第8話 横領疑い
缶詰と乾物では、栄養面で死んでしまう。
ミカゲを雇った以上、栄養不足なんてことは責任上良くない。
一人ならともかく、二人ならきちんとしたものを取りたい。いつものように、パンとスープだけとかではない方がいいだろう。
ミカゲは初めて会ったときはわからなかったけれど、すらっとしつつも筋肉がついているのでお肉とかが好きかもしれない。
幸いお金はあるのだ。
今までは料理については必要にかられてのものだったけれど、美味しいものを作りたい気持ちになる。
私の勢いに押されたのか、ミカゲは何度も頷いている。
「ミカゲさんは、取りあえず転がって警備していてください。私は、お部屋の掃除をしてきます!」
「……ああ。よろしく頼む」
ミカゲは目をぱちぱちとして、返事をした。私は頷いて、バケツを探しに水場に向かった。
「すごい……! こっちもお湯も出るようになってる!」
掃除用の流しにもお湯がついている。使用人にも優しい仕様だ。流石お金持ちはすごい。
ここに住んでいた人はどんな人だったんだろう。こんなに豪華な家を使っていいだなんてすごいな。
ざばざばとバケツにお湯を入れて、雑巾も用意する。
まずはミカゲが寝ている部屋から掃除だ。
私は張り切ってバケツを持ち上げた。
**********
寝室の掃除をしっかりと終えられたので、お昼ご飯も兼ねて買い出しに行く事にした。ミカゲにそれを伝えると、彼は荷物持ちを買って出てくれた。
そして二人で並んで買い物に向かったけれど、すぐに表れた喧騒に私は呆然としてしまう。
「驚くほど市場に近いですね……」
便利なんていうレベルではない。高級住宅街だとわかっていたけれど、昨日はそこまで意識出来ていなかった。
これは近すぎる。ぽーんと高級住宅をミカゲに貸してくれる知り合いが怖い。
まさか、不法侵入だったりしないよね?
意識せずにミカゲに疑いの視線を送ってしまっていたようで、ミカゲが不審そうな顔をした。
「なんだ? なにかあったか?」
「い……いえ、なんでもありません」
「なんでもなくないだろ。気になるから言えよ」
「ううう。怒らないで聞いてほしいんですが、あの家は本当に使って大丈夫な奴かなあと、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ思っただけです! ごめんなさい!」
私が思い切って懺悔すると、予想に反してミカゲは大笑いした。
「昨日も言っただろう? 俺はお金持ちなんだって」
「もー。私もミカゲさんも馬鹿だと思われるからやめようって言ったじゃないですか」
私も怒られなかったことにほっとしつつ、冗談を返す。
言葉を選ばなくていいだなんて不思議だな。
ミカゲと居ると自然と力が抜ける自分がいることに気が付く。
家が綺麗になったらおやつも作ってみようかな。なんとなくだけど、ミカゲは褒めてくれる気がした。
「さてさて、どこから行きましょうかお嬢さん」
「まずは野菜から買いましょう!」
「えー肉がいいよ肉が」
「お肉も買いますけど、野菜がないといい身体になれませんよ!」
「……俺の方が、よっぽどリリーより強く出来てると思うけどな……」
「それは確かに」
腕も足も細い自分の身体を見る。胸だけは何故かあるが、全体的に弱そうだ。
でも、それはきっと今まで節約で雑な食事をしてきたせいだ。
栄養不足に違いない。
「すぐに、私の方がいい身体になるでしょう」
「その細い身体のどこからその自信出てくるんだよ」
私は確信を持って言ったが、ミカゲは呆れたように笑った。
**********
そうしてミカゲを雇って1週間。全部の部屋も綺麗になり、生活も安定した気がする。
ベーコンエッグと白いパンとチーズという簡単な朝食を食べながら、私はミカゲに相談することにした。
ちなみにこのメニューの他に、ミカゲは鶏の香草焼きも食べている。よく食べる人だ。
「あの、私仕事を探していまして。朝ごはん食べ終わったら、今日も出かけようと思っているんですが」
