第26話 悪そうな笑顔
ミキシファイとは、高ランクの冒険者しか狩ることができないので圧倒的に数が少ないのだ。
そして、更に削り出すにしても、固すぎて通常の加工技術では出来ない為、魔法技師に頼むことになる。
高い。
ともかく高い。
そして、ミキシファイの角は素材としても優れているらしい。もちろん伝聞だ。現物を見た事もない。
それがここで。
「とても、嬉しいです。うううう。使ってみたい」
鑑定をしてみると、素材のランクは最上だった。
そして、効能は吸収。
鑑定は素材のざっくりとした方向性しか教えてくれないので、後は想像しかない。なんらかの完成系になってしまえば効能がわかるけれど、素材の状態でははっきりとはわからない。
それが面白い所だけど。
グラスとしては特に効能はなさそうだ。
素材としてポーションに混ぜれば二日酔い防止に使えるかもしれない。
……かなり高級な二日酔いポーションになりそうだ。他に絶対もっと安価なものがすでにありそう。
今のところ、私の想像の範囲で活躍しそうな場面は思い浮かばなかった。
「リリーちゃんのお口にあったかしら?」
「はい。こんな素材でお茶が飲めるだなんて、夢のようです」
「……リリーちゃんもちょっとずれてるわよね」
「それがいい所なんだ」
「ミカゲはミカゲでやばいわね」
ミカゲが無言でファルシアの肩を小突いた。私はそれを見ながらお茶を飲む。
グラスの件を無視しても、とてもいい香りのお茶で高級品だとわかる。
いつも飲んでいるものと明らかに違う。
とても美味しい。
「ええと、それでどんなお店にしたいかとか希望はあるかしら」
「まだ、具体的には考えられていないのですが、基本となるポーションは当然置こうと思っています。プラスして、販売の他に希望の効能のものを作ったりしてみたいなあと」
「そんな事が出来るの?」
「新たな効能を付けるのは研究段階なので、値段も高くなるうえに成功するかわからないんですよね。なので必ず売れるかはわからないですが、希望をもとに研究するのがいいかなと」
「それでも、ある程度汎用性があれば売れそうね。ポーションは上級まで作れるのかしら?」
ファルシアの質問は、私にとっても自信のあるものだったのではっきりと答えられた。
「もちろんです! 上級までは特に問題ありません。他の基本的なポーションも一通り作れると思います」
「……随分出来ることが多いわ。あんまりやりすぎると、それはそれで大変なことになるわよミカゲ」
何故かファルシアは私ではなくミカゲにそう答えた。
「まあ、いいだろ俺が居るし」
「そういうところ、危ないのよ。後、リリーちゃんが全力で頑張れば、単体で何とかできそう」
「それは俺の存在意義がわからなくなるから勘弁してくれ」
「矢面に立つと大変だしね。それは私もも賛成しておくわ」
また二人で盛り上がっているのを、私は楽しい気持ちで眺める。私もいつかミカゲとこういう関係になれるだろうか。
お店に来たミカゲと、こんな風に話しながらポーションについて語る未来を想像する。
……喋りすぎないようにしないと。
なんだか私が一方的にポーションについて語っているところが想像された。
をつけなければ。
「とりあえずは普通に対面の薬屋のイメージでいいのかしら。リリーちゃんのイメージだと工房も一緒にという感じ?」
「ええと、そうですね。出来れば倉庫があって素材を置けて、寝泊りも出来ると助かります。まあ倉庫があればそこで寝ればいいのであんまり関係ないかもしれませんが」
「関係あるでしょ……。年頃の女の子が倉庫は良くないわ」
「そうですか? 私、もともと倉庫で寝ていたのでそんなに問題ないですよ。物が近くにあってそれはそれで便利ですし」
「リリー、それはいったん忘れろ。部屋はもちろんある物件にしよう。いや、この近くの物件にして、うちから通えばいいな。ファルシア、この辺でいい物件を知っているか?」
ミカゲは勝手に進めようとしているが、この辺りは物価が高すぎる。
それに。
「いえ、あの家はお店始まるころには出て行かないといけないですから、この近くでというわけではないです。この周りで店を借りるとなると、とても高いですし」
ミカゲはその言葉に眉を寄せて考える仕草をした。
「いや、あの家は俺たちが出て行ったところで空き家になるだけだ。空き家は家も傷むし、どうしても気になるなら家賃分だけ払えばいい。掃除と引き換えなら、そう額は必要ない」
「本当ですか? そんなに甘えていいのでしょうか。……それならこの辺でお店を探します。家主さんには感謝しかないです」
「……家主? あの家の?」
「そうです。とっても親切でミカゲさんに家を貸してくれているようなんです。私も住まわせて頂いているんですが」
「へー家主さんがかー」
「私、家主さんにお礼をしたいので、稼げるように頑張りますね!」
「それは家主も喜ぶんじゃないかしら。でも、家主は別に感謝するようないいやつじゃないから気にしないで大丈夫よ」
「あれ、もしかしてファルシアさんもお知り合いなんですか?」
「うんうん。確かにお金持ちなんだけど、使い道がわかってないあほなのよ。カップの素材もそいつからもらったのよね。家主は自分で捕ってきた素材に対して特に加工はしないから、加工自体は私なんだけど。価値がわかってないのよね」
「えええすごい! あの家には確かに恐ろしい価値のある魔物素材がたくさんありました……。家主さんは、本当にすごい人なんですね……。あと、さらっと加工はファルシアさんって! 加工魔法って難しいんですよね? 魔法技師なんですか?」
「いや、冒険者やってて加工することが多かっただけで、今は趣味よ。良かったら教えてあげましょうか?」
「うわー! それは是非教わりたいです! お店が開けて落ち着いたら、お金はいくらでも払うので教えてください」
魔法技師なんて、本当に希少なのだ。繊細で職人芸。
弟子になるならともかく、好意で教えてくれるなんて事はほぼないはずだ。
私は嬉しくてニヤニヤしてしまう。手の中にあるグラスをそっと撫でる。
つるっとしたまったく引っ掛かりを感じない表面は技術の高さをうかがわせる。
「そうだ。リリーお前、お金あるだろう。わざわざ賃貸にする必要はないよな。この二軒先を売りに出てたのを思い出した」
ミカゲがさらっと驚くべきことを言う。
「あらーいいじゃない! ご近所さんになりたいわ」
ファルシアも女言葉に戻って立ち上がり、私の肩を抱いた。急に感じる体温にどきどきしてしまう。
「確かにお金はありますけど……」
「あらそう。お金はあるのねー」
にやっとしたファルシアは、なんだかとても悪そうだった。
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