第9話 【SIDE:ミカゲ】リリーの生い立ち

 リリーは育ちが悪そうな感じもしなかったので、勝手に死別なのかと思っていた。


 それに、目指そうとしたところで薬師は簡単につける職業ではない。

 高度な学問は幼いころから勉強に触れないと、ついていけるものではないからだ。

 だから、ある程度裕福な家の子がなれる職業というのが世間一般の認識だ。


 しかし、リリーから語られた両親は想像とは違い、ただただひどかった。


 本人はそこまでひどいとは思っていないようだが、幼いころから誰とも遊ばせずに、家事と勉強だけをさせられてきていた。そして、お金が入ればそれを送るように言い、目障りだからと寮生活にして家を追い出した。


 リリーは健気にもそれを全部受け入れてきていた。それとも、反抗するという事すら思いつかないような状況だったのだろうか。


 聞いているうちに、どんどん怒りが湧いてくる。しかし、ミカゲとは逆にリリーは淡々と状況を話していく。


「それでずっと、お金を送っていたのか? 文句も言わずに」

「私、すっかり節約上手になったんですよ」


 ふふふ、とリリーはおどけた。


「リリーだけが、そんな目にあっていたのか?」


 怒りが抑えられずに、そう強い口調で聞いてしまう。


「……そうですね。両親は私の事を家族だとは思えなかったみたいです」


 そう言って涙を流すリリーは、とても小さな少女に見えた。

 無理に笑おうとして失敗したリリーを見て、ミカゲは思わず、彼女の身体を抱き寄せた。


「そんな風に言うなよ。嫌な事を聞いて、ごめん」


 驚いた顔をして自分を見上げるリリーの頬に流れる涙を、手で乱暴に拭う。

 そんな風に静かに泣いてほしくなかった。


 せめて声を上げて、文句を言ってくれればいいのに。

 そうしたら、そんな奴ら、俺が手を下してもいい。


 それなのに、そんな風に泣くから、手を出せない。家族の事を大事に思っているのがわかってしまう。

 でも、許せない。


「妹はとっても器量が良くて、可愛い子なんです。噂によると、貴族の方に見染められて、家族ごと嫁いで行ったみたいです。すごいですよね貴族だなんて。そういう子なんです。誰からも愛されるような」


 愛されるのはリリーみたいな子を言うんじゃないだろうか。リリーのそんな扱いを放置していただけでも、とてもじゃないけれどいい子とは思えない。

 むしろ極悪だと言える。


「リリーは、そんな家族とまだ一緒にいたいのか?」


 怯えさせないように必死で怒りを抑えて聞くと、リリーは腕の中で首を傾げた。その仕草が自分でも戸惑っているように感じられて、ミカゲも首を傾げる。


「うーん……そうですね。引きずっていないと言えば嘘になります。でも」


 そこまで言って、リリーは慌てて口を閉じた。


「でも、なんだよ」

「ええと。図々しいって怒らないでくれますか?」

「俺ほど穏やかな人間は居ない。ほぼ神様だ」

「ギルドで怒鳴りあってましたよね見てましたよ」

「……あれは不可抗力ってやつだ」

「ふふふ。そういう事にします。……ええとですね。私は家族がとても大事でしたし、役に立ちたいとずっと思ってきました。でも、残念ながら私の事は大事にしてくれなかったんです。今、ミカゲさんと一緒に居て、凄く居心地がいいんです。……だから、大事にしあえる人と一緒に居るのがいいな、と思ったんです」


 ミカゲの様子を伺いながら、照れて話すリリーが可愛い。

 可愛すぎる。


 カッと赤くなりそうな顔を必死で抑えて、軽口をたたく。


「それって俺とずっと一緒に居たいって事?」

「いえ! そんな図々しい事は考考えていません……! いつか、誰かとそうなれたらなって……」


 どんどん声が小さくなるリリーに、思わず険しい顔になってしまう。


 誰かって誰だよ。


 今は呪いがあるから、自分がずっと一緒にとは言えない。

 ミカゲは今までとは違う悔しさで呪いを思った。


「そうだな。絶対見つかる」


 ミカゲがそう言うと、リリーは嬉しそうに笑った。


「ミカゲさんがそう言ってくれると、何故か信じられるんですよね。おかしいですよね、知り合ってまだちょっとなのに」


 そうだ。知り合ってほんの数日。

 それだけでミカゲはもうリリーと離れがたく思っている。これは新たな呪いではないだろうか。


「そうなら良かった。俺は孤児院出身だから家族の事はわからないけれど、それでもそんな奴らから離れた方がいいのはわかる。ある意味居なくなってくれて良かったんだ。晴れて自由だもんな」


 冒険者という危険な職業は、身寄りがないものも多い。家族は居なかったけれど、生死を共にするものとしての仲間意識があるので、ミカゲは冒険者自体は気に入っている。


 そんなミカゲの言葉に、リリーは虚を突かれた顔をした。

「晴れて、自由」


「そうだろう? 仕事だって、家だって好きに選べる。お金だってあるじゃないか」


 リリーは驚いた顔をしたまま、信じられないと呟いた。

 それが、今まで抑圧されてきた人生を感じさせて、ミカゲは悔しくなった。

 それで、リリーの夢についてもっと広げたくなって、ひとつ提案をした。


「そうだ! 薬屋を開くのはどうだ? ポーションが得意なら、ここを改造して店にすればいいし新たに店を買ったっていい。ポーションを作れるものは少ないから、新たな店ができるのは歓迎される」

「自分の、お店……。そんな事、本当に?」

「そうだよ。資金があるんだから好きな研究だってしたらいいじゃないか。足りないようなら俺が投資してもいいぞ」


 最後はからかう様な口調で言うと、リリーは吹き出した。


「投資先としては、危ないですよ」

「先見の明があるといってくれ」

「そうだといいですね。……でもなんか、凄く元気が出ました。私、薬屋やってみようかな。資金が足りるかはわからないですけど、作ってみたいものもたくさんあるんです」


 そう言って指折り数えて作りたいらしい何かを教えてくれるリリーの瞳はキラキラしていた。先程の家族の話で陰った気持ちがなくなったようで、嬉しい。


 ミカゲは全く忘れてないが。


 後で、リリーの家名を確認し、調査を依頼しよう。

 そう、暗い気持ちで考えるミカゲに、リリーはにこやかに信じられない事を言った。


「ミカゲさんの呪いも、私の方で解きましょうか?」

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