【書籍化・完結】大金を手にした孤独な無自覚天才薬師が、呪われたSランク冒険者に溺愛されるまで

未知香

第1話 大金が当たって途方に暮れる

「リリー・スフィア様おめでとうございます! こちらが当選金の百大金貨となります」


 やたらと豪華な部屋で、やたらときっちりと着込んだ偉そうな人の前で、小汚いワンピースを着た場違いな私は、小さくはいと言うのがやっとだった。


 今まで見たことがない、目に眩しいキラキラした金貨は重量感がある。

 一枚あれば私が何年も暮らせる大金貨は、それ自体庶民で見たことがある人は殆どいないだろう。

 それが多分百枚分、並んでいる。積み上げられたそれは圧倒的な存在感だ。


 戸惑う私に、偉そうな人はにこりと笑い、一つのカードを見せた。


「これは冒険者ギルドのカードです。大きなお金の管理についてはここが一番信用できると思うので、よろしければここに入れさせてもらいます。手数料は銀貨1枚ですが、どうされますか?」


 このキラキラの金貨を目の前にして、銀貨1枚の手数料が高いのか安いのか全く判断がつかない。

 銀貨一枚あれば私は一週間暮らせる。

 しかし、これを渡されてもとても持ち運べそうもない。


 感情の見えない笑顔を前に、私はこう言うしかなかった。


「よろしくお願いします……」


 **********


 私は大金の入ったらしい薄いカードを持ち、とぼとぼと冒険者ギルドに向かった。ギルドできちんと入金の確認をしてくれと言われたからだ。


 持ったことのない大金は現実感がなく、それでもカバンに入れたそれを何度も確認してしまう。


 真剣な顔で、なるべく遅い時間に行って、部屋に通してもらい確認するようにと注意を受けた。

 しかし、なるべく遅い時間と言われても、私には今日はこれ以上特にやることもなかった。その為、とりあえずギルドに向かって、場所を確認してから考える事にした。


 そうだ。仕事をギルドで紹介していたりするだろうか。

 本当なら、無職の私は、大金が入ったことを喜ぶべきなのだろう。


 久しぶりに来た城下町は離れた時と同じく栄えていて、きらびやかだ。体も小さくみすぼらしい見た目の自分がみじめに思えてくる。


 大金をもっている今も、そのみじめさは変わらなかった。


 私はこう見えて、この間まで王城で働いていた。

 城下町にある国が開いている学園は、成績が優秀だと仕事と同じようにお金が出る。

 産まれた時から身体が小さく、勉強以外出来ることがなかった私は、家族に勧められ学園に入学した。


 家事以外の日々の殆どを勉強に費やした私は、無事に成績優秀者として入学をする事が出来た。

 そして、勉強をしながらお金を貯め、実家に送金する日々が続いた。


 しかし送金していたにもかかわらず、家族は私の事を疎んじていたらしい。

 妹の結婚資金としてまとまった額を要求され送って以来連絡がつかなくなった。


 私にはお金を送っていても家族として扱ってもえる価値がなかったのだ。


 私は卒業してそのまま王城で薬師として働くことにした。

 お金を貯めれば、また何かが変わるかもしれないと。それに、薬師という仕事自体も楽しかった。


 しかし、私は人間関係がとても弱かった為か閑職に追いやられ、最後はあらぬ罪を着せられて追い出されてしまった。


 突然仕事を失い途方に暮れた私は、連絡がつかない親の住む町へ向かった。


 歓迎されないと知りつつも、会いたかった。


 しかし、親はもう妹と一緒にどこかに行ってしまっていた。


『娘夫婦と一緒に住む為に引っ越したみたいだよ』


 王城から戻ってもぬけの殻の実家を呆然と見ていた私に、そう近所の人に気の毒そうに教えてくれた。


 私が送ったお金は引っ越し費用だったのかな。

 私は、そこで本当にひとりぼっちになった事を知った。


 何もかもがない私は、町離れ職を探しに城下町に戻ってきた。

 そうして、夢を買ったのだ。宝くじという夢を。

 何もないわたしだけど、何か夢を見たくて。


 それが夢じゃなくなった今、私はまた途方に暮れた。


 お金もある。時間もある。でも、私は何をしたらいいの?


 **********


 冒険者ギルドは大きい街にはたいてい配置されている、歴史のある組織だ。

 そして、冒険者から得られる魔物の素材やダンジョン内での魔導具等、通常時から大きなお金も動かしている為、冒険者ギルドのカードは信用度が高い。


 私が宝くじを買ったのは、国の主催のイベントだったのもあり、冒険者ギルドでの振り込みになったのだろう。

 薄いカードに金額のデータが入っているが、個人登録さえしてしまえば他の人が使用することができない。

 登録料がかかるらしいので、庶民では特に縁がないカードだ。


 ギルドに向かう細い路地を歩いていると、道の端に汚れた服を着た男の人が座り込んでいた。

 城下町では、その品格を保つ為に物乞い等は禁止されている。あまり見ないぼろぼろな彼の姿は目立っていた。


 その男の人は、長めの銀色の髪の毛は薄汚れていて、膝を抱えるように丸くなっていた。

 表情は見えないが、何かに耐えているように見えた。怪我をしているんだろうか。


 細い路地とはいえ、人通りは決して少なくない。

 しかし、通り過ぎる人は関わり合いになりたくないようで、そちらを見ないようにしながら足早にその場を離れていく。


 誰の目にも留まらないその姿が自分のようで、私はそっと彼に近づいた。

 しゃがんで同じ目線になり、話しかける。


「あの、大丈夫ですか? どこか具合が悪いのでしょうか」


 私が話しかけると、彼はぽかんとした顔をした。


「……まさか、俺に話しかけてるのか?」

「ええと、そうですけど……。え? もしかして、幽霊とかでしたか……?」


 あまりにも驚いているので、私は彼が見えてはいけない何かかと思ってしまった。髪の毛で顔も良く見えないし……。

 私が怪しんでいると、彼は私の言葉におかしそうに笑った。

 あまりにも楽しそうな笑い声に、今度は私がぽかんとしてしまう。


「確かにこんな身なりだけど、幽霊じゃないぞ。ちゃんと人間だ。俺はミカゲ。可愛いお嬢さんがこんな所に居る怪しい男に話しかけるなんて思わなかったから、びっくりしたんだ」

「私はリリーと言います。やっぱり幽霊じゃなかったですよね……」


 可愛いと言われて、お世辞だとわかっているのに恥ずかしくなってしまう。背も小さいし顔も瞳もくすんだ黄土色で、地味な顔をしているのは自分が一番わかっている。


 お世辞に決まっているのに赤くなる顔を見られたくなくて、視線を合わせないように目線を下げた。

 すると、ミカゲの腕の部分の服が大きく裂け、怪我をしているのが見えた。


「あ! あの、お怪我をしているみたいですが……」

「ああ、これか。大した傷じゃない。ただ疲れて、一旦休憩してからギルドに行こうかと思っていたんだ」


 ミカゲはそう言って気軽な仕草で腕を撫でるが、とても痛そうだ。

 それに、更に呪いにもかかっている。


 私は急いで持っていたバッグを漁った。バッグに手を入れてぐるぐると探ると、しばらくして目的のものが手に当たった。

 なかなか目的のものが見つからないのがこのバッグの弱い所だと思いながら、そっとそれを取り出す。


「それ、ポーションか?」

「はい。私が作ったものなので、どうかお気になさらずに」


 そう言って、答えを待たずにガラスの瓶に入ったポーションをあけて、ミカゲの手にかけた。ポーションは安いものでもないので、断られるかもしれないから。


 ポーションは正しく作用して、ミカゲの腕から傷は消えた。

 呪いの方も何とかしてあげたいが、今は材料もないしそこまで踏み込んでいいのかわからなかった為、何も言わずにおいた。


「ええと、ありがとう。ポーションを調合できるとかすごいな。それに、よく効いた。……放置しててもいいかと思ったけどやっぱり痛いし、助かった。お礼をさせてくれ」


 礼儀正しく頭を下げられ、こちらが慌ててしまう。


「いえいえ。私が勝手にやった事なので。これでお金を取ったら押し売り詐欺ですよ」

「それでもポーションは高いじゃないか」


 そう言って眉を下げる彼に、私は先ほどの件を思い出した。


「あの、私今とってもお金持ちなんです。だから本当に大丈夫なんです。冒険者ギルドに向かう途中だったんですが、それも残高を確認しに行くという用件でして!」


 私は彼に負い目を感じさせないように意気込んで話したが、ミカゲは半眼で呆れたような顔をした。


「お前、そんな事言ったら狙われるぞ」

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