第33話 捨てられた家族

「他に何があるというのかな?」


 スラート伯爵はそう言って、不快そうに眼をすがめた。すぐにその表情はにこやかに戻ったけれど、その視線に私は怖くなって下を向いた。


 間違った質問をしてしまったようだ。

 良く考えたらここは公的な場所なのだ。愛妾について言うべきことではなかったのかもしれない。


「スラート伯爵とアンジュ嬢は、お知り合いだと聞いていましたが」


 ミカゲが私を守るようにすっと前に出た。


「そうだった、だ。だが、今は知り合いですらないな。彼女の事は、今何をしているかもわからない。残念だが彼女は、私とは相容れなかったようだ。……こんな面倒を起こしてしてくれるとはな」

「それは、私が聞いていた事とは違うようですが? 私はそのような事は望んでいませんでしたよ」


「仕方がない事だ。このような事があって許せるほど私は寛容ではない」

「今の件は、覚えておいてください。私も寛容ではない事を、お忘れなく」

「……それでは、今日の主役はパーティーを楽しんでくれたまえ」


 にこやかな顔は崩さないままに、最後は吐き捨てるように言って、さっとスラート伯爵は他の人の輪の中に入っていった。


「なによあれー私空気じゃなかった?」


 私の後ろに居たファルシアが、不機嫌そうにしている。

 今日も安定の美女なのに、声をかけないでいられるなんて貴族はすごい。


「私だったら、こんな美女が居たら絶対名前が知りたくなっちゃうので、びっくりしますね。ああ、勇気が出なくて聞けないかもしれないです……」


 知りたくても、出来ないこともある。

 スラート伯爵もそうなのかもしれない。

 隣には愛妾の姉が居て、さらにはパーティーの主役であるミカゲもいたのだ。可愛そうに。


 私がスラート伯爵に同情をしていると、ミカゲが私の事を覗き込むようにして目を合わせた。


「大丈夫か? リリー」

「え? ああ、ファルシアさんに声をかけられないなんて、意外と奥手なのかなと」


 私の言葉に、二人は弾かれたように笑った。


「あいつが奥手!」

「リリーちゃん。騙されちゃだめよ。あの男は見境なく手を出すんだから。私の事もきっと男だって気が付いてるから手を出してこないだけよ。リリーちゃんは可愛いから気を付けるのよー」

