第41話 思い込み
「それで……?今日は何しにきたんだよ。わざわざ遠いとこまで来て」
今まで、実家から両親が訪れることなんてなく、浩太朗が実家を訪れたことなんかない。
浩太朗が引っ越してからの両親の接触は今回が初めてだ。
当然浩太朗には、のどかが何を考えているのかはわかんないし、何のために会いにきたかはわからない。
浩太朗が質問すると、のどかは浩太朗に向けて手を差し出した。
「修学旅行の健康診断の紙、学校からもらってるでしょ?あれ書かないと、修学旅行に行けないわよね?」
そうのどかが言うと、浩太朗は、つい先日、担任から保護者宛の封筒を受け取っていたことを思い出した。
今まで、保護者の署名がいる書類は、全てめぐに署名してもらっていたが、今回の健康診断に関してはそうはいかない。
「はいこれ。他は?」
「ありがとう。えーと、他には……、あった」
のどかはカバンの中に手を入れると、一つの紙の冊子のようなものを取り出した。
その冊子には見覚えしかない。
「通帳……?」
それは、浩太朗が何度も実家に送り返した通帳だった。中身は見ていないし、その通帳を、梱包という目的以外で触れたことはない。
「生活費よ、受け取りなさい」
「なんで、今更……」
家を出て行くタイミングで渡されたのなら、一人暮らしを始めてから路頭に迷うなんてことはなかったはずだ。
「これを渡す前にあなたが家を出て行ったからよ。あの後、色々と説明しようと思ったのだけれど、こうちゃんすぐ出ていっちゃって、渡す機会がなくなってしまったから」
「色々と説明?」
「そうよ。学校のこととか、お金のこととか、説明しようと思っていたのだけれど……」
実家を飛び出した日のことを思い出した。
あの日は、ショックが大きく、正常な判断ができるような状態ではなかった。
親の声なんて聞きたくもなかったし、自分の居場所のない家から一刻も早く離れたかったのか、両親から遠回しに家を出ていけと言われてから、すぐに荷造りを始めた。
そして、その日のうちには家を出発し、引越し先である、今浩太朗たちがいるマンションにやってきたのだ。
「それで、この通帳も、その時に渡そうと思っていたのよ。生活費も全部この中に入ってるわ」
のどかは、通帳を開いて浩太朗の前に出した。そこには、毎月一定の金額が振り込まれており、それは、去年の3月から現在にまで至る。
そして、そのお金が使われたことは一度もない。
「こんなのいらねえって、何度も何度も送り返してるだろ!今更もらったところでおっせえんだよ!」
浩太朗はつい怒鳴ってしまった。
のどかは知らないのだろう。浩太朗がお金の件でどれほど苦労したのかを。
「それは……、こうちゃんが家を早く出て行ったからで……」
「だから!だったら何で俺を追い出したんだよ!」
部屋中に、浩太朗の怒声が響いた。もしかしなくとも、その声は他の部屋にまで聞こえているに違いない。
浩太朗がこんなに感情的になったのは、間違いなく人生で初だろう。
「だってあなた、とても居心地悪そうにしてたじゃない」
のどかは淡々とそう言った。
しかし、浩太朗はその言葉を理解することはできても、納得することはできなかった。
「たしかに俺はあの家には居たくなかったが、転校させるほどじゃねぇだろ!学校生活も友情も人間関係も全て破壊しやがって!」
右手の拳を握って机を思いっきり殴った。机が壊れるかもといった心配など一切していないし、する余裕もない。
「うーん……」
真剣な顔をしている浩太朗に対し、のどかは、困っているような顔をする。
そんな態度が、さらに浩太朗の苛立ちを加速させる。
「なんでそんな顔ができるんだよ!追い出した本人だろ!?」
浩太朗には、のどかがとぼけているかのように思えたので、苛立ちが最高潮にまで上った。
家に居場所がなくとも、学校には居場所があり、浩太朗を迎えてくれる人もいる。
ただ居心地が悪いというだけで家を追い出されるのはおかしい。
「追い出した、というのは語弊があるんじゃないかしら」
「はぁ!?」
「だって、家を出たいって言ったのはこうちゃんの方じゃない」
「そんなこと言った覚えなんて……!」
そんなとき、実家にいた頃の何気ないのどかとの会話を思い出した。
