第27話 楽しみの後には

 結局、一番最初はみんなで歌う事になり、その後は適当に歌っていった。

 浩太朗が想像していたよりも、各々いろんなジャンルの曲を歌っていたので、何が流行っているかなどは気にせずに、浩太朗も好きな曲を歌う事にした。

 何時間カラオケにいたのかは覚えていない。しかし、カラオケ店を出た時にはすでに太陽は沈んでおり、辺りは暗くなり始めていた。

 6月は太陽が沈むのが遅いため、太陽が沈んでいる時点で、ラーメン屋の開店時刻はとうの昔に過ぎている。

 しかし、浩太朗となつめはそのことをすっかり忘れていた。もちろん、開店から1時間以上が経過した今でもめぐに連絡をしていない。

「おにぃ、やばいかも」

 なつめに服の裾を引っ張られ、スマホの画面を突きつけられた。

 まず目についたのは通知の数で、通知センターにはたくさんのメールが届いており、その全てがめぐからのメールだった。

 浩太朗も、リュックに入っているスマホを取り出すと、同様に大量のメールが届いていた。中には着信も入っている。

「どうしたの?何か予定でもあった?」

 二人のやりとりを見ていたみくが、会話に割り込んできた。

「予定といえば予定になるのか……?どちらにせよ、みくには関係ない」

「そう言われると余計に気になる!」

 すでに開店しているので、電話に出てくれるかは分からないが、とりあえず電話をかけてみることにする。

 みくが喋ると煩わしいので、空いている左手で未来の口を塞いだ。

 本来二人で回していた仕事を一人でまわしているめぐは、忙しいにもかかわらず、1コール目で電話に出た。

「『なに?今忙しいんだけど』」

 声を聞いただけでわかる。これだけキレているのは初めてかもしれない。声色がいつものキレ具合と違うのだ。

「すいません……遅れます」

「『あっそ』」

 めぐはそれだけ言って電話を切った。

 浩太朗は、電話が切れてもなお、耳からスマホを離す事なく、呆然としていた。そして、その場で立ち止まる。左手の力が自然と抜け、みくの口から離れた。

「……どうだった?」

 めぐが怒っていないか心配しているなつめが、おそるおそる聞く。

「やばい」

 という言葉でしか言い表せず。脳内にあったはずの語彙はどこかへ消えた。

「早く行くぞ。さもなければ死ぬ」

 急に足早になった浩太朗。それにに着いていくなつめ。浩太朗の額には冷や汗が浮かびあがっている。

 状況が把握できていないみくは、訳もわからないまま二人についていく。

「ねえ!何があったの!?」

「みくちゃんには関係がないから!これは私たちの問題!じゃあね!」

 みくは駅の近くに住んでいるらしく、駅に入る直前で別れを告げた。

 急いで駅のホームに入り、次に来た電車に乗る。電車に乗ってからは、自分たちの力ではどうすることもできないので、おとなしく座席に座っている事にした。

「私たちどうなっちゃうんだろう……生きて帰れるかな……?」

「こればっかりは俺もわからん。あれだけ怒ってるのなんて見た事ない。みぞおち3発は覚悟してる」

 前に怒られた時は1発で済んだが、今回ばかりは1回では済まされないかもしれない。

 比較的小柄なめぐだが、その拳から放たれる一撃は、とても女性のものとは思えず、一般男子高校生をも凌ぐ一撃だ。

「……そ、それって私もかな?私もだよね……?」

「代わりに俺が殴られとくから、なつめは心配しなくてもいい。これでも妹だからな、兄として守るべき」

 めぐがなつめを殴るとは到底思えないが、もし殴られるようものなら全力で止める。

「妹だけど、妹じゃないし……」

「義理でも妹は妹だろ。妹扱いされたく無かったらそもそもおにぃって呼ぶな」

「そういう事じゃないもん……!」

「は?じゃあどういう事だよ」

「うっさい」

