第6話 【SIDE:ミカゲ】囚われの冒険者

 ミカゲは、部屋のソファで転がりながら、台所でテキパキと掃除をするリリーを眺めた。

 先程までは、部屋でおどおどとして借りてきた猫のようだったのに、食事の話をした途端急に慌ただしく動き出した。


「このキッチンって、とっても広くて使いやすそうですね! お鍋なんかも揃っていてすごいです!」


 そう嬉しそうにしているリリーを見ていると、何故かほほえましく感じる。


 ミカゲにとって、リリーとの契約は幸運だった。


 冒険者としての自分には、Sランク、という階級がついている。

 それは、冒険者が集う城下町でも十人居ないランクだ。もちろん国の騎士団では、同じような強さのものはもっと居るはずだが。


 ギルドにとってSランクは手放せない、そして得難い人材だ。

 自分たちの地位を守る為にも、確保しておきたいし派遣したい場所がたくさんある。


 しかし、通常Sランクともなれば、金にも女にも困らず、自由に生きられる。ギルドに縛られないのだ。

 実際ミカゲの知り合い達も癖が強いものが多く、気が乗らなければどんな条件でも依頼は受けなかったりする。


 そこで、ミカゲだ。


 ミカゲは呪われている。


 それは、あるダンジョンで倒した魔物が、死に際にかけてきたものだ。呪いによって死の危機にあったミカゲに対して、冒険者ギルドは王城所属の薬師から仕入れたというポーションを渡した。


 まだ、開発途中だけれど、僅かな希望として。

 そして、それは実際効果があった。


 しかし、完全に呪いを解く事はできず、定期的にポーションを飲む必要があった。

 Sランクであろうが、王城所属の薬師から開発途中のポーションを融通してもらう事は難しい。


 呪いを解かないまでも止めるだなんて、上位の機密事項なのは間違いない、手に入ったことが既に奇跡的だとわかっていた。

 実際、ミカゲが伝手を使って調べたけれど、作成者どころか情報すら全くつかめなかった。


 その為、ポーションの為にここのギルドから離れられる事は出来なくなった。

 依頼に対する条件は通常のSランクと変わらない。


 ただ、逃げられない。


 もう、五年ほど囚われている。


 ミカゲにかかっている呪いは単純なものだ。放置していると徐々に体を蝕み、動かなくなる。


 半年に一度程度のポーション。

 たったそれだけなのに。


 今は依頼をこなして戻ってきたばかりだ。後何か月は自由にしてもいいだろう。ミカゲの手には冒険者ギルドから受け取ったポーションがある。

 ギルドだって、こんな事でミカゲを手放すはずがない。こんな都合よく言う事を聞くSランクなんて他に居るはずがないのだから。


 暗い気持ちで、緑色のその液体を見る。


 身体が、動かなくなったら。

 討伐で、大きな怪我をしたら。

 ただ、年を取って衰えたら。


 あっという間にギルドはミカゲの事を見捨てるだろう。


 不安ばかりで先の見えない生活が、もう嫌だった。

 仕事は過酷を極め、そして楽しさは全く感じなくなってしまった。


 依頼数をこなしているため、金だけは驚くほど入ってくる。しかし、それが何か意味のある数字だとは思えなかった。


 ここの家を買ったのは、住むつもりは全くなく倉庫にするためだ。宿屋のが常に身の回りを綺麗にしてくれるし、食事も出てくるし気楽だ。


 寄ってくる女もたくさんいたが、呪いの事を考えると気が重く、相手にする気にはなれなかった。

 それに、そういう女はSランクという肩書しか見ていない。


 リリーはSランクとしての自分を知らない。

 小汚い姿をした自分を、心配そうに見る彼女の視線が心地よかった。

 そして何故だかとても嬉しかった。

 彼女の純粋な、視線。


 そして、リリーはお金を持っていたのでSランクの自分とも問題なく契約できた。……駄目な人間を雇うのに大枚を払うのはどうかと思うけど。


 ミカゲにとって都合がよすぎる展開に、信じられない気持ちだったぐらいだ。

 何故か満足そうな彼女に疑問を残しつつも、有り難く契約させてもらった。


 三ヶ月だ。

 三ヶ月は自分の為に時間を使いたい。何か手掛かりが欲しい。


 もちろん警護はするつもりだけど、こんなか弱そうな少女に何か問題が起こるとしても、せいぜい物取りにあうぐらいだろう。

 片手間にやったとしても、後れを取るはずがない。

 大金を持っているとしても、申し訳ないがミカゲにとっては容易い仕事だ。


 リリーには、最後に金額に見合う何かを渡そう。

 途中で我に返って逃げられると困るから、最後の時に。


 ミカゲはそっとため息をついて、自分の気持ちに整理をつける。


 台所からは何か美味しそうな匂いがしている。


 これが三食昼寝付きの一食なのか。誰かが自分の為に作る食事なんて、いつ以来だろう。

 リリーがご機嫌で鍋を混ぜているのを見ながら、ミカゲは微笑んだ。

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