されていなかったので、何らかの公式からのメッセージであると推測したなつめ。
「そ、それはやめたほうがいいんじゃ……」
「大丈夫だって。こうたろうのことだし、どうせ面白い会話なんて……」
なんの躊躇いもなく、そのアプリを立ち上げると、そのメッセージの送り主を見て眉を顰めた。
「神宮寺……?」
名前を見た瞬間、球技大会の時に少しだけ話した黒髪少女の姿が、瞬時に浮かび上がってきた。
「球技大会の時の女……!」
なつめは、左手で髪の毛を鷲掴みにした。
なつめと神宮寺は、球技大会の日に一度だけ会話したことがあるが、なつめは神宮寺に対してあまりいい印象を持ってはいなかった。
「どうかしたの……?じ、神宮寺って、生徒会長の人だよね?」
なつめは、青果に返答している余裕もなく、既読がつかないように直前のやり取りを確認した。
メッセージのやり取りは約30分前のもので、バスに乗ってから数分経ってから行われていた。
脳内に、球技大会の日の神宮寺のボイスが再生される。
なつめは、それを排除するように首を振って、もう一度、2人のやりとりに目を向けた。
『これ、さっき話してたひつまぶし』
『結構ウナギ入ってんのな』
『修学旅行終わったら一緒に食べにいこーよ。久しぶりに食べて、ウナギリベンジしたい』
『俺とじゃなくて友達と行ってこいよ』
『ボクは神崎君のこと友達だと思ってたのに……』
『生徒会長様とお出かけなんて、俺にはおこがましすぎてできないです』
『友達としてじゃだめなの!?』
会話はここで終わっていたが、メッセージボックスの中には、『本当に行きたいなら、空いてる日をまとめて送ってくれ』という文字が打ち込まれていた。
送るのを躊躇ったのか、もしくは単純に送り損ねただけなのか。
少なくとも、このメッセージを打ち込んだのは浩太朗自身であるので、本人には神宮寺に付き合うという意思はあったのだろう。
なつめは茫然として、その会話を眺めていた。
次から次へと現れてくる蚊に対処できなくなっていたなつめは、もっと強力な虫除けスプレーを振り撒くべきだと確信した。
「な、なつめちゃん……?大丈夫?」
「だいじょうぶ、気にしないで」
なつめは、ひとつ前の画面に戻して、他に誰とメッセージを交換し合っているかを見た。
しかし、トークルームは指で数えれるほど少なかった。
普段浩太朗が話し相手としている龍谷との会話は見当たらなく、そもそも連絡先さえ持っていない。
「女の子ばっかり……!」
連絡先を持っていない方がおかしいめぐと、クラスグループに招待されるために連絡先を交換したであろう委員長、龍谷の彼女であるみく、そして最後に高校の生徒会長である神宮寺。
まるで意図しているかのように、浩太朗の連絡先一覧には女性の名前しかなかった。
「粛清しないと、絶対に」
なつめは、神宮寺とのトークルームを削除した後、電話の着信やメールの受信の通知をしない機能をオンにして、浩太朗のスマホをもともと落ちていた場所に戻した。
倒した座席を起こすと、その振動で、あれだけ起きなかった浩太朗が目を覚めた。
「こうたろう、さっきスマホ落ちてたよ」
「ん?ああ、ありがとう」
浩太朗は、落ちていたスマホを拾い、そしてそのまま制服のポケットに突っ込んだ。
「『では、長時間の移動お疲れ様でしたー。今日はこれからホテルで休んで、最終日……、明後日ですかね。その日にもう一度お会いしましょう』
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