第29話 お金目当て
「このお店で、洋服を売ってるんですか……?」
ファルシアに付いてきてほしいと言われて入ったお店は、ドレスを売っているお店だった。
当然入ったことはない。
部屋をぐるりと華やかなドレスが飾ってあり、真ん中にふわふわとした絨毯がひいてある。
すっかり場違いな雰囲気に、戸惑う。
「いいえ。私のお気に入りのお店なのよ。とりあえず、今から服を買うのに採寸しておきたいからいいかしら?」
どうやら採寸だけだったらしい。
自分で服を買ったことがほとんどなく、買った時も気後れして適当に地味で安いものを基準に選んでいたので知らなかった。
確かに私は、自分がどういう服を買えばいいのかすらわからない。
隣にいる美女がとても頼もしく思えて、私は少し落ち着いた気持ちになった。
「よろしくお願いします!」
すっかり張り切って採寸に臨んだが、甘かったことがすぐにわかった。
手を上げたり下げたり、ドレスを実際に着てみたり脱いだり。驚くべき勢いで体力が消耗された。
弱った私を可愛そうに思ったのか、いったんファルシアのお店で休憩することにした。
一旦家に戻るのも本当にすぐで便利だ。
「洋服って、体力が居るんですね……」
気力を、途中で買ったケーキで補いながらファルシアに伝えると、彼女は当然というように頷いた。
「それはそうよ。私なんて元が男だから余計に大変だったわ」
「嫌だったら答えなくて全然大丈夫なんですが、ファルシアさんは何故女装を?」
「うーん。最初は冒険者の中で自分は斥候みたいな事をやっていたのよね。後はびっくりするぐらい皆書類仕事が苦手だから、そういう事を。その中で、女性の姿でいた方がやりやすい事が結構あったから研究したのよー。今は単純に女性の姿になるのが楽しいわ。ドレスも化粧も好きみたい。中身は男のままだけど、なんていうか変身したような気持ちになるのよ」
「変身かあ。いいですね。……でも、この怒涛の日々は、私にとってもちょっと変身っぽいです」
「そうしたら、リリーちゃんはもっと変身しないといけないわね。忙しくなるわ」
「ふふふ。今でも十分忙しい気がするのに」
「でも、薬師でしょう? 今までもお勉強とか大変だったんじゃない? 聞けば学校も特待生だったっていうじゃない。……そんな努力して得たもので、本当にミカゲを雇ってしまってよかったの?」
「ミカゲさんは、お金を介してはいますけど、私にとってはかなり救いなんです」
「救い?」
私はファルシアに自分の生い立ちを話すか逡巡した。そっとファルシアを窺うと、まっすぐな瞳で私の事を見ていた。
ファルシアも、ミカゲも優しい。
私は、吐き出すような気持ちで言葉を紡いだ。
「私、今までお友達と呼べる人は居なかったんです。家族とも心の距離もありましたし、近しい人っていなかったんですよね。本で読んだ家族や友人を想像しては、自分の境遇と照らし合わせてため息をつくばかりでした。でも、それでも自分が友人といる所や、家族と笑いあってるところは上手く想像できませんでした。それすらもできないなんて、と悲しくて惨めになるばかりだったんです。観劇などでもすれば、もっと上手くわかったかもしれませんが、それすらお金がなくてできませんでした。ずっと、とても惨めだったんです。でもいざお金が手に入って、そうしたら、何にも持ってないことがはっきりわかったんです。そして余計惨めな気持ちになりました」
「劇なんか見たところで、人の気持ちがわからない人はいるわ。リリーちゃんは、人の気持ちはわかる人よ。その時だって、全然惨めなんかじゃなかったのよ」
「わかってます。今は、ちゃんとわかるんです。……ミカゲさんが居たから。私はミカゲさんをお金で雇っていますが、とても楽しく過ごさせていただいてます。ミカゲさんが見せてくれる優しさは、今まで想像できなかったものでした。自分でも、こういう風に過ごせるんだって驚いたんです。図々しいとは思うんですが、ミカゲさんとお友達になりたいんです。お金がなくても、一緒に居られたらいいな、と。あ! もちろんお金が惜しくて言ってるわけじゃないんですよ」
「お金目当てだなんて、そんな事思うわけないじゃない」
「いえ。私の周りは、はっきりとお金目当てで私の事を見ていました」
ファルシアはそっと私の肩を撫でた。
「そうなの……」
「それでも、手に入れたかったんです。家族を。私……」
家族の事になった途端、勝手に涙が出てきてしまう。こんな風に泣いたら、良くないとわかっているのに。
「大丈夫よ。リリーちゃん。ミカゲだって、リリーちゃんだって、お金目当てで人間関係を築こうとしているなんて全く思えない。二人の関係は、お金じゃないわ。私、人を見る目はあるのよ」
おどけたように笑うファルシアの目は真剣で、優しさにあったかくなる。
「ありがとうございます……」
「ミカゲは、自分の価値もそんなにわかってないし、人に対して一線を置くところがあったけどいい奴よ。今はリリーちゃんと一緒に居て、大分踏み込んでるなって思うの。今までそんな事なかったから、私は嬉しいのよ。恩人としてしあわせになってほしいって、いつだって願ってた」
「恩人ですか?」
「そうなの。詳しく話すとミカゲは怒ると思うから内緒にしてほしいけど、私はミカゲに助けられた事があるのよ。その件で親しくなって、一緒に依頼を受けたりするようになったの」
「そうだったんですね。お二人は仲がいいなと思っていたんですが、そんな繋がりがあったんですね」
私の言葉に、ファルシアはゆっくり頷いた。
「リリーちゃんが、ミカゲの呪いを解いてくれたんでしょう?」
「はい。でも、それはたまたま私が薬師で、ポーションを作成できたからです」
「それでも。私はとっても感謝してるわ。もちろん、ミカゲもそうでしょう。言葉にできないぐらいには」
「そうだといいんですが。私もとても救われているので、ミカゲさんの力になれたなら嬉しいです」
「リリーちゃんはとってもいい子ね。今までの家族じゃなくて、私達と仲良くしましょう」
ファルシアは私の手を取って、ぎゅっと握ってくれる。
女性とは違う大きな手が私の手をつつんだ。涙が流れてしまったけれど、ファルシアはいい匂いのハンカチでそっと拭ってくれた。
匂いの効果はてきめんで、私はすっかりうっとりした気持ちになった。
私もこの香水を買おうか迷っている。
ミカゲに再開するときに使ったら、反則だろうか。
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