第13話 一緒にご飯

「ちょっと出かけてくる。そこにある素材は勝手に使っていいから」


 そう言ってミカゲは出て行った。

 一人大量の素材の前に、私はとても浮かれていた。


 興味ない人には謎のものばかりだとは思うが、宝の山だ。ドラゴンの鱗や見た事もない魔物の爪のようなものもある。

 王城でも研究に使っていい素材としては、ここまでの品揃えはなかった。


 一日見ていても飽きそうもない。

 この量の素材を前に、ミカゲは私を残して出て行ってしまったが、盗まれるとかそういう気持ちはないのだろうか?


 ……なさそうかも。

 ミカゲは私が宝くじに当たった話をしても、私の金銭的な心配をしてくれていたしここのお金だって取っていない。

 もっと私が支払ってもおかしくないのに。ギルドの人だって、そう言ってた。


 あんなにぼろぼろで居たのに、優しいな。


 でも不思議だ。あんなところで座り込んでいたし、傷にだって頓着していなかったのに実際のミカゲはさほど貧しそうではなかった。

 それどころか、お金持ちというのは冗談じゃないのかもしれないと思うところもある。


 お金を支払う際の躊躇がないのだ。


 今回の支払いも破格だという話だし、冒険者は私が思っていたよりもずっと儲かる仕事なのかもしれない。……死と隣り合わせの仕事だ。

 先程も、さらりと孤児院出身だと言っていた。自分の事で精いっぱいで、聞くだけになってしまったけれど。


 ミカゲの事は、何も知らない。


 当然のことにテンションが下がりそうになるが、思いとどまる。

 私の話を聞いてくれて、怒ってくれた。


 ミカゲにはミカゲの事情がある。言いたくないことだってあるだろうし、これから聞いてみればいいのだ。

 一緒に過ごす時間が増えれば、きっといろいろ知れるはずだ。

 その為には、呪いを解いて、ミカゲとお友達になって、雇用契約がなくなっても会えるようになりたい。


 私の事を優しく聞いてくれた、ミカゲみたいに、支えになりたい。彼にとってのただの薬屋としてでも。

 やる事が明確になって、私は頷いた。


 そして、目の前の素材を検分する。

 どの素材も、状態は悪くない。というかかなりいい。


 適切に処理された上に、必要なものには魔法のかかった箱や瓶に容れられている。部屋にだって魔法錠がかけられていた。

 一見乱雑に入れられてはいるが、この部屋のすべてが驚くほど価値が高い。


 一通り覗きこんで、ある程度満足したところで、私は入り口の近くに無造作に積んである箱を開けた。


 そして私はその中の一つを手に取った。

 それは、アルファイという魔物の心臓だ。

 アルファイは魔力が多く自己回復が高い魔物だ。実物は見た事がないけれど、それ程強い魔物ではないらしい。


 私はそれに魔力を流す。

 すると、魔力がくるくると心臓の周りで回りだす。素材の状態に問題はないようだ。

 ミカゲが持っていたポーションの材料はこれだ。

 これに通常のポーションと同じように数種類の薬草と魔物素材を使って作る。


 アルファイの心臓を増やす分、ポーションに必ず必要な値段が高い魔物素材の量が少なくすむ。

 なので、ミカゲが持っていた呪いを抑えられるポーションは、単価はポーションより若干安い。


 アルファイの心臓自体はそんなに用途があるものではないようで、見つかれば安いけれど出回っていない。呪いに効くポーションのレシピが出回れば、もしかしたら高沸するかもしれない。