「それだったらついていくぞ。外は危ない」
本当は全然危なくない。
この間まで私はこの辺はひとりで出歩いていたし、夜間の女の人の一人歩きも少なくない。
それでも、警備の仕事の建前があるだろうから仕方がない。面倒で申し訳ないが、付き合ってもらうしかないだろう。
「ありがとうございます。実は仕事を探すのは初めてでして、ちょっとどこからはじめたらいいのか。無駄足に付き合わせてしまうかもしれません」
「求人なら各ギルドで斡旋しているとは思うけど……リリーはポーションが作れるだろう? 薬師の仕事をしていたんじゃないのか?」
「そうです! 薬師の仕事をしていました。五年も働かないうちに、追い出されてしまいましたが……」
「何か失敗をしたのか?」
「……いえ、上司に作ったものを見せたら、怒りを買ってしまったようで。研究はさせてもらえなくなって、最後はやってもいない事で首になってしまったんです」
もう気にしていない風を装って言おうと思ったのに、失敗してしまった。
それでも、ミカゲには信じてほしくて本当の事を話してしまった。
戸惑わせるだけだから、言わなければいいとわかっていたのに。
私が研究していたポーションは、上司には作り方を聞かれてきちんと説明したにもかかわらず、秘匿しているなどと怒鳴られた。
そして閑職に追いやられたあげく、勝手に材料を使いこんでいると言われ、首になった。
何度か作れと言われて作ったあのポーションは、何処に行ってしまったのだろう。
王城では、私がどこかへ横流ししたことになっている。
「何だそいつ! ひどい目にあったな……今からでも訴えられないのか?」
立ち上がって不快そうに眉を顰めミカゲに、あっという間に救われた気持ちになる。
私の話した事を疑うそぶりもなかった。
「ふふ。ありがとうございます。私、ちゃんと周りの事見れていなかったので仕方なかったんです。仕事が楽しくて浮かれていたのかもしれませんね」
「なんで笑ってるんだよ。全然良くないだろ!」
「いえ、ミカゲさんが怒ってくれたことが嬉しくて」
「なんだよ……それ」
私がそう言うと、ミカゲは更に険しい顔をして、横を向いた。そして、その事を誤魔化すように話を変えた。
「ところで、どんなもの作ったらそんな事になるんだ? そんな危ない品物だったのか?」
「危険だなんて! ただの新しいポーションですよ」
ミカゲは私の事をなんだと思っているんだろう。
「新しいポーション? それはすごいんじゃないか? 今までと効能が違うのか?」
興味ありげに聞かれて、私はすっかり嬉しくなった。
「普通のポーションは、知ってるかもしれませんが、効能のある薬草と魔物から採れる素材を混ぜて作ります。物は違えど、必ずその二つが必要なんですよね。それって理由を考えたんですけど、魔物素材からは魔力を使っているんじゃないかと思いまして! それでその研究をしていたんです。そうしたら、魔力を混ぜることによって色々な効能を強くしたりする事ができることがわかったんです。すごくないですか? すごいでしょう!」
嬉しさに息継ぎも惜しいぐらいに語ってしまった。勢いでミカゲの手まで握っている。私は慌てて手を離そうとしたが、ミカゲにそっと握り返されてしまう。
そして、解こうにも解けない。
なんか、既視感があるな。
私は諦めて握られた手をそのままにする。
「薬師の仕事が好きなんだな」
確かめるように言われて、私は頷いた。
「そうですね。勉強ばかりの人生でしたけど、嫌ではなかったです。むしろ知らない事を覚えるのは楽しくて、研究も好きでした。その代わり、人間関係は捨てた感じになってしまいましたが」
友達と呼べる人は居ないし、家族もいない。勉強しようにも、今は環境もない。
そんなため息をついた私に、ミカゲは遠慮がちに家族の事を聞いてきた。
「リリーは、家族は居ないのか?」
私は問われるままに、ミカゲにこれまでの事を話した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます