第3話 冒険者を雇う
ギルド内に人はそこまで少なくはなかったけれど、せっかく中まで入ったので受付のお姉さんに個室を申し出た。
すると、話は通っていたようで、特に怪しまれることもなく個室に通され、無事に残高照会と登録を終えることができた。
ここでは個人の登録の手数料として、銀貨五枚を支払った。
冒険者はお金持ちなのだなと思ったけれど、私もこれでむやみに盗まれる心配しなくていいことに安心した。
私以外は、お金を引き出す以前に残高も見えない。移動が多い冒険者にとっては、安心料として安いのかもしれない。
大仕事を終えた気持ちになり、ほっとする。
私が個室から出てくると、受付の方で揉めているような声がした。
低めで良く響く声は先ほど聞いたばかりの声だ。
先程の優し気な雰囲気とは違う尖った声に驚く。
近づいてみると、やはりミカゲだった。
「もう働きたくなんだよ俺は! 働くとしても三食昼寝付きの警備員でも探すから。ギルドを通せばそれでいいだろ」
ミカゲは投げやりな口調で言った。
ギルド内にいる人たちは彼らを遠巻きにし、何やらひそひそと話している。
様子を伺う様な雰囲気の中、彼らの声はとても良く通った。
「馬鹿じゃないの。そんな仕事なんてないわよ」
受付嬢は怒った顔できっぱりと言い放った。
「……もう、こういう生活は嫌なんだよ」
「そんな風に言ったところで、あなたには働いてもらわないと困るわ。それに、ギルドで働かないとあなただって困るはずよ。きちんと仕事を受けないとどうなるかわかっているでしょう?」
「それは……わかっている」
その口調が意外なほど厳しくて、悔しそうにするミカゲの姿がかつての私に被った。
『あなたは何もできないのだから勉強ぐらいしてもらわないと困るわ』
母の冷たい言葉が思い出され、私は反射的に彼らに声をかけていた。
「あの!」
私が大きな声を出して駆け寄ると、二人はばっとこちらを見た。周囲の視線も感じる。
注目されて、私の勢いはあっという間にしぼんでしまった。
それでも。
「あの……私がミカゲさんを雇います。それじゃ、駄目ですか?」
私は泣きそうな気持ちになりながらも、手をぎゅっと握って必死に言葉を紡ぐ。
「三食昼寝付きの警備員を雇う? あなたが? まだすごく若いわよね?」
そんな私の事を、ギルドの受付嬢のお姉さんは胡散臭げに見る。
「私はリリー・スフィアと言います。二十三歳です。私、彼を雇いたいです。お金はもちろん、支払えます」
気圧されそうになりながらも、私は勇気をもってはっきりと告げた。
その言葉に、ギルドのお姉さんはびっくりした顔で私の事を見たが、ミカゲは私の顔をまじまじと見た。そして何かを決意した顔で私に向き合った。
「三食昼寝付きなら何歳だって関係ない。その話を受ける。よろしく雇い主様。俺はミカゲ・トリアだ」
どうやら交渉成立のようだ。
勝手に先走りミカゲの気持ちを聞いていなかったけれど、すぐさま返事がもらえたのでほっとする。
そして、ミカゲは私に手を差し伸べて来た。私がミカゲの手を握ると、彼は私の手をがっちりと握った。
あまりの強さに驚いて手を引こうとしたが、握られた手の力は強くて離れないどころか全く動きもしない。
「え? え?」
私が必死に手を外そうと頑張っているのを意に介さず、ミカゲはギルドのお姉さんに向き合った。
「ミチル、俺はもう仕事を受けた。拘束時間も長いから他の仕事は受けられない。さあお嬢さん条件を話し合おう。ミチル部屋を貸してくれ」
「逃げたわね。いいわ。部屋を案内する。契約には私が立ち会いましょう。もちろん決裂することを願っているけど」
お姉さんはため息をついて、私にも着いてくるように言った。
私は、彼がやりたくない仕事から逃げられたことを感じて、少しうれしくなった。
**********
ミチルと呼ばれた受付のお姉さんが案内してくれた部屋は、当選金を受け取った部屋よりは劣るが、どう考えても下っ端を受け入れる部屋ではなかった。
それともギルドでは交渉するときは豪華な部屋を使用することになっているのだろうか。
座るように促された席はとてもふかふかのソファで、ずっと座っていると沈んでしまいそうな気さえした。
お茶と焼き菓子まで出されて、すっかり上客対応だ。
「まずは自己紹介をさせてください。私は冒険者ギルド所属のミチル・リヴァーです。ギルド所属の冒険者を雇う時は、正式な契約書がいるのは知っていますか?」
先程とは違い、お仕事モードになったらしいミチルの口調に面食らう。書類を持ち、説明するミチルはいかにもできる大人だった。
「冒険者ギルドには縁がなかった為、初めて聞きます」
「契約は、お互いの条件があい合意が得られればこちらでは干渉しません。ただし、契約時には前払いでの支払いが必要です。一度前払いでこちらが預かり、契約が遂行されればギルドを通して支払われます。そして、ギルドには手数料が金額に応じて必要となります。手数料にはランクも影響してきます。問題ありませんか?」
「はい。大丈夫です」
「条件はお二人で話し合ってください。私は一時退出しますので、決まりましたらこちらのベルを鳴らしてください。……ミカゲ、本当によく考えて」
そう言ってミチルはベルを置いて部屋を出ていった。
「わー呼び出しベルですね! 地味に高いんですよねこれ。こんな無造作に置いて行っていいんでしょうか?」
私が初めて見る魔道具にどきどきしていると、ミカゲはふっと噴き出した。
「リリーは楽しそうだな」
私は無駄にはしゃいだ事に恥ずかしくなった。
「ええと、これ、初めて見たので……。私魔導具、好きなんです」
王城で働いていた時は、一般に出回っているような魔導具に関しては仕様書を閲覧できたので、良く眺めていた。
自分で作ったりもしたかったけれど、魔導具を作るには高い材料がいくつも必要なので諦めていた。
「いやいや。これって便利だよな。俺も初めて見た時はテンション上がった」
そんな私の浮かれぶりを当然のように受け入れ、ミカゲは頷いてくれた。
呼び出しベルは、鳴らすと対になっているベルも鳴るという魔導具だ。単純な機構だが、素材となる材料が高く、値が張るのであまり普及していない。
「それで、条件を話してもいいか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます