第2話 冒険者を拾う

 端的な言葉に、わたしはびっくりして身構えた。


「こんな所でそんな話をしたら、か弱そうな女一人、襲ってくれというようなものだ」

「あ……。でも、冒険者ギルドは多分もうすぐそこですし大丈夫です」


 私は慌てて周りを見たが、怪しそうな人が居るとは思えなかった。そんな私の様子をみて、ミカゲはため息をついた。


「なにも大金に目がくらむのは貧しそうなやつだけじゃない。ここら辺は冒険者ギルドが近いし、身なりは綺麗でもならず者はいる。しっかりしてくれまじで」

「ううう。すいません……」

「よく見ろ。俺だって怪しいだろ」


 そう言われて、私はミカゲをじっと見た。

 銀色の髪と日焼けしている肌は血と泥で汚れるが、よく見るととても整った顔をしていた。髪の毛よりも深いグレーの瞳もとても綺麗だ。


 そして、私を諭すように話すミカゲの目には私への心配が浮かんでいて、今まで向けられたことのない優しさに私は何故か泣きそうになる。


「……ミカゲさんは、あやしくないです。でも、不用心で心配させてごめんなさい」


 私がそう言うと、ミカゲは驚いた顔をした後乱暴に頭をかいた。

 そして、諦めたようにため息をついた。


「どうにかギルドに行かないで済ませたいと思ってたけど、これも何かの縁だな。俺がギルドまで連れて行ってやるよ」


 そう言ってゆっくりと立ち上がった彼は、思っていたよりもずっと背が高く、細いけれど筋肉のついていそうな立派な身体つきだった。

 弱っているのかと思ったけれど、全くふらついた様子もなく力強かった。


 そして、ミカゲは私に手を差し出してきた。

 私がその手をおずおずと握ると、私の手をぎゅっと握って、ミカゲは綺麗な顔で笑った。


「これでも冒険者なんだ。安全は保障する」


 そう言ってミカゲはさっと隣に来て、こっちだと手をひいてくれた。


「ええと、よろしくお願いします……!」


 **********


 流石に手をつないだままは歩かなかったが、人とぶつからないようにそっと先導してくれる。

 さり気ない動きが、周りへの目配りの能力の高さを感じる。


 そして、しばらくすると、とても歩きやすい事に気が付いた。

 ミカゲと私はかなり身長差があるので、ミカゲが私の歩調に合わせてくれているようだ。


 その事に気が付いた私が、驚いてミカゲの顔を見ると、彼は首を傾げた。


「どうした? 何か気になる事でもあったか?」


 その声が柔らかくて、私は慌てて首を振った。

 しかし、ミカゲのあまりに優しそうな雰囲気に、私は願望を口にした。


「……そこの広場に屋台があるので、良ければ食べませんか?」


 中心部の広場には屋台がたくさん並んでいて、賑わっている。

 そこには人々がベンチに座って食事をしたり、お酒を飲んだり、お茶を飲んだりして話し込んでいる。

 もちろん屋台は持ち帰りもあり、私も何度か食べたことはあったが、誰かとここに来たことはなかった。


 学生の時はお金もなく、働き出してからは一緒に行ける相手は居なかった。……家族とは、そもそも食卓を共にした記憶もなかった。私は給仕係だったから。


 ここで誰かと食べることは、私の中での憧れだった。


「食べたいのはやまやまだが、この服で行ったら怒られそうだな」


 私の誘いに、ミカゲは申し訳なさそうに自分の服を見た。

 確かに飲食店に向いた姿ではない。私は自分の提案の考えなしさに恥ずかしくなった。


「ごめんなさい。そんなこと考えてなくて。さっきのは気にしなくて大丈夫です」


 私がうつむくと、ミカゲが楽し気に私の肩を叩いた。


「いやいや。俺の今の格好を気にしないとか、なかなか大胆だよな。それだけお腹がすいていたのか?」

「ううう。お腹が凄くすいていた訳じゃないので、気にしないでください……!」

「そうなのか? でも、何か食べたいよな。あ、あれ買うか。あれぐらいならそんな迷惑にはならないだろ」


 そう言って、さっとミカゲは屋台の端の方で手売りしている焼き菓子を買いに行った。

 店員さんはミカゲのぼろぼろさに驚いた顔をしていたが、快く焼き菓子を売ってくれたようだ。


