第30話 ミカゲの帰宅

 ファルシアとの生活は順調で、私の作る料理を喜んでくれたり、日中は買い物に行ったりと充実していた。

 ファルシアの部屋にも薬草と魔物素材を置かせてもらって、研究も行っている。


 私の持ち物もどんどん増えていき、ミカゲと住んでいる家にも運び入れている。

 どんどん生活感が出てくる部屋に、自分の部屋だという意識が強くなってくる。


 私は注意深く、片付けすぎないように物を置いた。

 ミカゲは今の家にずっと住めばいいと言ってくれているけれど、慣れすぎることは怖い。


 そして、今日は荷物を運びついでに、調合箱を使ってのポーションの研究をするためにファルシアには帰ってもらった。

 防犯用の魔導具を置いて、更に魔法鍵のある部屋に籠る予定だ。

 ミカゲが居ない間は、所有者を私に書き換えてもらったのだ。


 そこまでする必要はない気がするが、ミカゲが心配するからとファルシアに言われれば嬉しくなって従うしかなかった。


 しっかりと鍵を確認して、調合箱を準備する。


「さてさて、頑張ろうかな」


 今日は一日ポーションの研究だ。


 お店の準備はまだまだだけど、取りあえず普通のポーションとは別に何か目玉のものがあったらいいなと思ったのだ。


 このお店ならでは! 的な。


 特級ポーションについては、もし完成してもファルシアからお店に並べない方がいいというアドバイスがあったので、従う事にした。


『そういう特別なものは、特別なお客様に売るものよ』


 商売の先輩の言葉は説得力がすごい。


 通常ポーションは怪我を治すもので、その効能の大きさで低級、中級、上級とある。

 他の薬屋もファルシアと一緒に初めて見に行ったけれど、この三種類のポーションに塗り薬など庶民向けの安価な薬が置いてあるだけだった。


 安価な薬については詳しくないので、ポーション専門になる予定だ。

 他にも汎用性が高い毒消しや軽い状態異常など、良く出回っているポーションを作る。


 新たに値段が安くて範囲が限定的なものを、と思ったけれど値段は魔物素材が含まれるしそこまでやすくならない。

 限定的になると、在庫も増えそうだ。

 となると、高いけれど効能がいいものとなるだろうか。


 ……このままだと高級路線になってしまう。


 でも、稼いでお店を保てるようにもなりたいし、きちんとした金額で家主さんから素材を買いたいし、迷うところだ。


 ……薬師としてのミカゲへのアピールも忘れたくない。


 となると、ある程度凝ったものは作りたい。

 うーん。皆に売るものっていうのは難しい。


 そうだ、身体強化されるようなポーションはどうだろう? 身体強化の魔法はあるけれど、魔法が使えない冒険者もいるかもしれない。一回試作で作ってみよう。


 聞き取りを行って、その中で需要が高いものを作る方がいいかもしれない。後は、とりあえず出来るだけ低級ポーションを作成しよう。


 ミカゲはこないと言っていたけれど、アンジュが来る可能性もあるし。

 アンジュには低級でいいかな。

 雑な気持ちになる自分を可笑しく思いながら、私は素材を揃えていく。


 そうして、ポーションの本数を揃えているうちに、2週間がたった。研究もじわじわと進んではいるが、成果と呼べるものはまだ出来ていない。


「そうそう。ミカゲが戻ってくるわよ」

「え! 本当ですか? ミカゲさんは元気ですか?」

「うーん。多分今夜あたり戻ってくるんじゃないかしら? ギルドから連絡もらったからほぼ確実よ。ミカゲ。リリーちゃんのポーションも持って行ったんでしょう?」

「はい。本数はあんまり持って行けないというので、上級十本ほど持って行っていただきました!」

「上級を十本とは、なかなかの大盤振る舞いねー」

「素材は家主さんのをお借りしましたけどね……。お会い出来たらすぐに返さないといけないです」

「ポーションなんて原価一割もないでしょう。ポーションを作って何本か渡せばそれでおしまいよ。それでも高いぐらいだわ。それに、家主にしたら大した額じゃないわよ」

「家主さんお金持ちそうですもんね」


 思わず遠い目をしてしまう。ファルシアがそんな私を見て、思わずというように笑った。


「リリーちゃんだってかなりのお金持ちじゃない」

「私のはあぶく銭ですけどね。それに、お店が上手くいかなかったらあっという間になくなってしまいそうで怖いです……」

「上手くいくわよ。リリーちゃんは出来る子なんだから。それに、お店のコンセプトも面白いわ」


 ファルシアにそう言ってもらえてうれしくなる。


「じゃあ、もしファルシアさんが困ってることがあったら教えてください!」

「……そうね。ミカゲにも怒られそうだけど、お客第一号としてお店が始まったら何か頼ませていただいていいかしら?」

「もちろんです! お世話になったので、無料で何でも作ります」

「もー。安請け合いしないのよ。でも嬉しいわ」

「ふふふ。あ。ミカゲさんも帰ってくるなら、ご飯作らないとです! 依頼後って食が進まないとかってありますか?」


「依頼後は、普通にいつもの食事が食べたくなるわね……。ミカゲはどうだったかしら。特に食欲がないとかはなかったと思うけれど。そもそも好き嫌いがわからないわ。何でも特に何も言わず食べるわよね」

「ミカゲさんはトマト味が好きで、キノコ類は好きじゃないと思います。トマトときのこの組み合わせって、定番っぽいイメージありますよね」


「ええ。キノコ駄目なの? 今度からかおう」

「わー! 私が言ったって言わないでください!」

「善処はするわ。でも帰ってきたらすぐ言いたい」

「それ、私が言ったってそれすぐばれますよね!」


 そんな風に二人で適当な話をしながらキッチンに向かった。

 すっかりと打ち解けられ、ファルシアはとても頼りになるお姉さまだ。


 **********


「リリー! 無事だったか?」


 きっちり二週間ぶりに帰ってきたミカゲは、少しやせたような気がした。

 綺麗に着こんでいた鎧もかなり損傷が見られた。


 一番目立つのは肩だ。

 肩を守っていたものが、さっぱり消え失せている。


 服には血の跡がべったりついており、布の切れた部分からは肌が見えて、ぞっとする。


「無事じゃないのは、ミカゲさんじゃないですか! 大丈夫なんですか? 肩はどうしちゃったんですか? こんな大怪我……!」

「リリーのポーションがあったから、どれも治ってる。問題ない」


 ミカゲはそういってにっこり笑ったけれど、全然問題有りだ。


「治ったからって……! ミカゲさん、そんな……」


 ぼろぼろのその姿を見たら、私の目からは、涙が流れてしまった。


 会ったときもそうだったし、ミカゲはそういう仕事だって知っていたのに。

 そして、ミカゲがやりたいのなら。それを咎めるようなことはしたくなかったのに。


「わーリリー泣かないでくれ」

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