夕飯を食べ終え、ちょうどなつめがお風呂に入っていて、リビングには、のどかと浩太朗しかいなかった。
その日は体育祭があり、当然親であるのどかは、浩太朗となつめを観に行っていたのだが、夕食中に出た話題はほとんどなつめの話で、その話からはのどかがなつめしか見ていなかったことが伺えた。
「なつめなつめって、そんなになつめの方が大切なのかよ。実の息子よりも義理の娘優先、まあ、こんなの慣れたけどな」
「そんなことないわよ。こうちゃんもちゃんと観てたわ」
当時の浩太朗は、のどかの言っていることがまさか本当のことだとは思っておらず、てっきり気を遣って嘘をついているのだと思っていた。
「別に今更嘘なんかつかなくていいって。……あぁ、さっさとこんな家から離れてえ」
「そんなに家を出たいのなら、高校は一人暮らしする?社会経験にもなるし」
「できるもんならな」
そうして、適当に返事をした浩太朗は、自分の部屋へと向かい、風呂があくまで勉強をすることにした。
「どう?思い出した?」
確かに浩太朗は、家を離れたいと、はっきりと言ったが、高校生に一人暮らしをさせるような親だとは思っていなかった。だからその時は、そうなればいいなと、適当に返事をした。
「たったそんな一言で、一人暮らしさせる親がいるかよ」
「一言?何を言ってるのよ。あの後もう一度話をしたじゃない。志望校を決めるときに」
「志望校?そんなの母さんと父さんが勝手に決めたんだろ!」
浩太朗は当時、蓮斗と同じ公立高校に行くつもりでいた。
公立高校の受験を受け、合否判定も出たのだが、急遽公立高校への入学を取り消し、家から離れた私立高校に通うことになる。
当然、そこには知り合いはおらず、自分の過去を知るものは誰1人としていなかったが、それが浩太朗を変えるきっかけにもつながった。
「何を言ってるのよ。一度担任の先生と三者面談したじゃない」
「三者面談……?」
受験の後、合格報告以外で一度学校に行った事は覚えている。しかし、それが三者面談のためだったかは覚えていない。
その辺の記憶は、思い出したくもない思い出でもあるので、思い出そうとしても、うっすらとしか頭に浮かんでこないのである。
「あなたが適当に返事していたやつよ。ずっと下向いていたから、話を聞いているか不安だったわ」
のどかの不安は的中しており、実際、浩太朗は全く話を聞いていなかった。
そのため、当時のことはほとんど覚えていない。
「……なんだよ、それ。……全部、俺が了承したっていうのか?」
「どうやら本当に話を聞いていなかったようね」
自分に非があることを認め始める一方で、解決されずにいた疑問を問いただす。
「じゃあなんで、出て行く前に家に帰ってくるなみたいなことを」
「言っても言わなくても、どうせあなたは帰ってこないでしょうに」
「そりゃあそうだけども……!帰ってきて欲しくない理由があんだろ!……俺が嫌いならそう言ってくれよ!なつめの方が好きならそう言えよ!」
今まで、のどかは浩太朗に直接、なつめの方を可愛がるなんて言ったことはない。親が自分の息子に向かって言うわけもないので当然のことだが。
なぜそんなことを聞くのかと言うと、今家を出たこの状態なら、昔話してくれなかったものでも話してくれるかもしれないと思ったからだ。
「なんでそんなこと聞くのよ」
「あんたたちがなつめを贔屓して、俺を蔑ろにするから!俺が家を出て行きたいって思えるようになったんだよ!」
「別に贔屓なんかしてないないわ」
「嘘つくなよ!何もかもなつめ優先だっただろ!学校行事に関したって、日常生活だってそうだ!」
「嘘じゃないわよ。授業参観だってちゃんと見に行ったし、体育祭とかも文化祭発表もちゃんと見てたわ。日常は、そうね……、そもそもこうちゃん、部屋から出てこなかったじゃない」
自分が言うことを、次々に否定され、記憶が混乱し、頭がこんがらがってきた。
そんな浩太朗に向かって、のどかはため息をついた。
「はぁ……、こうちゃんの中で何があったかは知らないけど、私たちがあなたに冷たくした覚えはないわ。あなたの勘違いで私を困らせないでちょうだい」
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