第14話 【SIDE:ミカゲ】ギルドに

 リリーを素材部屋に置いてミカゲは冒険者ギルドへ来ていた。


 素材を前にしたリリーはとてもキラキラした目をしていて子供みたいに喜んでいた。もっと早くに開けてあげればよかったかもしれない。

 ……あれでは、ポーション欲しさに与えたかのようだ。


 それも間違いではないが、気持ち的には間違いだ。まさかリリーにもそう思われていたりしないだろうか。

 不安になりながらも、やるべきことをやる為に、冒険者ギルドの受付に向かった。


 いつもの応接に通されて、ミカゲはぼんやりと呼び出しベルを眺めた。

 リリーとこの部屋に来たのは、ほんの数日前なのに遠い昔のようだ。

 あの様子だと、魔導具も材料さえあれば作れるのだろうか。


 しらっと高学歴だったし、特待生だという事はその中でもかなりの好成績だろう。それなのに、自己評価が低くてアンバランスだ。それが、よりミカゲを心配させる。


 リリーは冒険者ギルドの部屋はすごいと驚いていたが、もちろんそんなはずはなくここは上客のみ通す部屋だ。

 リリーは高額な預金をしているしミカゲはSランクなのでここだっただけだ。

 普通は簡素な机と椅子があるだけの部屋に通される。

 もちろんお茶も出ない。


「それでどうしたの? もう契約解除になったのかしら」


 ミチルが心なしか嬉しそうに、書類を持ちながら入ってきた。


「そんなはずないだろ。せっかくの自由時間だ」


 足を組んで、ミカゲはそっけなく返す。


 ポーションの事はまだ、時期じゃない。


「じゃあ、なんなのよ」


 ミチルの高圧的な態度に、少し前までは卑屈な気持ちになっていたのが嘘のように冷静だ。そんな自分の心の変化に驚く。


「俺の雇い主、リリーについてだ」


 ミカゲの言葉に、ミチルは意外そうな顔をした。


「珍しいわね。あなたが他人に興味を持つなんて。もしかして、何か怪しいの?」


 金銭的な事を言わないのは、リリーが宝くじの当選金の受け取りに来たことを知っているからだろう。

 その時の入金担当はミチルではないはずなのに、情報が筒抜けだ。


「彼女の、家族について教えてくれ。どうせ調べているんだろう?」


 ミカゲが言うと、ミチルは当然とばかりに笑った。

 ミカゲを雇うとなれば、なにか裏がある可能性もある。Sランクの冒険者が危険にさらされるはずはないが、何らかのトラブルに巻き込まれる可能性はある。


 ミカゲはこのギルドの切り札だ。

 当然何かあれば事前にそれを知っておきたいはずだ。


 確証があったわけではないが、あたりだったようだ。


「そうね。いつもミカゲにはお世話になっているし情報料はいいわ。今回の仲介にしても、きちんと額はもらっているしね」


 そう言って、目の前に資料が置かれる。


「リリー・スフィア。王都スヴァエル学園卒業。特待生。卒業後は王城にて薬師として働く。……意外だったわ。あの子、王城に居る人たちとは毛色が違うわよね。それでも王城勤務中は特に特筆する成果はなく、横領疑いで解雇」


「続きを」


 これは聞いた話だ。聞いていて良かった。先に聞いていなければ、ミチルの前で怒りを抑えられなかったかもしれない。

 そんな弱みはこの女には見せられない。


「家族は両親と妹が一人。リリーが特待生で学園に行ったのが不思議なぐらい普通の両親だわ。学歴も普通ね。妹の方は、今は貴族の愛妾をやっているようよ。家族ごとその領地に引っ越している」

「どこの貴族だ?」

「スラート伯爵よ」

「あんな評判の悪い男の愛妾か……。頭の弱さが知れるな」

「そうね。領地自体の評判はそこまで悪くはないけれど。正規のルートで買えないような人たちに色々割高で横流しして、贅沢しているという話だわ」

「その金で愛妾を囲うとか、貴族らしいな」

「貴族に全員愛妾がいるわけじゃないわよ。ちゃんとした貴族だっているんだから」


 ミチルの言葉に、貴族の愛人でもいるのかと勘ぐってしまう。真実の愛だとかで、愛妾ではない恋人だなどという人間が一定数居るのだ。

 ミカゲにもその手の誘いは一定数ある。地位が上がると、それだけで魅力的に思う人間も多い。


 更にミカゲは見た目も整っているので特にだろう。

 どちらにせよ、くだらない話だ。


「家族はスラート伯爵領にいるんだな。とりあえずその辺で会いそうもなくて良かったよ。娘の金を狙いかねないと思っていたからな」

「そうね。大金が入ったことは知らないでしょうけど、家族と名乗るものから王城に一度問い合わせがいったらしいわ」


 ほっとしたのもつかの間、ミチルの言葉に驚いて顔を上げる。


「何故だ?」


 リリーが勤めていた王城の給与は良い。その送金を無視してまで行ったスラート伯爵領で何かあったのだろうか?

 ミカゲの疑問にはすぐ答えられた。


「薬師をしていたでしょう? ポーションの融通だと思うわ。ここ何年か、あの領地のポーションが品薄らしいの。連れて帰ってポーションを作らせようとしてるんじゃないかしら。すでにやめた後だったから、本人に連絡はいってないでしょう。つい最近の話よ」


 ミカゲは思った。

 よし、殺そう。


 厚顔無恥にまた利用しようと連絡をよこすなんて。こういう人種とは後腐れがないに越したことはないだろう。

 そう思い暗殺の方法を何通りか思い浮かべたところで、リリーが家族の不幸を聞いて悲しんだところが想像された。


 殺すのはまずいかもしれない。


 今はリリーとは関わりがないので知られるリスクは低いだろうけれど、噂で聞いたりしたらきっと悲しむだろう。

 それを慰めている自分を想像したらそれも有りな気がしてきたけれど、ばれたらすべてが台無しになる。まあばれるようなやり方は絶対しないけれど。


 そもそも、そういう奴らにはもっと不幸になってもらいたい。リリーに謝らせたうえで、不幸になってもらうのだ。殺してしまったら終わりだ。


 そうだな。

 こっちの方向がいいな。


 ミカゲは自分の考えに頷きながら、出された紅茶を飲んだ。

 今更、リリーに連絡するなんて許さない。謝るならともかく、今度はポーションの融通とは。

 どういう風に苦しめるか考えていたところで、ミチルのため息が聞こえた。


「まあ、こんなところね。大した情報はないわ。三ヶ月程度なら何かに巻き込まれることはないでしょう」

「そうか。わかった。……ミチル、あの領地に売っているポーションの素材になる魔物素材を減らしてくれ。俺が融通している分だけでいい」

「ええ! ミルフィ竜なんて、あなた以外で狩る人ほとんどいないわよ! ミカゲが融通してくれている分を絶ったら、売らないのと同じことよ!」


 ミルフィ竜は討伐に時間がかかるうえに、割があまり良くない。

 ポーションの素材としては必ず必要らしいが使う量は極少量なので、必要な時に討伐依頼が出る。


 国が必要としている分は騎士団が狩りに行くので問題ないが、ギルドで必要なものに関してはギルドがその都度多額の金を払って依頼を出している。ポーションは必ず必要なので、素材の値段を釣り上げるわけにもいかない。


 ミカゲは狩りに行って、知り合いに時間遅延の魔法をかけてもらい自宅に保存している。

 もちろんポーションを作る技術はないが、なんとなくすべてを渡すのは癪なので、ギルドに定期的に売っている。


 それがこんなところで役に立とうとは。

 自分の行動を褒めてやりたい。


「そんな事したら、ギルドへのあたりが強すぎるわ。討伐依頼を出したところで、すぐに見つかるわけでもないし……」


 かなり不満げに、ミチルが文句を言ってくる。


「その代り、ポーションを融通してやってくれ。それは俺が用意する。そして二週間たったら、ポーションの融通に関しては俺に話が来るようにしておいてくれ」

「なんなのよそれ……。でも、ギルドに売るのはやめるわけじゃないのね?」

「そうだ。大した話じゃないだろう?」

「貴族を騙すのよ。十分大した話だと思うけれど」

「俺を相手するよりはましだろ」


 ミカゲがそういうと、ミチルは怯んだ。その通りだからだ。


 今はポーションでいう事を聞かせているミカゲだが、ポーションを諦めて本気で戦う気になれば、不利になるどころではない。


「……わかったわ。ポーションはいつ用意するの?」

「一週間後、また来る」

「それって、この行動はあの子の為なの? 何故?」


 ミチルは本気で不思議そうな顔をして聞いてきた。純粋な疑問だ。

 これまで、ミカゲは女に興味を示したことはなかった。そして、あの少女にそんな魅力があるとは思えなかった。


「雇ってもらった分、働かないとな」


 ミカゲは嘯いて、軽く手を振って部屋を後にした。

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