 会話を無理やり終わらせたなつめは、浩太朗と目を合わせないためにリュックに顔を埋めた。

「……おにぃは彼女とかいないの?」

 なつめは顔を埋めたまま聞いてきた。これはなつめが浩太朗に出会ってから一番したかった質問でもあった。

「なんだよ、いなくて悪かったな」

 友達ですら作りたくない浩太朗にとって、彼女なんてもっと作りたくもない。

 友達にしたって彼女にしたって、欲しくないといったら嘘となる。作りたくても作れないのだ。それだけ過去の傷が大きい。

「そうなんだ……よかった」

「よかった、ってなんだよ。はなから俺に彼女ができるわけないって言いたいのか」

「ち、ちがっ!……なんでもない、忘れて」

 そしてなつめはそのまま動かなくなってしまった。そんななつめを不思議そうに見つめていると、電車は目的地に着いていた。

 なつめは電車のアナウンスに気がついていないのか寝ているのかわからないが、立とうともしなかった。

「おいっ!なつめ起きろ。着いたぞ」

 なつめの背中を揺らし、起こそうと試みるが、なかなか起きそうにない。

「起きろ、降り過ごすぞ」

 浩太朗はなつめの顔を持ち上げ、ほおを軽く叩いた。思ったよりもやわらかくて、つねったりしたりした。

 なつめのほおで遊んでいると、電車が止まり、ドアが開いたタイミングでなつめが目を覚ました。

「ん、おにぃ……?ってかあぶなっ!」

 なつめはドアが開いているのを見て、自身の荷物をまとめて急いで電車から降りた。

 駅が大きいおかげで、電車のドアが開いている時間が長く、なつめが起きてからでも十分に余裕があった。

「……ふぅ、あぶなかったー!起こしてくれてありがとね、おにぃ!」

「気にすんな。寝過ごされても困るのこっちだし。まあいい、急ぐぞ!これ以上怒らせたら殺させかねない!走れるか?」

「うんっ、大丈夫!」

 腕時計をチラチラ見ながら、なつめのスピードに合わせて走る。

 そして、店の前につくと、心拍数が上がり始めた。冷や汗が額から流れ、ほおをつたって地面に落ちる。

 こんなに緊張しているのは初めてかもしれない。県大会の決勝ですら、ここまで緊張はしていなかった。

「おにぃ、大丈夫?私が開けよっか?」

「ごめん。すぐ開ける」

 その時開けたドアは、今まで開けてきたドアの中で一番重かった。

 何度も見ている部屋のはずなのに、初めて訪問した友人の家のように、建物の構造が全くわからず、厨房に行くまでのルートを一瞬忘れてしまった。

「どうしたの?早く行こうよ」

 店に入ったところで立ち止まり、動かなくなってしまった浩太朗に、なつめが厨房へ行こうと促す。

 その言葉で我に帰り、記憶が蘇ってきた。

 重たい足を運び、厨房へと赴く。こんなにめぐの前へ姿を現すのが億劫なのは、ここに来て初めてだ。

 脳裏にめぐが怒っている姿が浮かぶ。

 浩太朗が厨房へと入った時、ホールから帰ってきためぐと目があった。

 しかしめぐはすぐに目線を逸らし、仕事へ戻る。関わろうとする意思すら感じられなかった。

「め、めぐさん……遅れました」

 浩太朗がめぐとコミュニケーションを取ろうとするが、めぐは反応する様子を見せず、あたかも浩太朗がいないかのように振る舞っていた。

 無言なめぐよりも恐ろしいものはなく、浩太朗となつめは恐怖で動くことさえ許されない。

(気まずい……絶対気づいてるよね、めぐさん。なんでそこまで怒ってんだよ……!)

 自分が悪い事は重々理解しているが、それでも無断遅刻をしただけでここまで怒られるとは思っておらず、あまりの理不尽さに少し腹が立ってきてしまう。

 とは言っても、何かを言って殴られるのは怖いので、どうすることもできない浩太朗と、どうしたらいいか分からないなつめだった。

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