第15話 調合箱
「ポーションを作ってほしい、ですか?」
お茶を飲みながら、ミカゲは世間話の一環のような口調でポーションの作成を頼んできた。
私は目を瞬かせる。
昨日の話で、作る気満々だったのでまさかそういう約束をしてなかったとは思わなかった。
疑問が顔に出ていたようで、慌てた様子でミカゲは言葉を重ねた。
「そっちじゃなくて、普通のポーションだ」
「ああ良かったです。私すっかり作る気だったので、勘違いだったかと」
「いや、そっちはもちろん作ってほしい。よろしく頼む」
「いえいえ! 作らせてください! それに素材はミカゲさん持ちですし」
「それで、薬屋を開こうという話だったけれど、先行して冒険者仲間に融通してやりたくて……」
下を向いてそういうミカゲに、私は閃いた。
ミカゲの友達であるならば、そう強い冒険者じゃないのかもしれない。
格安で譲ってあげたいという事だろう。
「わかりました! 安く作りますね!」
私はしっかりとミカゲに頷いたが、ミカゲは何故か呆れた顔をした。
「なんで急に値段の話になったんだ?」
「素材は使っていいから、俺の友達に安くポーションを譲ってやりたい……あいつらには、世話になっているんだ。的な話じゃないんですか?」
「あいつらって誰だよ」
「ミカゲさんのお友達です」
ミカゲはかなり渋い顔をした。それでも、しぶしぶ認める。
「まあ……大筋は間違っていない。友達ではないけれど」
友達をかなり強めに否定する。悪友って奴だろうか? 友達が居ない私には良くわからないけれど、ポーションを融通したいとは優しい関係に違いない。
「今日のお買いもので、ポーションの材料は多めに買わないとですね!」
私がにっこり笑って言うと、ミカゲは素直に頷いた。
**********
そして二人で連れだって、薬草や道具を扱っている素材屋に来た。
この城下町には何店舗か薬草の取り扱いのある店があるが、王城で勤務しているときに取引のあったお店にした。
ミカゲに聞いたら、入ったことはないが店の場所は知っていた。一般販売もきちんと行っているようなので良かった。
「いらっしゃいませ」
お店に入ると、真面目そうなおじさんがほほえみながら迎え入れてくれる。
「こんにちは。薬草を見せてください」
「ご自由にご覧ください。状態を見たい場合や質問があればお声掛けくださいね」
対応はとても丁寧で安心できる。私みたいにみすぼらしい人に対しても、まったく感じ悪くないのはすごい。
ミカゲも今日は綺麗な服を着ているが、帽子を深々とかぶっていてなんだか怪しげだ。
せっかくきれいな顔なのにもったいないな。
私の気持ちには全くお構いなしで、ミカゲはぴったりとくっついて護衛の役割を果たそうとしているらしい。
色々見たくなるが、取りあえずポーションの材料に絞って見ていく。
王城に卸しているぐらいだから当然だが、品質は悪くなさそうだ。
「ここって調合箱ありますか?」
「お嬢さんが調合するのかい? 初心者用もあるよ」
「いえ……できれば上級で」
調合箱とは薬を調合する際に使用する魔法で強化されたガラスの箱だ。この箱の中に魔力を満たし、材料を混ぜる役割をする。そしてこの中で調合すると、不純物が入らない利点もある。
初心者用と上級者用の違いは、耐久力だ。
強ければ強いほど、たくさんの量が早く作れるが、その分コントロールが難しくなる。
あと値段が圧倒的に高い。
今の私はお金持ちだ。ミカゲに作るためにも、薬屋を開くためにも必要な投資だ。必要な投資だ。……自分に言い聞かせないと、初心者用のものを買ってしまいそうになる。
心が弱い。
おじさんは私の注文に少なからず驚いたようだったが、口には出さずに奥から品物を出してくれる。
「魔力を流してもいいですか?」
調合箱の見た目はとても綺麗だった。しかし、それだけでは品質はわからない。
おじさんに許可を取り、魔力を流していく。
ゆっくりと魔力を通していくと、箱の中で均一に魔力が広がっていく。
自分の感覚ともズレはなさそうだ。
最後に魔力をぎゅっと固めて丸くする。これも問題ない。
「お嬢さん……魔力の扱いが、ずいぶん上手だね」
私が魔力を流しているのをじっと見ていたおじさんが、感心したように言ってくれた。
「ありがとうございます。ポーションを作るのは割と得意なんです」
私が照れながら言うと、おじさんはそれなら、と別のものを出してきた。
「これなんかもいいよ! 上級者用の中でもちょっと扱いにくいから通常は薦めないんだけど、お嬢さんなら使いこなせるんじゃないかな」
そう言って出してきたのは、先ほどと見た目がほぼ同じの調合箱。
だけど。
「凄く、薄い……」
「そうなんだよ! 薄いから強度が低いとかはないし、魔力の伝わりも通常の比じゃないぐらい良い。ただ、その分コントロールが厳しくなるから、人気ないんだよねえ」
おじさんは残念そうに言った。魔力のコントロール次第で、ポーションの出来は変わってくる。
ダイレクトに伝わるという事は、繊細でなければいけないという事だ。しかし、その分細かい調整もしやすくもある。
私は魔力の扱いは得意だし、作りたいポーションは魔物素材の魔力だけでなく自分の魔力も混ぜていくようにして作るので、すごくお誂え向きだ。
魔力を流すと、先程とは比べ物にならない程、魔力の通りが良かった。先程と同じように魔力を流しても、揺れを感じる。
「私、これにします! 魔力の伝わり方がすごいですね! こんなの初めて見ました。私がやりたいことと、とってもあっています!」
私が感動していると、おじさんは嬉しそうに笑った。
「おー嬉しいな。これ自体は値引きできないけど、薬草の方はおまけするよ!」
「それは助かります! 今日はたくさん買おうと思っているので」
私とおじさんが盛り上がっていると、ちょっと離れたところでミカゲが引いた顔をしている。
「リリー、だいぶテンション高いな……」
「す、すいませんつい」
調合の話になると、周りが見えなくて駄目だ。すっかり楽しくなってしまっていた。
「いやいや、楽しそうでよかったよ。荷物ならいくらでも持つから、たくさん買えよ」
結局ミカゲには、そう優しい口調で返されてしまう。恥ずかしい。
「仲良しな夫婦だねえ」
おじさんにそうしみじみ言われ、私たちは慌てて否定した。
支払いは何故かミカゲがしてくれた。
お金持ち説が怪しい。
初めてあった日は、お金がなくて苦しい生活だからギルドから離れられないのかと思っていた。けれど、ミカゲはすぐさま死んでしまうような貧しさではないし、あの日以来身なりも綺麗だし立ち振る舞いもどちらかと言えば優雅だ。
あんな風にギルドに高圧的な態度をされる理由がわからない。
それでも、私の申し出に助かったというのは本当そうで。
かなり謎が多い人物だ。
「お腹すいてるのか?」
なんだかミカゲはすぐに私に食べ物をすすめてくるな。
食べ物を与えないと機嫌が悪くなるとでも思われているのだろうか。
ミカゲから見える自分の姿に疑問を持ちつつも。
「お腹はそこそこですが、荷物をいったん置いたら広場でご飯を食べましょう!」
お誘いはせっかくなので乗ることにした。
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