第37話 【SIDEミカゲ】ポーションの効果

 リリーは瓶をあけ、傾けて調合箱に入れる。

 青いどろっとした液体になっているミラーマジは、ゆっくりと調合箱の中に落ちていった。


 そして、再び手を当てて調合魔法と、今度は聖魔法を入れて凝縮と解放を繰り返す。


「スピード感が半端ないわ……。そして、なあにあれ。全く見たことのない方法だわ。ミカゲの呪いが解けたっていうのも、これなら信じられる……」


 やがて液体はキラキラと青い瞬きを繰り返しながら、渦を描くスピードが緩くなっていく。


「きれいね……」


 ファルシアは夢見ているように、呟いた。


『定着』


 そうこうしているうちに、リリーは定着魔法をかけ、液体を瓶に移した。そして、そのままずいっとファルシアの前に置いた。

 カウンターテーブルは大きいので、手渡すことはできなかったようだ。


「はい。完成しましたー。ファルシアさん、良かったら飲んでください。怪しいと思うので、鑑定してもらって全然かまわないので」

「なんだかとっても力が抜けるわね。あんな技術を見せられて、怪しむも何もない気がするけれど、興味があるから鑑定はするわ」


 ファルシアは大事そうに瓶を手に持ち、鑑定を行ったようだ。

 緊張を隠し切れない顔をしつつも、リリーに笑顔を見せた。


「どうでしたか? 何か問題はありましたか?」

「いいえ……確かにこれは、私の為のポーションだわ」


 じっとポーションを見つめ、意を決したようにぐっとポーションをあおり、目をつむった。リリーは不安そうにファルシアを見つめている。


「ファルシアさん。……大丈夫ですか? 飲んだことないので、味が変だったのでしょうか」

「いや、大丈夫だろ。冒険者の時なんて、コイツ何でも食べることで有名だったんだ。魔物も、進んで料理してたし、はずれの味の時はかえって勉強になるとか言って逆にもりもり食べてたんだ」

「えっ。ちょっと今からは想像つかないですね……」

「今はすっかり上品ぶった女装野郎だもんな……」

「ちょっと、適当な事いわないでちょうだい!」


 リリーに嘘を吹き込んでいると、ファルシアが我に返ったように、抗議してきた。


「いや、ちょっと暇だったから」

「人がポーション飲んでる間暇って、どういう事よ」

「あの、お味はどうでしたか?」

「……必要なのはお味じゃなくて効いたかどうかじゃない? ちなみに味はとっても美味しくなかったわ」

「あー……。ミラーマジ単体でちょっと口に入れてみたんですが、なんかえぐい味でした。ポーションになってもやっぱりそのままですよね……」


 なぜかしょんぼりするリリー。

 ファルシアは顔を両手で覆った。


「いや、そういう事じゃなくて……ああもう。効果はあったわ。全く問題なくね。……リリー。ありがとう、本当に」


 くぐもった声で、お礼が聞こえてくる。

 その表情は見えない。


「良かったです! 少しでも返せていたら嬉しいです」

「もう、少しじゃないわよ。本当に。……私、リリーちゃんのお店、全力で応援するわ」


 顔は見せないままに、いつものように話すファルシア。

 リリーはただ嬉しそうに、ファルシアを見つめてにこにこしている。


「なあファルシア。……本当に、治ったのか?」

「治った」


 その言葉を聞いたミカゲはさっと立ち上がり、手を取りファルシアの事も立ち上がらせた。


「リリー。ちょっとファルシアを送ってくる。……戻ってくるから大人しくしておくんだぞ」

「なんですかそれ。もう子供じゃないんですよ。ふふふ。それじゃ私は残った素材でポーション作っています。ゆっくりしてきてくださいね」


 そう言って、カウンターの向こうからリリーはひらひらと手を振った。

 気遣いが有難い。


「じゃあ、またねリリーちゃん。開店の日はお花をいっぱい送るわ。もちろんその前にも会いましょうね」

「はい! しばらくはお店でポーションづくりしますから、いつでも」


 店を出て、本当に歩いてすぐがファルシアの店だ。


 自分の店のカウンターにある椅子に座って、ファルシアはやっと顔をあげた。涙は出ていなかったけれど、目がうるんで赤くなっているのがこの暗がりでもわかった。


「リリーはやらん。俺のだ」

「何なのよ急に。……でも、ちょっとわかったわ。ミカゲの気持ちが。ああ、そうね、あれはやばいわ。何か良くわからないけれど、救われた気持ちになった」


「……そうなんだよな。なんだか、全てが大丈夫になったような気になるんだ。……危ないポーションとかじゃないよな?」

「ふふふ。どうかしらね。……でも、お店はきちんと護りかためないとね。利き手だと全然違うから、いろいろできると思うわ。明日から早速罠張りましょ」


「お前の罠は極悪すぎだろ。リリーがかかったらどうしてくれるんだよ」

「確かにあの子はなんだかそう言うのに引っかかりそうな雰囲気があるわ。……仕方ないわね。防犯用の魔法陣をいくつか貼っておくぐらいにしましょう」


「おー元Aランクの技術なら、安心感増すな」

「ふふふ。小手先の技は増えたから、こういう事に関してはむしろ良くなった気がするわ」


「じゃあ、お祝いに、少し飲んでから帰ろうかな」

「そうしましょう。……ありがとう。ミカゲもいつまでも気にしないで」


「……そうだな。本当に、良かった。あの時、俺はきっと油断したんだ。Sランクだっていう驕りがあったのかもしれない。ずっと、申し訳ないと思ってた……」

「馬鹿ね。……お互い、本当によかったわ」


「もう冒険者に戻る気は?」

「もちろんないわよ。素材待ってるわ」


「それは任せといてくれ。もう呪いもないし、いい薬師がついてるからな」

「その間に、私は薬師と仲良くして待っているわ」

「全く行きたい気持ちが失せたな」


 どちらからともなく、お互いにグラスを合わせた。

 その音は、忘れられない綺麗な響きだった。

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