 たくさんいる魔物なのだろうか。


 しかし、ミカゲの呪いを解くには、これじゃ足りない。でも、私は研究室であたりをつけていた素材を、この部屋ですでに見つけていた。


 自己回復と言えばドラゴンだ。

 ほんの少量で事足りるとは思うが、通常では手に入らないものだ。

 本当に使っていいのか心配だけど、仕方ない。


「やっぱり調合道具もないから、揃えてからじゃないと駄目かな……」


 薬草もここにはなさそうなので、その辺も必要だ。

 魔物素材がたくさんある割にその辺のものは何も揃っていないので、ここの家主は凄腕の冒険者なのだろうか。


 強い人が呪いを受けやすいと言っていた。ミカゲが呪いを受けているので、もしかしたらその関係で恩がある人かもしれない。

 そうしたら、ミカゲの呪いが解けることで、家主へのお礼になる可能性もある。

 そう思って、ありがたく使わせてもらう事にする。


 違ったら、ともかくお金を受け取ってもらおう。これだけの素材を持っている人にお金が必要なのかはわからないけれど、気持ちは伝わるはずだ。


 ミカゲの呪いを解かないという選択肢は当然ない。


 取りあえず必要なものをメモして、あとでミカゲと買い物に行くことにする。一人でも行けるけれど、ミカゲからは、必ず外に出るときは自分を伴うように強く言われているのだ。義理堅い。


 ……ミカゲが居てくれる生活に慣れてしまいそう。

 今日はトマトを使って煮込み料理にしよう。


 全然関係ないことを思い浮かべ、私は不安を忘れることにした。


 **********


 ミカゲは夕方になって帰ってきた。

 トマト煮込みが良く煮込まれている。自分だと作らない彩のいいサラダと、美味しい白パンもある。


「ご飯できてますよー食べますか?」


 私が声をかけると、ミカゲは嬉しそうに笑った。


「金もらってるのに、一人にして悪かったな。いい匂いがする」

「いえいえそんな! すごい楽しかったです。後、必要なものをメモったので、明日買い物一緒に行きましょう」

「おう。詳細は食べながら話そう。腹減った」


 そう言って、ミカゲはなんだか疲れた顔をした。忙しかったのだろうか。

 私は慌ててお皿を並べ始めた。すると、ミカゲも手を洗ってから一緒に食事の用意をしてくれる。

 一緒にやる作業に嬉しくなり、思わず笑ってしまう。


「どうした?」

「いえいえ。お口に合うといいんですが。いただきます!」

「いただきます。……この煮込み美味しいな!」


 食べ始めると、ミカゲは料理を褒めてくれる。進みもいいので、ミカゲはやっぱりトマト味が好き。

 間違いない。


「素材の部屋は気に入ったか?」

「気に入ったどころじゃないですよ。保存状態も素晴らしいですし、使ってみたいものだらけでした! 眼福って奴ですね」

「良かったな」


 そう言ってにこにこと笑いながら、ミカゲはどんどん食べ進んでいく。男の人って良く食べるんだな。

 多く作ったと思っても、みるみる減っていくのが楽しい。


「足りそうですか? まだありますよ」


 声をかけると、ミカゲはもっと食べるらしい。ミカゲと一緒に食事を取るようになって、自分もつられてたくさん食べている気がする。

 健康的だ。


「ありがとう。それで何が必要なんだ?」

「魔物系の素材は充実しすぎているほど充実していますけど、薬草も足りないですし調合用の道具も足りないです」

「調合って見たことないけど、魔法でやるわけじゃないのか?」

「魔法も使いますが、他にも調合箱と呼ばれる調合用に補強されたガラスの箱みたいなのもいるんですよ。薬草とか刻まないといけないですし、結構手作業も多いです」

「知らなかったな。だから料理も上手いのか」

「わわわ。……美味しいですか?」

「ああ。味付けが好きなのかも。すごく美味しい」


 さらっと言う言葉に照れてしまう。

 ミカゲは意識せずにこんなことを言えるなんて、女慣れしていそうだ。


 何故か恨めしい気持ちになり、じとっとミカゲを見つめてしまう。


「……なんだよその顔は」

「いえ。なんでもありません。明日は荷物持ちお願いします!」

「それはもちろん。お嬢様」


 ミカゲは私の視線を余裕でかわし、にっこりと笑った。

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