第31話 打ち明ける

 そう、ミカゲの戸惑った声がする。

 半端に上げた手が、どうしようかと彷徨っている。


 どうにか涙を止めようとごしごしとこすっていると、パン! という音がすぐそばで鳴った。


「はい、そこまでよー。私が居る、事忘れてるでしょう。ほら、ミカゲそんなに嫌な顔したら仏のファルシアちゃんもご立腹よー」

「居たのかよ」

「当たり前でしょー。もー二週間リリーちゃんとべったり過ごさせてもらったわ」


 ファルシアはミカゲに見せつけるように私の事を抱きしめた。

 私よりもずっと大きいファルシアの腕にすっぽり収まり、私の涙は落ち着いた。

 有難い。


「やめろ女装野郎」

「わー驚きの悪口!」


 二人がじゃれあいだしたので、私は懐かしい雰囲気に笑ってしまう。

 久しぶりに会うミカゲは全然変わってなくて、良かった。


「全くもう。冒険者仲間ならともかく、リリーちゃんは普通の女の子なのよ。こんなボロボロの姿で着たらびっくりするでしょう? ちゃんと着替えてから来なさいよ」


 そう指摘されて、ミカゲははっとしたように自分の身体を見た。


「……怖がらせてごめん。全然気が付かなかった。身体は、無事だったし気にしてなかった。いつもこんな感じなんだ」

「いえ、私も泣いたりしてごめんなさい。ミカゲさんの身体が心配で、怖くなってしまって。でも、無事だとわかって嬉しいです」

「うん。ただいま」


 ミカゲは私に向かってほほ笑んで、手を出した。

 私がそろそろと、その手を握ろうと手を出すと、ミカゲはさっと大きな手で握った。


「……おかえりなさい」


 ただいまとおかえり。私の望みがまた一つ叶ってしまった。

 人を待つことは寂しくてそわそわして。そして、帰ってきた時には驚くほどに嬉しい。

 知らない感情ばかりだ。


「あーもう。ミカゲはこの後、あの家に戻るのよね? 食事までは時間があるだろうから、一回お風呂にはいってきなさい。私の家にその格好で入るのは駄目よ」

「食事なら、その辺で適当に……」

「馬鹿ね。リリーちゃんと私で作った食事を無為にするのかしら?」


「リリー。食事、作っていてくれたのか?」

「はい。でも、食べたいものがあれば、買ってきますよ」


「いや、食べたいものはない。というか、リリーの作ったものがいい」

「私も作ってますけどー。もー。いちゃいちゃは禁止よ。リリーちゃんは、とっても心配していたんだから、そろそろミカゲも話しなさい。ずっと秘密では良くないわ」


「え! ……言うつもり、ないって言ったと思うけど」

「私もそう思ってたけどねー。リリーちゃんと一緒に住んで、気が変わったわ。ずっと、自分の気持ちをないがしろにされてきたのよ。あなたまで、そういう事をしてはいけないわ」


「……そう、だな。ありがとう、ファルシア。……リリー、帰ったら話がある。聞いて、くれるか?」


 心配そうに揺れるミカゲの瞳を見つめる。私は二人の話は全く分からなかったけれど、安心してほしくてしっかりと頷いた。


 そして、久しぶりの我が家に二人で向かい合ってお茶を飲む。私の家じゃないけれど。

 気まずそうに大きな体を小さくして、ミカゲが両手でカップをじっと見つめている。


「お風呂、先に入りますか?」


 あまりにも俯いて目を合わせないので、その方がいいのかと思って立ち上がった。

 しかし、向かおうとした私の手を、思わぬ力強さでミカゲが掴んだ。


「……ごめん。先に話をさせてくれ。……今回の依頼は、リリーの家族をどうにかしたくて受けたんだ」

「え? それって、どういう事ですか?」


「リリーがポーションを融通してほしいと頼まれていることを、知ってたんだ」

「えっ。もしかして、アンジュが何か……?」


「いや、ギルドで聞いたんだ。あそこの領地がポーション不足だってことを。それで、リリーの話のタイミングを考えたら、そうだなって」

「ああ、そうだったんですね。でも結局アンジュは来ませんでしたね」


「それは、ギルドから圧力をかけてもらったんだ。だから、もう来ない」

「え? そんな事が……」


「リリーは妹と会いたいかもしれないけれど、嫌だったんだ。今回、依頼を受けた事で、もうあそこの領地で過剰なポーションは必要なくなる。言い方は悪いけど、もうリリーの妹は、リリーにポーションの融通の話をする必要がなくなったんだ。……用がなくなったら、会えなくなるかもしれないけど」


