第38話 招かざる客

 ミカゲとファルシアが居なくなった静かな店内で、私は調合箱と向き合っていた。


 周りには、薬草や素材が並んでいる。

 どれも、ずっと渇望していたと言ってもいいものだ。


 薄暗い店内では、ファルシアと選んだ、花の形の照明がついているだけだ。

 花の照明は魔石の光の原色ではなく、色ガラスを通しているため温かいオレンジ色だ。自然と笑みがこぼれる。

 すべてが、私のものだなんて。


 静かな部屋は、家族と居た時の事を思い出す。


 でもあの時はこんな温かな光がある所ではなかったし、魔石についても節約を求められていた為快適な環境とは言えなかった。

 あれはあれで、勉強には集中できたけれど。


 両親がどこからか借りて来た本を読むときは、内容に没頭して現実が全て飛んで楽しかった。


「まあ、感謝は出来ないけどね」


 口に出してそういう事で、昔の記憶をため息とともに吐き出した。


 そろっと調合箱を撫でる。ひんやりとしたガラスが手になじむ。まだ数えるほどしか使っていないのに、とても使いやすい。王城で使っていたものよりも、かなり自分にあっている気がする。


 あれはかなり高級品だと聞いていたが、それとは違う反応の良さ。

 これがあれば、薬屋としてやっていけるような、そんな心強さがあった。


 私が薬草を刻むために並べていると、カタリと物音が聞こえた。

 思ったより早かった。

 ドアにベルでもつけようかな。


 出迎えるために立ち上がると、ちょうどドアが開いた。


「早かったですね。ファルシアさんは問題なさそうでしたか?」


 そう声をかけるが返事がない。

 不審に思ってドアを開けて外を見ると、ぐいっと手首を捕まえる。


「えっ。……うそ……」

「嘘ってなによ、リリー。あの家には入れないし、いつも変な男達が一緒だったからなかなか声がかけられなくて困ったわ。私が羨ましくなって結婚でもしようと思ったのかしら、地味なくせに。話があるから早く店に入れてちょうだい」


 そう、当然のように私に命令するのは、妹のアンジュだった。

 夢だと思いたくて目をつむったけれど、関係なく、アンジュは続ける。


「なにそんな顔してるのよ。……今は誰も他に居ないわね? まったく、困るわ」

「なんで、ここに……」


 そう言うと、頬に衝撃が走った。

 身体もふらついたけれど、手首を掴まれているので転がらずに済んだ。


「あんたがエルリック様に色々吹き込んだんでしょう? そのおかげで私もお父様もお母様も、エルリック様が用意してくれていたお屋敷から追い出されてしまったのよ……ふざけないでよ!」


 そう怒鳴って、それでも怒りが収まらなかったのかもう一度頬を叩かれた。今度は手首を離されていたので、地面に強かに肩を打ってしまった。


 エルリックとはスラート伯爵の名前だろうか。

 私は伯爵が私に名乗らなかったことに思い当った。


「私は、特に何も……」


 私は肩を押さえつつ、アンジェを見た。

 アンジェは、私が最後に見た時よりも、更に綺麗になっていた。


 もともと輝くようだった髪の毛も、更に手が入ったようだ。

 目が合うと吸い込まれそうだと言われていた藍の瞳は、今は燃えている。


 良く知っている表情に、何故だか、ああアンジュだと思う。

 家に居た時は父さん、母さんと呼んでいた気がするけれど、貴族と付き合うようになって変わったのだろう。


 これが、私の家族。


 私は、立ち上がってアンジュを見つめた。


「なんなの、その目は。早く中に入れなさいよ」

「……入って」

「入ってください、でしょ」

「……っ」


 私が無言でドアを開けると、アンジュは当然だと言うように口角をあげた。そして、私の隣を通って店内に入る際に、先ほど地面にぶつかった肩を叩いた。


 声が出そうになるのを、下を向いて耐える。

 アンジュはそのまま、まるでこの店の主かのように、先程までミカゲが座っていた席に座った。


 その席に座らないで、と言いたいのに、アンジュを目の前にすると声が出ない。

 恐怖にも似た感情が、戻ってくるのを感じる。


「ねえ」

「……なんですか」

「お茶も出ないのかしら」


 首を傾げてそう尋ねるアンジュは、無垢な表情だ。

 高圧的な態度だと思うけれど、昔から誰もそうは思ってなかった。

 私になら当然だと。

 そして、私もそれを悲しみつつもずっと受け入れて来た。そして、やっぱり今も受け入れつつある。


 長年の習慣とは抜けないものだと、ため息が出る。

 ポーションを頼まれた時だって、結局そうだった。


「ここは居住スペースではないので、お茶は出せません」

「なによ。何にもないとかずいぶん気が利かない店ね。……まあ、リリーのお店だし仕方ないのかしら」

「……何の用ですか? スラート伯爵はもう、ポーションは必要ないはずですよね」


 そう言いつつも、用はわかっていた。

 お金だろう。


 スラート伯爵から縁を切られたと聞いた時から、こうなることはわかっていたのだ。


「私達、今はフラミック宿に居るの。でもかなり手狭だし中心街から離れてるわ」


 フラミック宿は、私の感覚からすれば高級宿もいいところだ、確かに街の中心部からは少し離れているが、その分広々と作られている。

 あそこを手狭というなんて、貴族の生活は信じられないもののようだ。


 そして、仮宿としてもそんな所に住めるだなんて、スラート伯爵は案外手切れ金を弾んだのだなと思った。


「そうなんですね」

「その点、ここはいいわね。中心街からも近いし、かなりいい物件だわ。調度品もまあ、そこそこなんじゃない?」

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