「私ほど誰にも気にされない人は居ないと思いますけど」


 ずっと誰にも気にかけてもらえなかった実績があるのだ。

 宝くじが当たってからは何故かついているようで、ミカゲやファルシアのように素敵な知り合いが出来たけれど。


「リリーちゃん……本当に気を付けるのよ」


 ファルシアから真面目な顔で注意視されてしまった。変な人も世の中には多いらしいので気をつけよう。

 私はしっかりと頷いて見せた。


「食事にしよう。せっかく来たんだし、美味しいものでも食べよう」


 私達は食事が並ぶ一角に向かう。

 流石は伯爵主催のパーティだけあり、様々な料理が立ち並んでいる。甘いものも、焼き菓子から生菓子まで見た事ないものだらけだ。


「わわわ、どれも美味しそうです……」

「どれも美味しそうなのは流石だよな。ちょっとずつ取ってもらおう。待っててくれ」


 そして取り分けてもらったお菓子はどれも美味しいくて驚いてしまう。

 ミカゲとファルシアは食事系ばかりを持っていた。


「……あの、さっきの事なんですが」

「どうした。他のケーキのが良かったか?」


 何故かミカゲは私に甘いものを食べさせたがる。ミカゲとはだいぶ腕の太さとかが違うから、弱そうに見えるのだろうか。

 これからは鍛えないと、と決意を新たにしているとミカゲが真面目な顔になった。


「バルコニーの方に行こう」

「じゃあ、あたしはまだここで食べてるわ。いってらっしゃい」


 優雅にお肉をメインに食べていたファルシアが手を振ってくれる。綺麗な女の人がお肉を食べている姿は妙にどきどきする。

 ファルシアは周りの男の人たちに遠巻きに見られている気がするので心配だけれど、元冒険者だという事で大丈夫だろう。

 ふたりしてバルコニーに出る。


 広大な手入れをされた庭が眼下に広がってとても眺めがいい。中の騒がしさや熱気から遠ざかった、冷たい風が気持ちいい。

 ピンクのドレスのスカートが風になびく。着たことのない豪華な服に戸惑いつつも、綺麗だなと思う。


 このドレスはミカゲが用意してくれたものだ。

 パーティーの様子を遠目で見ると、あの華やかなところに自分が立っていたなんて、ましてミカゲと一緒に壇上に居たなんて信じられない。


 それでも鏡にうつった自分の姿はとても新鮮で、嬉しくなるものだった。……綺麗なミカゲとファルシアの隣に並ぶと大分見劣りするという恐ろしさはあったけれど。


 夢の中にいるような気持ちになっていると、隣のミカゲがじっとわたしの事を見ていることに気が付いた。


「すいません。ぼんやりしてしまって」

「え? いや、ドレス似合ってるなと思って見ていたんだ」


 ミカゲがそんな風にわずかに視線を逸らしながらいうので、私もすっかり恥ずかしくなってしまう。


「ありがとうございます。ミカゲさんも、正装とても似合ってます。パーティーにも慣れていて驚きました」


 私は学生時代、一通りの講座があった。王城で働くことになる為、特に庶民の出のものには特別講座があった。

 まさかこういう風に役に立つとは思わなかったけれど、良かった。

 それでも、ミカゲの所作が完璧に見えることに驚いた。


「俺もファルシアも、若いうちから大きな依頼を受けることが多かったからな。こういうパーティーに呼ばれる機会が結構あったんだ。今は断ることもできるけど、若いうちはなかなかそうもいかなくて、結構しっかり学んだんだ。ファルシアなんかは結構役に立っていると言っていた」

「貴族の方のお相手も多そうですもんねお店。……それで、さっき言っていたアンジュの事ですけど」

「ああ。どうもスラート伯爵に切られたようだな……。俺としては、手綱を持っていてほしかったし、そう伝えていたんだが、聞かなかったようだ」


 ミカゲが苦しそうに眉を寄せる。


「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。でも、リリーの家族がまた現れるんじゃないかと心配だ。ああもう。なんか裏目に出てばっかりだな。格好悪い」

「そうですか?」

「そうだよ!……なんか、リリーは案外冷静だな。もっと、動揺するかと思った」


 そう言って、ミカゲは私の肩にそっと手を置いた。私はその手にそっと自分の手を重ねた。

 もう一方ではケーキを持っているので様にならないけれど。

 ミカゲの下がった眉にちょっとおかしくなって、くすくすと笑ってしまう。


「もう、家族の事はいいんです。そうですね。確かにまた家に来るかもしれません。お金を渡して帰ってもらってもいいかなって思うんです。幸いお金は今はありますし」

「それは……! お金は、それはリリーのだろう。あんな人たちに与える必要なんてない」

「お店買っちゃったんで、そこまでないですけどね。更には開業資金としても使いましたし。でも、逆に言えば私はそれだけあれば十分なんです。今まで何にも持ってなくて、ミカゲさんと会うちょっと前まで、お金があっても何も持っていない気持ちだったのに、今はたくさん持ってるんです。お金なんてなくったって、お店があれば稼げますし、問題ないです。ええと、お店はもちろん渡しませんよ」


 本当にそうなのだ。

 満たされすぎているぐらいだ、と感じている。


「リリー……。そうしたらリリーが怒らない分、俺が制裁を加える」


 そんな私に、ミカゲは真面目な顔で冗談を言ってくる。


「危ないですよそんな事したら」

「えー俺は天下のSランクだぞーつよいんだぞー」


 ミカゲはおばけだぞ、のように手をあげて私の事を脅してくる。

 私はついに吹き出してしまった。


 そうして、二人で笑いあった後、音楽が聞こえてきた。


「ダンスが始まったな」

「そうですね」

「じゃあ、踊りましょうお嬢様」

「そうですね。嫌な事は後回しで」

「良くないぞそういうのは。……でも、まあ今はそうだな。俺が居るし、大丈夫だ」


 ミカゲと私は案外踊れることが分かった。

 お互いに意外だった。

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