 そういうミカゲは、ほとんど泣きそうな顔をしていた。

 端正な顔がくしゃっとしていて、とても可愛い。


 私は笑ってしまいそうなのをぐっとこらえて、怒った顔を作った。


「依頼って危険ですよね。どうしてそんな事を?」

「いや……これぐらいならそんな危険ではないから。でも、リリーに、心配かけようと思ったわけじゃないんだ」

「でも、危ないですよね? ミカゲさんって出会ったときだってボロボロでしたし」

「……俺、黙ってたんだけどSランクなんだ」


 ミカゲは非常に言いにくそうに、驚くべきことを言った。


「え? Sランク? それって幻では?」

「なんだよ幻って。でも、リリーもランクについては知ってたんだななんかホッとした」

「ええええ。なんですかそのテンション! Sランクってあれですよね一人で竜を倒せる的な」

「一人だと流石に死にそうになるけどな。リリーと初めて会ったときもそれだ」

「なにさらっと言ってるんですか! え? 本当に?」

「本当だよ。だから、本当に俺は大丈夫だったんだ。でも、リリーに黙ってこんなことしたのはごめん。俺の為だったんだ」

「ミカゲさんの為……?」


 全く意味の分からないことを言われた。

 私が首を傾げると、ミカゲは眉を寄せた。


「そうだ。俺が、リリーの家族の事が嫌だったんだ。もう関わってほしくなかった……。リリーは家族の事を大事にしているって、わかってたけど、それでも。だから後ろめたくて、リリーには言わないで動いたんだ。悪い事だと、知ってたんだ」

「……」


 私は、言葉が出なかった。そんな風に、私の事を思ってくれる人が居るなんて。

 私の沈黙を誤解したミカゲの瞳からは、とうとう涙が流れた。


「ごめん……」


 私はミカゲの誤解を解きたくて、必死に言葉を重ねた。


「いえ、そうじゃないんです。あの、そんな風に心配してくれるなんて、私……うれしくて。今まで誰かに心配されたりすることなんて本当になかったので。私にとって、家族は大事でした。でも、家族は私の事が大事じゃなかったので、それで、私ずっと悲しくて。私、それでも仕方ないと思っていたんです。価値がなかったから、そうなんだって。だから、そんな風に考えてくれて、信じられない気持ちだったんです。全然、謝る必要なんて、ないです。あの、」


 途中で、ミカゲから抱き寄せられた。銀色の髪の毛が凄く近くにあって、恥ずかしくなってしまう。


 ぎゅうぎゅうとミカゲの腕に抱かれて、温かな体温を感じる。どきどきとミカゲの心臓の音さえも聞こえてくる。

 その音はとても落ち着く音で、私は力を抜いてミカゲの肩に寄り掛かった。


 しばらくそうしていると、不意にミカゲが私の名前を呼んだ。


「リリー。……リリーは、すごいよ。本当だ」

「ミカゲさん……」


 私とミカゲはしばらく黙ってくっついていた。そして、しばらく経って、お互い赤い目を笑った。


「今回の依頼で、パーティーがあるんだ。パートナーとして一緒に来てもらえますか?」


 芝居がかった口調で、ミカゲが膝を折って、私に手を差し出してくる。

 私は、急な申し出に驚きつつも、その手を取った。


「よろしく、お願いします」




――――――――――

カクヨムコンにも出す事にしました!

(他の賞にも出している関係で取り下げる可能性もありますが…)

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