 声は聞こえないが、店員さんとミカゲは楽し気に何か話しをして、更に焼き菓子を追加で貰ってる。あまりのコミュ力の高さに慄いてしまう。


 私とも気軽に話してくれるくらいだから、当然かもしれないが。


「買えたぞリリー。そこで食べよう、な」


 そう言って、笑顔で買った袋を見せてくれる。


「あ! お金払います。おいくらでしたか?」

「いいよいいよこれぐらい。しかも、すごいおまけしてくれたから」

「ううう。私、本当にお金持ちなんですよ……」

「実は俺もお金持ちだぞ」


 私が払えると主張すると、ミカゲも同じように主張してきた。私は不満げに訴える。


「ミカゲさんは残念ながらとてもお金持ちそうに見えないです」

「そういうリリーも見えないぞ」

「いえ、私は今さっきお金持ちになったばっかりなので」

「なんだそれは。子供の嘘みたいだな。……やめよう。この格好で言い争っても馬鹿だと思われそうだ」


 そう言って情けなそうな顔をしたミカゲに笑ってしまう。

 確かに貧しそうな二人がお金持ちだと主張しているのは、端から見たら馬鹿馬鹿しいだろう。


「次来る時は、お互いぎらぎらの宝石を付けて対決しよう」

「お金持ち対決ですね」


 そう言ってお互い笑いあう。ひとしきり笑った後、空いているベンチに座った。


「わぁ、美味しそう!」


 ミカゲが買ってきてくれた焼き菓子は、ドライフルーツらしきものが練り込まれたスコーンに、ナッツの入ったクッキーだった。


「こっちのクッキーはおまけしてもらったやつ。リリーはどっちが好き?」


 聞かれても、どちらも美味しそうに見える。それに、私は節約するばかりで甘いものは好みがわかるほど食べたことがなかった。


 私が視線を泳がしていると、ミカゲはスコーンを半分に割った。


「半分ずつにしよう。食べてみて苦手なら俺が食べるから」

「ありがとうございます」


 初めてする半分こに、どきどきしながら受け取る。一口食べると、それはとても甘くて美味しかった。

 フルーツの酸味も、さわやかだ。久しぶりの甘いものに、つい夢中で食べてしまう。

 頭の上で笑う声がして、見上げるとミカゲと目があった。


「美味しそうに食うな。こっちも開けるから食べような」


 ミカゲは私の事を馬鹿にしたりもせずに、新しくクッキーの袋を開けてくれた。並んで食べたお菓子は、今まで食べたものの何よりも美味しく感じた。


 こういうしあわせを皆経験しているんだ。

 私は公園に居る人たちの事を、今までよりも遠く感じた。


「じゃあそろそろ行こうか」

「美味しかったです。ごちそうさまでした」


 二人で食べた焼き菓子はあっという間になくなって、私達はまた並んでギルドに向かう。ミカゲは話し上手で、私でも会話が弾んでいる気がした。

 そして、ミカゲが隣にいると、安心感があった。

 はたから見たら、ただの貧しい二人にしか見えなかっただろうけど。


 楽しい道のりはあっという間で、すぐに冒険者ギルドについてしまう。


 初めて来た冒険者ギルドはとても立派な建物で、まだ人もかなり出入りしているようだ。

 冒険者らしき大きな剣を持った人や、動きやすいように露出の多い服を着ている人などが何人もいる。


 簡素なワンピース姿の私は、いかにも弱そうで場違い感がすごい。


 しかし、よく見るとただお金を動かしに来ている人もいるようで、私と同じように戦えそうもない人も何人かいてほっとする。

 もちろんそういう人たちは、私なんかよりもずっと上等な服を着ているけれど。


 きょろきょろとしている私に、ミカゲはそっと背中に手を載せた。


「じゃあ、気をつけろよ。額によってはギルドで護衛を付けてもらってくれ心配だ」

「わかりました。焼き菓子まで頂いてしまって。本当にありがとうございました」

「いやいや、本当は全然釣り合ってないから。お礼を言うのはこっちだ」


 そう笑ってミカゲの手は私の背中から離れた。途端に寂しくなってしまうが、ミカゲはさっき知り合ったばかりの人で、お礼として一緒に居てくれただけだ。


「また、何かあればよろしくお願いします」


 本心からそう言って、私も頑張って笑顔を返した。

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