第21話 人生の損失

「ううう。甘い……」


 私は、初めて食べるパフェというものにすっかりやられていた。

 冷たいアイスクリームに、ふわふわの生クリーム。ぱりぱりとしたコーンフレーク。そして上には果物が驚くべき技術で刻まれて飾られている。これは花を模しているのだろうか。


 世間の人はこんなに美味しいものを食べていたとは。

 私は出遅れた。


 先程穴が開くほど見たメニュー表には、三つのパフェが書いてあった。

 このまま続きを食べてしまおうか。それとも、明日以降の楽しみとして取っておくべきだろうか。


 私が頭を悩ませていると、呆れたような声が聞こえてきた。


「リリーは甘いものが好きすぎだろう……」


 ミカゲはなんとパフェを無視して、ただの紅茶とクッキーを食べている。噛り付いている私と違って、その姿は優雅だ。


「今まで人生、だいぶ損していたことが分かったところです……」

「なに落ち込んでるんだよ」

「こんなに美味しかったとは思わなかったのです。今まで、節約生活で最低限の食事で暮らしていましたが、他は食べずに三日に一度これを食べた方が人生華やかだったのではと……」

「こわい! なんだその考えは、デザートは食事とは別だしっかりしろ。そんな生活したら華やか所か死が近いぞ」


 そう言って怯えた仕草をしたミカゲは、私の口元にクッキーを持ってきた。私はそれをかじる。

 なんとクッキーも美味しい。

 ミカゲとの外食は驚きの連続だった。私の世界は狭い。


 そのおかげで、アンジュと会った衝撃は徐々に薄れていった。

 卑屈になってしまっていた気持ちも、甘いもののおかげかミカゲのおかげか、徐々に上向いている。


「妹さんは、しばらく城下町に滞在しているのか?」


 ミカゲが眉を下げて聞いてくる。

 先程は心配をかけてしまった。ミカゲが私を見る目は優しい。


 心配されるというのは、とても申し訳なくて、とてもうれしい。


「どうなんでしょう。もう一度ぐらいは来るかもしれません。でも、ミカゲさんは気にしないでもらっていいですよ」

「そうなのか? 一緒に会ってもいいぞ。大丈夫なのか?」


 申し訳ないけれど、会わせたくない。

 それは私のわがままだ。気づかれたくない。


「はい! きょうだい水入らずで!」


 私はにっこり笑って、ミカゲの優しさを拒否した。私のそんな気持ちには気づかないようで、ミカゲはにこにことしながら聞いてくれる。


「そうか。色々話したいこともあるもんな。……無理さえしなければ、それでいい」

「わかりました。無理もしていませんよ」

「あと」

「あと?」


 ミカゲは、少し気まずそうに言いよどんだが、そのまま口を開いた。


「あと、出来ればこの城下町を離れないでほしい。誘われても」

「もちろん大丈夫ですよ。私、薬屋を開くっていう夢もある事ですし!」


 ミカゲは雇用の心配をしているようだ。

 もちろん大丈夫だ。

 それに、そもそも誘われることもないだろうが。


「そうだよな。俺という常連予定も居ることだし、繁盛間違いなしの薬屋な」

「ミカゲさんが居れば安心ですね。お友達も多そうですし」


 何といってもミカゲはポーションを五十本もさばけるのだ。ポーションは高いので、そんなにすぐに消費されるものではないのに。


「そうだ。そもそも俺がお金持ちだしな。高級ポーションを買ってやる」

「わーやったー」

「急に心こもらなくなったな」

「いえいえ、とてもやる気ですよ」


 実際、ポーションを作るやる気が出た。

 まずはアンジュの分からというのが残念だけれど。


 取りあえず十本ほど作って、無料で渡して、それでもう来ないように言おう。


 あんなに会いたかった家族だったけれど、もう気持ちの整理をしなくては。

 ミカゲのお友達の魔物素材を使って、アンジュに渡し続けるのは嫌だった。


 ミカゲに相談すれば、いい案を出してくれたり代わりに断ってくれるかもしれない。

 でも、それじゃ意味がない気がした。


「じゃあ、すっかり遅くなってしまったので、家に帰りましょう!」

「そうだな。そういえば、今日は流星群の日らしい。お菓子でも買って帰って、テラスで見よう」

「流星群ですか? 私、見た事ないです」

「じゃあ、楽しみだな。ちょっと冷えるかもしれないから、美味しいお茶も買って帰って、いれような」


 本当はアンジュの為のポーションを作った方がいい。いつ来るかわからないから。

 でも、驚くほど魅力的なその誘いに、私は嬉しくなって頷いた。


 私にアンジュを優先しない決断が出来たことも、嬉しかった。

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